第6話  戦争と狂気

「久しぶりに昔の夢を見たな」

  頭痛がする。なんだか首と手足が痛いと思ったら首輪と手足の枷をされて檻の中にいた。

 『グルルルル』

 「お、起きたな。国王陛下が来られているぞ」

 衛兵が檻越しにルゥクを立たせる。よろよろと立ち上がったルゥクは国王の姿を見つけて威嚇した。

 『グルルルル』

 「おはよう、人狼くん。昨日は吠え声だけで兵隊たちを殺したらしいな。どういう異形の術を使ったんだ?」

 「ほら、答えろ人狼」

  ここで抵抗しても仕方ないと判断しておとなしく指示に従い、人間の姿に戻る。

 「前から疑問に思っていたんだが。お前はまったく抵抗しないな。どうしてだ?」

 「……俺はまだ死ねない。向こうに大切な家族を残してきたんだ。ここで無駄な抵抗をして死にたくないんだ」

 「なるほど、なかなか賢いな」

 国王が悪い笑顔を見せる。さすがのルゥクもこの表情には背筋を凍らせた。……と思ったら優しい顔をする。

 「人狼,お前傷は大丈夫か?」

 「へ?え、あ、はい」

 突然のいたわりの言葉にルゥクはその真意を量りかねて困惑した。国王の狙いはそこだった。

 「そうか、ならばもう一戦、よろしく頼んだ。敵国に侵入し、防衛する軍隊を皆殺しにして来い」

 国王にとってルゥクは道具でしかない。つまり、ルゥクを傷つけることも、気まぐれに身体を心配するのもあまり意味はなく、ただ国王が遊んでいるだけなのだ。

 「国王、俺はいつ向こうに帰れますか?」

 「さあな、もしかしたらもう二度と帰れないかもしれないな」

 国王は相変わらず嗤う。ルゥクはその表情に殺意をおぼえながらも国に突入することを承諾した。

 なぜルゥクがそれほどまでラオに執着するのか。その答えは至って単純で、ルゥクは自分と同類で自分を理解してくれる家族が欲しかっただけだった。

もう一つ、理由がある。

昔、ルゥクはラオに軍人から守ってもらったことがあった。結局ルゥクが飛び出して台無しにしてしまったが。とりあえずルゥクはその時のラオの行動に感動し、恩返しをしたいと思っていたのだった。

 「国王、お願いがあります。この戦いが終わったら一度俺をクレタス王国に戻してください」

 「許さん……と言ったらきっとお前は突撃しないんだろうな。わかった。約束しよう」

 「ありがとうございます。いつ突撃するのですか?」

 「今からだ。衛兵、行け」

 いきなりだな。もはやルゥクは驚くこともせず、ただ頷いた。国王の言う通り、檻を乗せた車が動き出す。その直前に、国王の横で大人しくしていたシグレがルゥクに囁いた。

 「お前、もう帰れないぞ」

  ルゥクは目を見開き、シグレを見る。シグレの目は真剣で、そこに嘘の色など一ミリもなかった。

 

 国王の言った通り、車はすぐにロイド王国の城壁近くまで来て止まった。

 檻から出され、枷を外される。ルゥクはふらふらと外に出る。

 「行って来い」

 衛兵がルゥクの背中を勢いよく押す。ルゥクは言われるままに城門へと向かった。

 「あれ?どうかしましたか?体調が悪いようですが……」

 「……」

 「と、とりあえず中にお入りください。医師をお呼びします」

 門番が軽くルゥクの身体検査をしてから中へ通す。連れて行かれたのは予想外の王宮街だ。ああ、そうだった。ロイド王国の医師は王宮街に集まってたんだった。

 「あっ、あなたは……レイラくん?」

 昔の名を呼ばれて顔をあげる。駆け寄ってきたのは懐かしい顔の女性だ。ルゥクに触れる手は昔のように震えていて、昔のように笑顔が引きつっているのが見なくてもわかる。

 「あ、この子の保護者の方ですか?」

 「はい、生き別れの息子で……」

 「そうですか。この子、怪我をしているようなので手当てをお願いいたします」

 「はい、わざわざありがとうございます。帰ろう、レイラ」

 ……捨てたくせに。狼人間だと知ってから恐怖で怯えていたくせに。ルゥクは心の中で何かが沸騰して爆発しそうなほど熱いのを感じた。ラオの方が大切にしてくれた。そうだ、ラオのもとに帰りたい。今すぐ。そう思ったときには体が動いていた。

 「レイラ?!」

 元母親の腕をすり抜け狼に変化して、来た道を引き返す。悲鳴が聞こえるがそれに構っている暇はない。走って走って走る。門の前で突撃しようと構えていた味方すらも噛み殺し、蹴り飛ばす。

 もう病気でないかと言うほど、ルゥクはラオとシグレ以外の言葉を信じられなくなっていた。

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