木曜日、昨日の夜あまり眠ることができなかった僕は、遅刻を恐れ通学路を走っていた。しかし帰宅部の体力はそんなに無いもので、体が勝手に走るのをやめる。いつもの僕なら遅刻しそうな日は欠席していたが、昨日の出来事がそれを許さない。いつか、空澄さんの隣で授業を受けていた時と同じで、自分を空澄さんの水準に合わせなければと思うからだ。だがそれは前回、成績を追いつかせることができずに終わり、そしてどうやら今回も、生活態度を模倣することは叶わないようである。テレポートでもしない限りは――そう思った矢先、僕は教室の中におり、自分の席に座っていた。何が起きたのかわからずに辺りを見回すと、そこがもう少しで一日の授業が終わる、午後三時前の教室であることがわかった。僕はテレポートに加え、タイムスリップまでしてしまったらしい。ふと机の上に置かれたノートを見ると、そこには僕が書いたとは思えないほどきれいな文字が並んでいた。

 

異変はそれだけにとどまらなかった。チャイムが鳴ると、なぜだか僕の机の周りには人だかりができ、そして生徒たちが次々に話しかけてきたのである。悩みを聞いてくれ、や、問題の解き方を教えてほしいなど、彼らは僕に助けを求めているらしかった。しかしそんな中、奇妙な言葉が飛んでくる。

「もしかして、合言葉、わからない?」

 すると、他の生徒たちが急に静かになり僕を見つめる。もちろん僕は合言葉なんて知らないので首を縦に振ると、生徒たちは何も言わずに去っていったのだった。


「どうやらお困りのようだな」

 放課後、誰も居ないと思われた教室に朝比奈剣の声が響く。丁度僕は困っていたので、朝比奈さんに相談してみることにした。


「なるほど」

 彼女はそう言うと僕の隣の席に座り、なにやら説明を始めた。要約するとこうだ――

 本日木曜日、僕は登校した。遅刻はしなかったそうだ。その後僕は一時限目が終わると、教壇に立ち生徒たちに向かってこんなことを言ったらしい。


「私は長年閉じ込められていた、泉響いずみひびきの本来の人格である」

 

そしてその際、本物かどうか判別できるように合言葉を決め、偽物の言葉には耳を傾けないようにと頼んだそうだ。


「作戦会議を始めるわよ」

 朝比奈剣は言った。

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