第7話 美しい国、クレタス王国
「シグレ!」
ラオが呼んでいる。しかもなんだか騒がしい。シグレは資料整理を途中でやめてラオのもとに行ってみる。
「どうしたの?ラオ」
「ルゥクが……ルゥクが王宮の前で倒れてるんだ!」
これにはいつも冷静のシグレも驚いた。ルゥクが戦っているはずのロイド王国は大草原を挟んでいるはずだ。もしもう戦いが終わっていたとしても、こんなに早く帰ることは不可能だ。多分。
「ルゥク!ルゥク!」
ラオが言った通り、ルゥクは息も絶え絶えで横たわっていた。姿は丸出しになり、光に照らされて黒い毛並みに赤い血が反射する。
『クゥン』
狼の言葉は人間には理解できない。だがラオは人間でないせいか狼の言葉がわかるらしく、ルゥクの苦しそうな声を聞いて今までにないくらい真剣な顔になった。ラオは黙ってルゥクを抱き、シグレに向き直って頭を下げる。
「シグレさん、これまでありがとうございました。最後にお願いがあります。聞いてくれますか?」
「え?どういうことかわからないけれど、まあ聞くだけならタダだよ」
「ありがとうございます。ルゥクと僕からのお願いです。僕らはこれから僕らの家に帰ります。どうか、少しの間だけ、時間を稼いでくれませんか?」
「逃げる、と?」
「……はい。僕らは二人とも過去に人に裏切られ、捨てられ、追われてきました。もう人間の都合で振り回されたくない。ルゥクは特に長い間人間の好きにされていたようですから。ルゥクの最後の言葉を伝えますね」
目の色が変わる。ルゥクと同じ瞳の色。冷え切った、何かを諦めた目。ラオだとわかっていてもルゥクと重なる。
「これまでどうもありがとう。お前はラオの次に信頼できる人だったよ。でも、もう楽にしてくれ」
ラオは言い終えると固まったままのシグレに背を向けて去って行った。正気に戻ったシグレはため息を吐きながらも嬉しそうに呟く。
「やってやるよ。うまく逃げろよ、二人とも。反乱だ!」
その後シグレはルゥクを追って帰ってきた兵士たちを無視して中央にいた護衛兵と王を愛用の銃で撃ち殺したのだった。
どうやら国王に不満を持っていたものはたくさんいたらしい。国王の側近だったシグレが動いたことにより、小規模な戦争が起こったのだった。
***
「やばい、追ってきた」
シグレが国王を撃ち殺した頃、ラオはルゥクを追ってきた兵隊たちに追われていた。だが、ルゥクを抱えていて足が遅いからそろそろ追いつかれる。もうすぐ家に着くのに。
『クゥンクゥン』
「乗って?へ?うわっ」
ルゥクはラオの腕から抜けて地面に着地し、ラオを背中に乗せて駆け抜けた。
走るたびに傷口から血が滴るが、今は我慢をする。手負いでもルゥクの足は兵隊たちよりもずっと速く、あっという間に森を駆けぬける。
「ルゥク!?」
家に着いたところでルゥクの体力が尽きた。ラオは急いでルゥクの上から飛び降り、背後を見る。
「いたぞ、こっちだ!」
「貴重な戦力だ。狼人間を捕まえろ!」
兵隊たちがやってくる。このままではルゥクが捕まるのも時間の問題だ。ここでラオは決死の判断をした。
ラオの変化した九つの尾を持つ狐が森に火を吹く。最初は小さかった火は草から草に、木から木に飛び移り、巨大な大火となる。炎は瞬く間に森を焼いたが、なぜかプレハブ小屋だけは焼かなかった。やがて炎は兵隊とルゥクたちとを隔てる越えられない壁になった。
『ラオ……』
『ルゥク、もう少し待ってね。もう少しだけ。僕もうルゥクを一人にしないから。ルゥクが命を懸けて僕を守ってくれたように、僕もルゥクを守るから。今までありがとう、ルゥク』
ラオがルゥクを抱きしめるように覆いかぶさる。ルゥクは黒狼の姿のまま、笑いながら涙を流した。
『やっと会えた……ラオ。無事だった?』
『うん。それよりもわかってる?今怪我してるのはルゥクの方だよ……」
傷だらけで血まみれで。それでもなお自分を心配するルゥクを見てラオもまた、窓を伝う雨のように涙を流した。
『ごめん、ラオ。俺は多くの人を殺しすぎた』
『ルゥクが望んでやったことじゃない。むしろ、僕を庇ってくれてありがとう』
炎の中に、人外が二匹。
狐と狼の涙が炎に照らされて光る。
「美しいな」
「シグレ様!」
護衛をしようとラオを追ってきたシグレはその光景に目を奪われた。人間が人間を助けるように、彼らはお互いを庇い、守った。彼らは狼人間と妖怪。種類は同じだが人種は違う。それでも彼らはお互いを理解し合うことができている。そこに隔たりなどない。それがシグレにはとても純粋で綺麗に見えた。
シグレ達は二匹の姿が炎で見えなくなるまで、その光景をずっと見ていたのだった。
数年後、シグレはクレタス王国の王となり、王国は人間と人間以外が共存する平和な国になった。まだ一部に偏見があるものの、ラオとルゥクは普通に国に下りて来られるようになった。森にはあの時の痕跡が未だ残っている。妖怪の炎で燃やされたせいか、プレハブ小屋を囲んだ形で今も植物が生えないのだ。
悲しい歴史を持ちながら前を向いて進もうとする新しい国の空には、すべての始まりの日の象徴である白虹が浮かび、今日もクレタス王国を照らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます