水曜日、授業を受けながら空澄奏の後ろ姿を眺める。新学期になり席替えが行われた結果、こうして後ろから眺めることができるようになったとはいえ、やはり前期の、空澄奏の隣に座れていた時より幸福度は低い。

 チャイムが鳴り昼休みになるが、食欲のない僕は屋上へ向かうことにした。屋上はめったに人がおらず、静かで好きな場所なのだ。しかしその途中、廊下で後ろから声をかけられる。


「泉くん!」

 その声の持ち主は、振り返る前に空澄奏だとわかった。


「この前の事、私は全然気にしてないからね!」

 そう言った空澄奏は、なんと僕に微笑みかけた。てっきり顔も見たくないと思われていると思っていたのだが、どうやら僕は空澄奏の器の大きさを見誤っていたようだ。振った相手に自ら声をかけ、あまつさえ笑顔を見せるそんな彼女を見て、僕は感銘を受けた。


「じゃあ、帰ろうか!」

 しかし、彼女のその一言で我に返る。おそらく今彼女は帰ろうと言ったのだろうけれど、今はまだ昼休みなので、いくら生徒会長とはいえ難しいのではないだろうか。


「泉くん、もう放課後だよ?」

 僕は学生鞄を持ちながら、しばらく動くことができなかった。


 僕の方から空澄さんを一緒に帰ろうと誘ったらしい。そして消えてしまった記憶の中で、空澄さんと僕はかなり会話をしたそうだ。

「泉くんがこんなに面白い人だったなんて知らなかったよ」

 そう言うと空澄さんは笑う。こんなに楽しそうにする空澄さんを見られることはめったにないので、自分が誇らしく思えた。

 彼女と別れると、僕は満たされた心のまま家へ帰ったのだった。

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