第2話 不本意なる事件

 シグレはルゥクの部屋を去った後、厨房に向かった。

 「シグレ様、いかがなさいましたか?」

 「これから友人のところに行くのだが、何かごちそうを持っていこうと思ってな。簡単でいいのだが、お願いできるか?」

 「もちろんです。何をお作りしましょうか?」

 「そうだな……」

 手に持っていたバインダーを捲りながら考える。そこにはルゥクを捕らえるにあたって必要な情報が細かく書かれていた。その一覧の「好きな食べ物」「その理由」という欄を読む。

 「ハクロウプラタをお願いしたい」

 「畏まりました。しかし珍しいですね。シグレ様がご友人のところへ訪ねに行くのも、ハクロウプラタも。ハクロウプラタはもともと、大昔のハクロウ村という場所で儀式に使われていたものでした。それは『無駄に動物を狩らず、動物に感謝して残さず食べ、その儀式から数日間は動物たちへの償いとして肉を食べない」というものでして……」

 「料理のうんちくはいい。早く作れ」

 コックは「すみません」と謝りながらも嬉しそうだった。

 「そういえばシグレ様。さっき国民が騒いでいましたが、やっと捕まえたんですね『西の森の獣人』」

 一気にシグレの顔が歪む。苦虫を噛み潰したような表情を見てあっと口を塞いだ。

 「す、すみません。何か気を悪くさせてしまいましたか?」

 「気分悪いから部屋戻る。ハクロウプラタはカモミールティーと一緒に後で部屋に持ってきてくれ」

 シグレは強引に話を終わらせて部屋に戻った。コックはルゥクを捕まえる命令を「やっと」と言った。だが実はルゥクを捕らえる準備は二日で終えていたのだ。時間が掛ったのは、王の命令を聞いてからのシグレ自身の反抗心のせいだった。シグレは人が道具ではないことをよく知っている。だからこれから殺戮の道具として使われるルゥクのことを考え、今回の作戦を決行した。つまり、捕らえはするけど、王の好きにはさせない、ということだ。

 「はぁ、王の側近っていうのも楽じゃないな。暇だし、ルゥクに会いに行くか」

 一人呟いて部屋を出る。向かう先は、隣室だ。扉を叩くと「はい」と緊張した声で返事があった。

 開けると、扉の目の前で狼が威嚇していた。だがそれも長くは続かず、シグレを見た瞬間勢いを失くす。しゅんと耳を垂らす狼はあまりに可愛くて、思わず笑ってしまった。

 「初めて会った時から思っていたんだが、お前の狼姿は美しいな」

 「……初めて言われたよ、そんなこと」

 狼は人間に戻りながら照れたように答えた。

 「……やっぱりお前、おかしいよ。囚人の部屋に入るのに、普通ノックもそんな言葉も使わないだろ」

 「そうか?ま、そうかもな」

 適当に答えてはいるが、自分でもそう思う。もしシグレ以外の人間が同じことをするならば、絶対に牢屋に入れるし、まず人として扱わないだろう。

 「何しに来た」

 相変わらずルゥクは不愛想だが少しは心を開いてくれたようで、昨日ほど詮索する目をしていなかった。だからシグレも敵意がないことを現すために扉の鍵を閉めずに中央のベッドに座る。

 「お話しに来たんだ。いや、そんな怪訝な顔を向けないで。こっち来てくれよ」

 必死に誘った結果、少し離れたイスに座ってくれた。相変わらず、目は冷たい。

 「そういえばお前、年いくつなんだ?人狼でも人間と同じなのか?」

 「同じだ。俺は十八、ラオは十だ」

 「へえ、俺と同じくらいかと思ったら随分と年下だったんだな。ちなみに俺は二十六だ」

 「聞いてない」

 冷たい。内心、シグレは困っていた。出会いが出会いなだけになかなか信用してもらえない。だが、囚人だと意識をしながら仲良くなる方法をシグレは知らなかった。とりあえず話をつなぐ。

 「そういえば、お前とラオって本当の兄弟なのか?」

 「お前、自分で『お前の言う』弟だと言っていただろう?」

 「あれ?そうだったか?わ、忘れたなあ」

 マズイ。そういえばそんなことを言った記憶がある。人狼は人間より記憶能力がいいんだな、と思いながら何とか誤魔化した。

 うん、自分でも苦しい誤魔化し方だと思う。だがルゥクはそんなシグレに正直に答えてくれた。

 「そうだよ。俺とラオは本当の兄弟じゃない。そもそも人種が違う。俺は人狼、ラオは九尾の狐だ。もともと森に棲んでいた俺のところへ、俺と同じく人に追われてきたラオが迷い込んできたんだよ」

 一通りルゥクが話をしてくれたところで、扉がゆっくりと開かれた。

「しつれいしま~……わあっ!」

 銃声が部屋を占領する。入ってきたのはさっきのコックと護衛のために付いてきた衛兵だった。

 「やめろ!発砲するな!」

 シグレが叫ぶが銃声にかき消されてしまう。仕方がないので応戦しようとした、その時だった。

 「なんだ」「どうした」と銃声を聞きつけた衛兵たちがそこら中からなだれ込み、撃たれたルゥクを拘束した。ルゥクはシグレの予想に反して狼姿にもならず、死んだように大人しかった。

 「てめえら」

 無抵抗なのにも関わらず自由を奪われていくルゥクをみて我慢ができず、護身用に持っていた銃を構えて衛兵たちを牽制する。衛兵たちは銃を構えたシグレを見るとすごすごと下がって行った。衛兵の一人が問う。

 「し、シグレ様。なぜ人狼などと仲良くなっているのです……?」

 「聞き取り調査をしていただけだ。邪魔するな、今すぐに出ていけ」

 「し、失礼しました」

 「コック。頼んだものは置いていけ」

 「は、はい。失礼しました」

 衛兵たちが持ち場に戻るのを見届けて、シグレは扉の鍵を閉めた。そうしてルゥクのもとに駆け付ける。

 「おい、ルゥク。生きてるか?大丈夫か?」

 口、手、足の枷を外しながら問診する。ルゥクは息はかろうじてあったが、以前シグレに刺された左腕の肩を撃たれていた。シグレは医務室に走り、王宮医師を連れて来て手当をさせた。王宮医師は初めこそびくびくしていたが、傷が深いと知ると医療に集中し始めた。

 「もう大丈夫です。銃弾も取り除きましたし、以前の傷も開いていませんでした。普通はこの傷じゃ済まないんですけどね。さすが狼と言ったところでしょうか?常人ならハチの巣ですよ」

 なんて笑いながら部屋を出て行ったくらいだ。ルゥクも大人しく治療を受けていた。ただ、表情はあからさまに暗くなってしまった。

 シグレはハクロウプラタとカモミールティーを持ち、ルゥクの机に「飲むといい」と言って一杯分のカモミールティーを置いた。

 「……これからお前の弟の元へ行くが、伝えたいことはあるか?」

 振り返って問うも、答えは返ってこない。仕方なく扉の鍵を閉めて出ていくシグレだった。

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