また行きたいなあ
健康状態には何も異状はなく、門前のそば屋で少し遅めのお昼ご飯を食べた。さっきの道の奥に、境内は極楽浄土とされてる寺院があるけど行ってみないかと訊くと、なんとも嫌そうな顔で僕の残り僅かなそばをすくっていった。
結局行かずじまいで次の目的地へ行くバスに乗る。車窓は緑青色の山々から、低層ながら煌びやかな建物に変わってきた。この都市は不思議なもので、いくらモダンデザインのものだって、世界中を手にかける大手ファストフード店だって古風な街並みに溶け込んでいる。
バスを降りると、しなだれる柳の木を背景に写真を撮らされた。そろそろツーショットにも慣れてきてしまった。
そして彼女に手を引かれ、意向のままに歩いていく。その手は新雪のように柔らかく、冷たかった。
「それで、悩んだ挙句どっちも買ったな」
彼女は照れたように笑う。やれやれ、みたらし団子にするか大福にするかを決めあぐね、そこそこに離れた二つのお店を往復したこっちの気にもなってくれ
「あそこで座って食べよ!」
彼女が指さしたのは、ゆったりと流れる川のへりだった。陽は傾いてきたがまだまだ暑い、涼をとるにはちょうどいい場所だ。
「ふふ、わたし達、カップルに見られるのかな」
僕はみたらし団子の入った袋を落としそうになった。
しかし辺りには、しきたりでもあるのか等間隔で男女のペアが座って談笑している。確かにこの状況だとそうなるのかも……。頬が熱い。
「見られたとしても、実際僕らは付き合ってないんだから」
ふーん、そっかあ、と彼女はやけに挑戦的に口角を上げる。
絶妙に甘辛いタレがついた団子だったはずだが、味がしなくなった。
「その顔いいねえ」
大きな豆大福を口に放り込み、スマホのレンズを僕に向ける。
撮らないでよ、と言ってスマホを取り上げようとしたらまたシャッター音が鳴った。
「今日ずっと写真撮ってるよね、君」
朝から今まで、何かある度にシャッターを切っていた。ご飯を食べる時だったり車内だったり、僕だけだったり景色だけだったり。ツーショットももう何枚か撮った。
「いいじゃないの、拡散はしないんだから」
「そういう問題じゃなくて……」
彼女は神妙な面持ちで、うさぎのシルエットが散りばめられたスマホケースを撫でる。
「写真ってさ、残るんだよ。いつ撮ったか誰と撮ったか、どこで撮ったかどんな所で撮ったのか」
「後ろ二つは記憶力次第だけど」
「だからたくさん撮れば、忘れることも少なくなるでしょ。わたしは楽しかったことをもう忘れたくないの」
「今日はよっぽど楽しかったってことか?」
「楽しかった……ほんとに楽しかった」
彼女が目を伏すと、夕日に焼けた黒髪が純麗な顔を隠す。
「……あんたはどうだった?」
今日一日、僕だって楽しかった。美少女と二人きりで旅行できたからではない。わがままを言われて、振り回されて、心配されて、笑ってくれて……こんなにも僕の人生が色づいたことがあっただろうか。
「楽しくないわけがないよ」
そう言うと、彼女は肩を震わせた。
「うれしい、うれしいなあ」
彼女は僕に笑ってみせた。薄桃色の唇から白い歯をのぞかせ、細く開いた瞳には川面のようにきらきらと輝く涙を溜めている。
なぜ泣いているかなんて尋ねなかった。代わりにタレのたっぷりかかった飴色の団子を差し出す。
僕は彼女に、恋をした。
帰りの新幹線、到着まで三十分程度だが、二人とも寝てしまった。
僕は悪夢を見た。虚しいほど白い部屋でベッドに仰向けになっていた。そして高く掲げられた、透明な液体の入った袋と僕の左腕を、チューブが繋いでいたのだ。
気持ちが悪くなって目を開く。隣の彼女はまだ寝ていた。川でのことを思い出したのだろうか、また泣いている。
「やっぱり……そうだよね」
ぽつりとこぼした彼女の寝言が、耳から離れようとしない。
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