3週目:②

 貼り出されていた組分け表を見てみてると、オレと結唯は同じ一年一組だった。というのも、


「同じクラスにしといてあげたよ。その方が都合いいでしょ?」


 と、リオとかいう胡散臭うさんくさい神がやってくれたかららしい。真偽は定かではないが、本当ならば素直にありがたい。

 意外と気が利くし、なんだかんだ注文も聞いてくれている。正直ムカつくし顔も見たくないが、悪い奴じゃないのかもしれない。少し邪険にしすぎたかもしれない。


 一年一組の教室へと入り、予め指定されていた席に着く。オレの苗字は『浅井あさい』であるため、恒例の五十音順での席だと大抵右端の最前列になる。

 『水瀬みなせ』である結唯ゆいとは大分離れてしまった。こればっかりは神の力をもってしても、どうにもならないことだろう。


「担任の神志名かしなだ。あー、お前らに一つ言っておく」


 担任はその後も長ったらしい御託を並べてた気がするが、オレは一切聞いてなかった。周りの奴らが悩んでいたらしい部活も委員会も、これっぽっちも興味がない。


「帰ろうぜ、結唯」

「こーちゃん、部活動の見学には行かないのですか?」

「結唯も部活やらないだろ?」

「は、はい。まぁ、どーせ運痴うんちですので……」

「良し決まりだ、帰宅部な。そして殊勝しゅしょうな帰宅部らしく、帰ってお勉強だ」

「ま、前々から思ってたんですけど……こーちゃんってば、お勉強好き過ぎません……!? 勉強だけが趣味って感じします、怖いです」

「誰かさんが赤点取らないよう育成するゲームだと思えばなかなか楽しいんじゃないか」

「なるほどなるほど、それは難易度ベリーハードですね。やれるもんならやってみやがれって感じです」

「言ったな? 後悔すんなよ」


 オレは決めていた。結唯と可能な限り行動を共にすると。その為に邪魔な活動など、全て切り捨ててやると。

 そして結唯を襲う苦しみの元凶を突き止め――いや、根本から断ってみせる。一切の悩みなく過ごさせてみせる。そんな決意を新たにした。



 帰宅し、着替えを終えたオレは、早速結唯の家へと向かおうとした。が、


「あー……先にコンビニ行っとくか」


 ふと思い立った買い物。結唯への差し入れと……それと――



     ◇     ◇



「ありがとうございましたー」


 すぐ近くのコンビニにて適当な菓子や飲み物を買い、退店したオレは――心の中で念じる。


(――いるんだろ、リオ)


 すると一体今までどこにいたのか、リオはすぐさま目の前にその姿を現した。


「うん? なになに、キミから声かけてくるなんて珍しいなぁ」

「やるよ、これ」


 そう言って、今しがたコンビニで買ったものを手渡す。神のくせにそれが何なのかわからないらしく、キョトンとしている。


「……なに? これ?」

「いつぞやオマエが『ください』っつってた、『ファボチキ』だよ」


 『ファボチキ』とは、コンビニのレジ前のフライドフードコーナーにある、骨なしのフライドチキンだ。手頃な価格である上に、片手で気軽に食べられるという、老若男女問わず絶大的な人気を誇る商品である。当然オレもその例に漏れない。


「ふぁぼちき……! でも、なんで?」

「心読めんだろ。勝手に読め」

「そうなんでもかんでも心読んで済ませたりしないよ、無粋だもの。せっかく言葉を交わせる生き物同士なんだからさ」

「……礼、だよ。なんだかんだ世話になってるからな」


 そう言うと、リオは大仰おおぎょうに目を丸くして見せる。


「驚いた。『ツンデレ』って実在したんだね」

「……」

「顔を合わせる度にあんだけ毒ばっか吐いてくるくせに、こーいうことするんだもんなぁ。なるほどぉ、これが『ギャップ萌え』ってやつかね……ふんふん」

「誰のせいで毒吐くことになってると思ってんだよ」

「さぁ~? ボクむずかしーことわかんないな~」


 やっぱりいちいちイラっとくるな。やるんじゃなかったかもしれない。


「そこらへんはさておき、ありがとうね。ボクらはこういうの、絶対手に入らないもんだと思ってたから」

「神なのにか?」

「うん。お金なんか持ってないし、そもそもボクらのことが『見える人』にしか接触しちゃいけない決まりがあるしね」

「接触しちゃいけない……?」

「そ。こうしてキミと話しているのも、困っている人を助けようとするのも、接触なの。つまり、ボクは『ボクのことが見える人』しか救っちゃいけないんだ」

「なんでまた、そんなことを?」

「『神だって全ての人を救うことなどできない』――それを学ぶための掟らしい」

「……」

「助けたいけど、助けられない。そういう無力感を学んで、自分の身の程や力量、ひいては現実を知る。ましてやボクらは見習いだからね。散漫的、総花そうばな的でいては、真に救うべきを見逃してしまう。今持ちうる全霊を持って、目の前の一つに挑め。そう教わってるの」


 性格のまんま、悩みとは無縁のお気楽な生活でも送ってるもんかと思っていたが……コイツもなかなか、難儀な試練を負ってんだな。


「ボクの姿が見えるキミが、良い奴みたいでよかった。神に食べ物を奢ろうとする奴なんて滅多にいないだろうし」


 リオは手にしたファボチキを顔の前に掲げ、嬉しそうにニッコリと微笑んでくる。「いっただきまーす」の声と共に、大口を開けて頬張った。


「――っ!? なにこれおいしい! マジヤバいっ! バリうまかっ!」

「……喜んで貰えたようで、何よりだ」


 目を輝かせて夢中で貪っている姿にも、発せられる謎の語彙にも、つい苦笑してしまう。


「なあ。その掟とやらを破ったら、どうなるんだ?」


 リオの動きがピタリと止まる。……どうもマズいことを聞いてしまったのかもしれない。


「……聞くの? 聞いちゃうのかい? それを……?」

「あ、ああ……。人間にも話せる内容なら、だが……」

「そこまで言うなら話してあげようじゃないか。いいかい? 耳をかっぽじって、よーく聞くがいい……」


 いや、別にそこまで言ってない気もするが。雰囲気に圧され、ゴクリと唾をのんで傾注してしまう。

 たっぷりと溜めに溜めたリオは、やがて衝撃的な台詞を口にした。


「ズバリ――『一週間、おやつ抜き』だ!」


 …………。


「……さて、結唯を待たせてるから行くとするか」

「あ、あれっ? まさかのスルー? おかしいでしょ、ここは『な……なんだってー!!』とか言ってくれていい場面でしょ!?」

「知るか、バカ」


 いや、神ってこええな。

 何が怖いって、そんなもんで恐怖を感じられる環境がこええ。だとすれば、他の奴らもみんなリオみたいな奴なのかもしれない……ってあぁ、そっちのが最高に恐ろしいな……。

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