気づいてはいました

 うちの学校はそこそこの進学校だ。そのせいで、夏休みが始まっているというのに、これから二週間ほどは補習でほぼ毎日が潰れてしまう。いくら受験生と言えど、夏休みは楽しみたいものである。

 ま、特にこれといった用事は無いわけだけど。

 下駄箱にスニーカーを入れ、代わりに使い込まれた上履きを簀子すのこに落とす。ぱこんぱこん、という間抜けな音が妙に心地よかった。


「おはよう。良い朝ね」

「わ、びっくりした。君か」

 振り返ると、黒髪の美少女が目前二十センチほどの距離にいた。

 すうっと鼻を通るこの香り、やはり先輩と同じだ。そして近いとよく分かる、絹糸のように細く美しい髪、夜の湖を映したような瞳、目元にあるほくろの位置まで、先輩と一緒だった。

 平静を保とうとすればするほど、心臓は早鐘を身体中に打ち響かす。

 というかなんでこんなに近いんだ?僕を探してたことと言い何と言い、まさか僕に気があるとか……。

「……ねえ、ねえってば!」

「あ、え、な何?」

「だからそこわたしの下駄箱だからどいて」

 ああ、酷い勘違いをしてしまったようだ。顔に熱が集まるのが分かる。

 上履きに履き替えて、彼女はすたすたと先に行ってしまった……と思ったら肩をいからせてすぐにこちらへ戻ってきた。

「なんでついてこないのよ!」

「だって君が先に行くから……」

「いいから来るの!」

 腕を強く引かれ、何度も転びそうになりながら教室へ向かう。

 周りの生徒達の視線が刺さるからなのか、見た目に反する行動に興が覚めたからなのか、なぜだかいい気分にはなれなかった。


 彼女と別れ教室に入ると、前の席のクラスメイトが不敵な笑みを浮かべて僕を見ていた。

「おい、どういう風の吹き回しだ」

「……桶屋を儲けさせた覚えは無いけど?」

「それ意味違わないか?」

「僕の言葉に意味があるとでも?」

 やれやれ、と肩をすくめる彼に、事の詳細を聞いてみる。

「お前、あの学年一、いや学校一の美少女と手を繋いで歩いてたらしいじゃないか」

「尾ひれがついてるんだけど」

「手繋いでないのか?」

 いや、それは……。どうやら僕は嘘をつくのが苦手らしい。こと細かに彼に事情を説明してしまった。

「なるほどな、それで教室までねえ……」

 分かってもらえならよかった。安堵して嘆息を吐いた。

「いやお前、何安心したような顔してんだ。状況は悪化してるぞ」

 どういうこと、と訊く前に、彼は手のひらをくるりと回し、周りを見るよう促した。

 促されるままに周りを見ると、こちらの会話が終わるのを今か今かと待っているクラスメイトがいた。そしてこの間を皮切りに、僕への集中砲火が始まった。

 彼らの主張はやはり彼女と僕の関係についてだった。幾度となく違うと説明したのだが、彼らにはどうやら僕に貸せる耳が無いらしかった。

 始業のチャイムが鳴り、各々が不服そうに席に着く。

「大変だったな。あいつらのほとんどが、あの美少女を盲愛してるやつらだぞ」

「そうなのか。全く、タイかその辺で交通整理してる気分だったよ」

 少し間が空いてなるほどな、と彼の合点がいったところで、クラス担任が扉を開けた。


 違和感ならあった。

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