第1話 出会い

 ピピピ、ピピピ、と目覚まし時計が朝の訪れを主張する、それをなだめるように頭上にあるボタンを押してそれを止める、夏の暑さにうんざりしながらベッドを抜け出す。

 そのまま階段を降りて行くとトーストの焼けた匂いが鼻をかすめる、リビングに入ると母親が食器を洗っていた。

「あら、今日は早いじゃない」

「本屋に行く予定があるからね」

 そう言いつつテーブルに用意してあったトーストにジャムを塗る、桜田家の朝は必ずトーストから始まる。

 そのため様々なジャムが用意してあって皆思い思いにそれを塗る、僕は半分にいちごをもう半分にりんごのジャムを塗るのが最近のブームだ。

「そう言えば、優香はどうしたの」

「朝から部活よ」

「そっか」

 何気ない会話をしてからテレビを付ける。

「今年の8月であの事件から3年目となります。今日はレイアス女子校附属中学校自殺事件について振り返って――」

 朝からこんな辛気臭いニュースは御免なのでリモコンでチャンネルを変える。

「――それでは1位の発表です。今日のラッキーはてんびん座のあなたに、今日は新しい出会いのチャンスかも、ラッキーアイテムは青色のブックカバーです。それではまた明日〜」

 間延びした声でニュースキャスターが番組を締める。

 それにしても星座占いには不思議な魔力があると思う、 普段気にしていなくても1位や12位の時は妙に気になる、それにしても1位にラッキーアイテムは必要なのだろうか、それ以上運が上がるのだろうか、12位ならわかるのだが。

 そんなことを思いつつ、トーストを食べ終わり皿の上の目玉焼きやウィンナーに手をつける、目玉焼きにはソースこれは譲れない。

 食べ終わった皿を母親に渡し、2階に戻る、 時計は8時半を少し過ぎたところ指していた。

 パジャマから適当に見繕った服に着替えて、本棚から今日の気分の本を1冊選ぶ、そして青色のブックカバーをつけてバッグに入れる、準備が整ったが今の時間だと本屋が開いていないので今日の気分に2番目に合う本を本棚から抜いて勉強以外に使われることの多い勉強机に座る、本を読む時はベッドじゃなくて机に座るのが僕流だ。

 半分ほど読んだところで時間もいい具合に進んでいた。

 時計が9時半を指しているのを確認してから僕はバッグを背負い、母親に一声変えてから自転車に跨り家を出る、今日の目的地は駅前の本屋とその近くにある古本屋だ。

 本屋巡りという趣味を持つ僕は休日は1人で本屋に出かけることが多い、特に欲しい本が無くても新たな本との出会いを求めてついつい足を運んでしまう、と言ってもこんな田舎には本屋なんて古本屋を入れて2軒しかないので趣味とも言えないかもしれない。

 駅前の本屋では軽く好きな作者の新刊を探したり、漫画の表紙を見て面白そうなモノを選別していた、漫画は小説と違って開いて中を見るなんてことが出来ないので表紙の絵とタイトルが僕の中の判断基準の7割を締めるのだ。

 本屋では特に気になる本はなかったがこれはあまり気にすることではない、本番は次に行く古本屋だ。

 古本屋には色んな本が揃っていてこの町で2番目に好きな場所だ、本棚の間を何回も歩き回り気になる本があれば手に取って、パラパラとめくってみたりするこの瞬間が好きだったりする、新たな本との出会いにほのかな期待を持ちながらそれが自分の琴線に触れる本だった時の嬉しさは何物にも代えられない気がする。

