死にたがり少女と僕の春

鳥見風夫

第1話

 僕と彼女が初めて出会ったのは、高校二年生の時、よく晴れた四月の始業式の日だった。


「ねぇ君、そんなところで何してるの?」

「何って、自殺の段取りを決めてるんだよ。近々自殺するつもりだから」


 あっけらかんとした表情で彼女はそういった。屋上に設置されている、フェンスの外で。始業式をサボって屋上へ来たはいいが、こんな先客がいるとは、全然考えていなかった。


 「そっか、じゃあ僕はどっか遠くに行くから」

 「……君って変な人だね。普通、私みたいな人を見たら慌てて止めようとするのに、どうしてそんな落ち着いてるの?」

 「どうしてって、周りだけ慌てたって、どうにもならないじゃないか。そんなことしても、空回りするだけだ」


 そう言うと、彼女は腹を抱えて、あははっ、と笑いだした。見ているこっちが不安になるが、彼女は危なげもなく、フェンスをひょいと飛び越えた。


 「君のこと、気に入ったよ。名前は?」

 「桜木信。君の名前は?」

 「いい名前だね! 桜木君、よろしく。私の名前は花塚詩乃」


 花塚のその笑顔は、まるで自殺を考えている人とは思えないほど、晴れ晴れとしていた。


 「あ、もう始業式も終わったみたいだ。じゃあ、また今度、私が生きてたら会おーねー」

 「そういう不吉なことは言わないほうがいい。って、もう聞いてないか」


 僕が声をかけた時には既に、花塚は教室へと駆けていってしまった。




 二週間後、花塚は学校の近くにある川の中に居た。ていうか、彼女は毎回何してるんだ。


 「桜木くーん! 一緒に自殺しない?」

 「……人に会ってからの第一声がそれ? もう少し他にあったんじゃないの?」

 「いやー、川に入ってると、子供のころ遊んでたことを思い出して、はしゃいじゃうんだよなー!」

 「今からやろうとすることは、子供のころの遊びとは全然違うんだけどね」


 僕と彼女の会話に、周りの人はぎょっとしたようにこちらを向き、触らぬ神に祟りなしとばかりに一,二歩ほど離れた。だが、花塚はそんなことはおかまいなしに、僕の方めがけて、岸へと上がってきた。


 「って、制服びしょびしょじゃん。上着くらい脱いだらどうなの?」

 「えー、そんなことしてたら、気が変わっちゃうかも知れないじゃん。思い立ったら即行動! それが私のポリシーだし」

 「あー、そんな感じするよ。何せ、思い付きで自殺しようとする人だからね」

 「あれは、ちゃんと考えてやろうとしたんだよ。思い付きじゃありませーん!」


 その後、花塚は最初会った時みたいに笑い転げ、僕の手を引っ張って、川へ飛び込んだ。


 「やっほーい!!」

 「って、うわぁぁぁ!?」


 ばっしゃーん! 静かに桜が浮かぶ水面に、白い水柱が一本、高く立った。


 「飛び込むんだったら先に言ってよ」

 「だって、言ってたら君、逃げてたでしょ?」

 「まぁ、それはそうだけどさ……」

 「でもさ、心中ってのも結構いいね。桜木君、私と一緒に自殺するつもりは無い?」

 「断じて拒否する。自殺するならお一人でどーぞ」


 河原に腰を下ろし、ハンカチを取り出して髪を拭う。鞄だけでも近くに投げ捨てておいて良かった。


 「ごめんね、私の家にでも来て洗濯してく?」

 「遠慮しておく。それに、二度しか会ったことのない男子を家に上げるのも問題だろ?」


 髪を拭いたハンカチを鞄にしまい、僕は立ち上がる。


 「ふーん、君なら誰もいないときに家に連れ込んでも、何もしなさそうだから安心だと思ったんだけど」

 「はいはい、どうせ僕にそんな気概はありません。じゃあ、もう帰るよ」

 「うん、じゃあね。また生きてたら」


 そう言って、僕に小さく手を振った姿は、どことなく悲しそうに見えた。


 その四日後のホームルームで、彼女の訃報が知らされた。学校から自殺者が出たということに、教室内はざわめいたが、僕はついにやったか、と思う程度だ。


だが、何故かその日、頭がボーっとして授業も、友達の話も何も頭に入ってこなかった。


 「すみません、桜木さん。ですか?」

 「……はい、そうですけど。何か用ですか?」

 「私、詩乃の妹です。自殺した姉の机の上に、こんな手紙が置かれてたので、届けに来ました」

 「あ、あぁ。ありがとうございます。いや、ご愁傷さまです、かな?」

 「こちらこそ、生前、姉の面倒を色々と見てもらったみたいで」

 「いやいや、少し話したくらいですし」


 放課後になり、花塚の妹、と名乗る女の子から渡されたのは、桜の模様があしらわれた封筒だった。


 「まったく、家族には遺書も残さないくせに」

 「なんかすみません」

 「気にしないでください。それと、これもどうぞ」


 手渡されたのは、一枚の写真だ。恐らく川で撮ったのだろう。いつ撮ったのかは分からないが、紛れもなく僕の写真だった。

 いつ撮ったのだろう、と首を傾げながらも、僕は封筒を開けた。


 『やぁ、君がこれを読んでるってことは、私の自殺は成功したんだ。結局、私は薬を選んだよ。睡眠薬を一杯飲んでね。さて、気が変わるといけないし、手短に纏めようか。桜木君、君と会えてよかったよ。もう少し早く会ってれば、自殺なんてやめたんじゃないかって思えるくらいにはね。神様って人も意地悪だねぇ。まぁ、これも運命ってやつだと思えばいいか。それじゃあ、また天国で会おう。バイバイ』

 花塚らしい文面に、僕は思わず笑い、少し上を向くと学校の屋上が見え、ふと熱いものがこみ上げてきた。

 そこに、満面の笑みで佇んでいる彼女の姿を見たような気がした。

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