3週目:④

「こーちゃん、おべんとー食べましょー」


 昼休みを告げるチャイムが鳴ると、結唯ゆいがすぐさまぱたぱたと駆け寄ってくる。よほど待ち焦がれていたらしい。


「悪い。今日は学食に行っていいか?」

「おろ?」

「今朝は母さんが忙しくてな。弁当じゃないんだよ」

「なるほどぉ、です。よっし、じゃーいっきましょー」


 元気よく歩き出したはいいが、その直後に固まる。まぁ予想はできていた。この後の結唯の台詞は、おそらく――


「……学食ってどこでしたっけ?」


 うん、だろうな。


 なぜかオレが道案内しつつ学食に向かってみると、そこはなかなかに混雑していた。

 それもそのはず、学食とは思えないほど充実したメニューが、驚くほどリーズナブルな価格で提供されていたのだ。これならば多くの生徒に重宝されることだろう。まだ利用した経験のない新入生にここの存在が知れ渡れば、弁当や購買から乗り換える人もきっと多いはずだ。

 オレはカウンターにて日替わり定食を受け取り、先に席取りをしてくれている結唯の下へと向かった。


「焼き魚定食ですか。渋いチョイスですね」

「いや、日替わり定食だ。単にコスパが良かった」

「ほほう。全体的にやっすいですよねぇ、ここの学食。これではお弁当作るのを悩んでしまいそうです」

「まあ、なあ。母さんが作ってくれるうちはありがたく頂くが、やっぱり毎朝は大変だろうから悩みどころだな」


 週二か三ぐらいで学食にした方が、母さん的にも楽なんじゃないかと思うが、こちらから提案するのも何だか気が引けてしまう。せっかく作ってくれている母さんの想いを無下にもしたくない。

 しかしこれは母さんの方からも言い出しにくいことだろう。忙しいから、大変だから、これからは学食にしてくれる? などという弱音をあの母さんが吐くとも思えない。


「んー、私も一緒に作りましょうかね?」

「オマエが?」

「はい。共同制作はもちろん、当番制とか交代制にでもすれば、負担も減ってくれるかと思いますし」

「そりゃ助かるだろうけど……良いのか?」

「最近お父さん、泊まり込みでのお仕事が増えちゃってまして。お弁当を作ろうにも、自分用だけじゃー腕の奮いがいが無いのですよ。三人分ぐらい作りたいわけですよ」


 そういえば最近めっきり隆則さんと会わなくなった。単に帰宅が遅いのかと思っていたが、帰ってきてすらいなかったのか。

 でも……そういえば、そうか。巻き戻る前の世界でも、隆則さんは忙しかったようだし。


「良ければ一度、母さんと話してみてくれるか?」 

京子きょうこさんに直談判じかだんぱんですねっ、わかりました!」


 結唯は大仰にビシっと、挙手の敬礼をして見せた。



     ◇     ◇



「あら、結唯ちゃんが一緒に作ってくれるの? 助かるわぁ」


 結唯から話を受けると、母さんは心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。


「それなら基本は当番制にしましょう。用事ある日はあらかじめ言っておいてもらって、一緒に作れる時は一緒に作る感じで良いかしら」

「はーい、りょーかいです京子さま!」


 早速カレンダーにお互いの名前を書き入れ始めてる。わいわいきゃっきゃと弾んだ声を上げ、何とも楽しんでいるご様子だ。女という生き物は、弁当の当番決めだけでそこまではしゃげるものなのだろうか。オレにはいまいち理解できない。


「んっし。それじゃ、早速明日からよろしくね、結唯ちゃん」

「こちらこそ手ほどきのほど、どうかよろしくお願い致します!」

「ふふん。いいのかしら、そんなこと言っちゃって。アタシの指導は厳しいわよ? 性格のすこぶる悪いしゅうとめのごとく、びしっ、ばしっ! 行くからねぇ……?」

「の、望むところなのですよ! 京子お母さまに認められなければ、こーちゃんのお嫁さんになど到底なれま――」


 慌てて口をつぐんだ。

 結唯が顔を耳まで真っ赤にしているさまだとか。それを見た母さんが気色悪いほどにニマニマしていた様だとか。オレはそんなものは断じて見ていないし、気づいてすらもいない。

 それを母さんに悟られてしまっては、絶対に面倒な展開になることけ合いなのだから。

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