 そんな気持ちで本屋を出ると通りで騒ぎが起こっていた。

 俗に言うカツアゲというやつだ、いかにも不良そうな男性3人がひ弱そうな高校生を壁際に追い詰めて何か叫んでいた。

 高校生は助けを求めるように辺りを見回すがそれに応えるものは誰もいない。

 そりゃそうだ、この世にヒーローなんていないのだから。

 誰だって自分が一番かわいい。

 遠くでヒソヒソと笑っている人、見て見ぬ振りをする人、通りにいる人この2種類に分けることが出来て。

 かく言う僕は後者に分類される、反対側の自転車置き場に向かおうと回れ右をした時、僕の横を黒と白の線が通った。

 黒のロングヘアーに白色のワンピース、頭に麦わら帽子、彼女は真っ直ぐ不良達にめがけて進んでいく、すると不良の1人が彼女の接近に気づく。

「なんだぁ、このおんっ」

 バッッッチン

 彼女の放ったビンタは通りにいた人達の時間を止めた、僕を含めた皆信じられないものを見た目をしている。

 叩かれた不良も何が起こったか分からないという顔だ。

「貴方達、こんなことして恥ずかしくないの」

 と堂々と言い放っていた。

 僕はこの時まるで主人公みたいだと思った。

「こ、このクソアマ、死にてぇのか!」

「イジメなんてクズのすることよ」

 険悪な雰囲気で睨み合っていると、騒ぎを聞きつけた警官が仲裁に入っていた。

 僕は逃げるようにその場を離れた。

 その後、古本屋で本を読んでいる時もファーストフード店昼食を食べている時も彼女のことが頭から離れなかった。

 こういう気持ちが不安定な時は決まっていくお気に入りの場所がある。

 高校の裏にある山の山道を道なりに進んで途中から外れの獣道に入る、この道は小学校の時友達と探検していた時に見つけた道だ。

 そのまま進むと町を一望出来るちょっとした広間に出る、ベンチと切り立った崖と申し訳程度のロープだけのこの広間が僕の秘密の場所だ。

 崖は結構な高さがあるがベンチまで十分な距離があるので落ちるなんてことはない。

 ちょうど木陰に隠れる位置にあるベンチは風通りの関係もあって夏の暑さを感じないので僕はここで本を読むのが好きだ。

 バッグから青色のブックカバーをつけた本を取り出し顔に風を感じながらページを進める。

 ―――読み終わり本を閉じたところで青色のブックカバーが夕日で赤色に染まっているのに気づく、スマホで時間を確認すると17時を過ぎていた。

 バッグに本を入れようとした時に気づく、白色のワンピースを赤く染めた彼女が隣にいることに。

「う、うゎあ」

 情けない声を上げながらベンチからずり落ちそうになる、なんとか体勢を立て直すと彼女がじっとこちらを見ていた。

 息の詰まるような沈黙に耐えかね、何か言わなければと考える。

「え、えっといつから隣にいたの?」

「3時ぐらいから、集中して読んでいたから声がかけにくくてそれにここの景色好きだし。」

「そ、そうなんだ、ここいい景色だよね。……あ、えっと僕、下の赤松高校の1年の桜田直之さくらだなおゆきって言うんだけど」

「私はレイアス女子校の1年雪村加奈ゆきむらかな

「へぇ、あの進学校の、頭いいんだすごいね」

「…なんの本、読んでいたの」

「あ、えっと井上先生の青空に似ているって本なんだけど、わかる?」

「……」

 うぅ、やっぱり本の話なんて分からないよなぁ、また気まずい雰囲気なってしまう

「…井上先生の本は心理描写が綺麗でまるで自分も恋しているみたいな気分になれて好き」

「知ってるんだ、僕も井上先生の本好きなんだ、主人公とヒロインの関係性とかいいよね」

「うん」

 再び沈黙、今度は話題を先に考えておいた。

「昼前にさ駅前の本屋のところで不良にビンタしてたよね」

 彼女の肩がビクッと震える。

「み、見てたんだ」

 少し頬が赤くなっているのは夕日のせいではないだろう。

「うん、すごかったよ、まるで物語の主人公みたいだった」

「そんなかっこいいものじゃないよ、ただああいうことが許せないだけ、それに私も皆と変わらないから」

「そんなことないよ、僕を含めて誰も助けに行こうなんてしなかったのに君は迷わず止めに行ったじゃないか」

「ううん、違わないよ、私もみんなと一緒ただ眺めてるだけだったから」

「でも、現に君は」

「違わないよ」

 僕の言葉を遮るように言った彼女は笑っていたけどどこか悲しげだった。

「ごめんなさい、もう帰らなきゃいけないの、それじゃあ」

「う、うん」

 そう言って彼女は駆け足で森へと消えていった。

 彼女の消えた森を見つめて、彼女の笑みの理由を考えたけれど何も思いつかず、その日は荷物をまとめて家に帰った。

 家に帰ってから風呂に入って眠るまで昼間の彼女の真剣な眼差しと夕方に見たどこか悲しげな笑顔が頭から離れなかった。

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