第1話 優しい監視人

 「シグレ様だ、久しぶりにお目にかかれた」

 「シグレ様が連れておられる方は誰だ?」

 「手を怪我しているな。初めて見る顔だ」

 町の人々が噂する。この雰囲気から分かるように、シグレが町の人々の前に姿を現すのは珍しく、町の人々にとってはシグレを一目見ることができるということは光栄なことだった。

 

 大通りを歩き、行き止まりに辿り着く。そこにはとんでもなく大きな建物が建っていた。王宮だ。シグレは衛兵の立つその重厚な門を慣れた様子で通り抜け、謁見の間に入った。ルゥクを起こさないよう、小声で謁見の間を守る衛兵に話しかける。

 「国王はいるか?」

 「シグレ様、おかえりなさいませ。ただいまお呼びいたします」

 衛兵はほかの衛兵に仕事を任せ、王を呼びに行った。その間に謁見の間にある上客用のソファにルゥクを寝かせる。ルゥクは怪我をしたことで熱を出したらしく、荒い息をしていた。

 「おかえり、シグレ」

 シグレは跪き、答える。

 「ただいま帰りました、国王陛下。ご命令通り、西の森の獣人、ルゥクを連れ帰りました」

 「よくやった。そいつは牢屋に閉じ込めておけ。人狼は貴重だ。しかもそんなに美しい人狼はな」

 シグレは心の中で国王を見下す。国王にとってシグレもルゥクも同じ境遇だ。どんな命令でも聞き、国王を守る道具でしかない。国やそこに住む人々のことなど、まったく考えていない。少し考えた結果、国王に一つの提案をした。

 「ルゥクは私に任せていただけないでしょうか?希少な獣人にストレスを与えては何をしでかすか予想もつきません。牢を破ったり、見張りの兵を殺したりするのはもちろん、自殺もしかねませんので、監視役が必要だと存じます」

 「ふぅむ……。それもそうだな。ではシグレ、お前に任せよう。絶対に逃がすでないぞ」

 楽勝だな。シグレは心の中でガッツポーズをする。

 「では、国王陛下。私はこれで失礼いたします」

 丁寧にお辞儀をしてから立ち上がり、ルゥクを抱えて二階へ上がる。ルゥクを自分の部屋の隣、本来は上客が泊まる部屋のベッドに寝かせ、窓が開いていないかを厳重に確認して部屋を出て扉をしめた。

 自分の部屋に戻り、ベッドに寝転んで天井に愚痴をこぼす。

 「お前なんぞにルゥクを渡してたまるか。お前に預けて無傷で帰ってきた者など一人もいない。今度こそ、お前からルゥクを守る。お前の遊びという名の拷問なんてさせない。いくら国王陛下といえどもな」

 シグレはその日、そのまま眠ってしてしまった。


  ***


 目を開けたら目が眩んだ。天蓋付きのベッドに寝かされ、壁際にピカピカして高価そうな家具がたくさん置いてある。記憶をたどるが、こんなところに来た覚えはない。窓を見るが嵌めるタイプのガラス窓で出られそうになかった。ルゥクは足元を確かめるように慎重に歩きながら扉を目指す。手を掛けて開けようとするが、鍵がかかっているようで開かない。

 「クソ、開かねえ。うわっ!」

 突然扉が開いて、ルゥクは前に倒れた。すかさず誰かが支えてくれる。

 「悪い、大丈夫か?」

 聞き覚えのある声、シグレだ。ルゥクは思い出した。眠る前のこと、ラオのこと、そしてシグレとの約束のこと。そして最後の戦闘を思い出してシグレを本能的に突き飛ばした。手に痛みが走り、蹲る。シグレが少し躊躇いながらルゥクを支える。

 「まだ傷が治っていないんだ。短刀とはいえ、刃物には違いない。なるべく浅く刺したつもりだったんだけどな。無理をするな」

 ルゥクを労わるその声には、眠る前の悪意や殺気を感じられなかった。むしろ優しく、包帯を取りかえるその手も医師が患者を診るように、ルゥクの顔色を伺いながら治療を

していた。

 「……別人みたいだな」

 「はは、そうか?俺にとってはお前もたいがいだよ」

 「どういうことだ」

 「俺はお前に会う前、森には人殺しをする獣人がいると聞いた。実際、偵察に行ったきり帰らない者もいたからな。だがお前が俺からラオを守る美しい狼の姿を見て、正直驚いたよ。心なんてないと思っていたのに、命がけでラオを守り、その上俺にラオを守ってくれと頼んでくる。優しい奴なんだなと思ったよ」

 「……」

 自分は人からそんな風に思われていたのか、と思いながらこれからのことを考える。だがそれには情報が足りなさ過ぎた。ダメもとでシグレに聞いてみる。

 「お前は何者だ?ここはどこなんだ?」

 シグレは笑って答えた。

 「今更その質問か。普通は最初にその質問をするんじゃないのか?まあいいや。質問に答えよう。俺はシグレ・キャットシーカー。国王の側近だ。そしてここは王宮の最上階だよ」

 「王宮?」

 意外にも躊躇なく教えてくれた。包帯を巻きながらシグレは答える。

 「そう、王宮。言っただろ?『政府に縛られろ』と。お前はユリエス国王陛下に拘束されたんだ」

 捕まるというと、牢屋が思い浮かぶ。だが今ルゥクが捕まっているのは豪華な部屋だ。これは拘束と言えるのだろうか?

 そんなルゥクの引っかかりを見透かしたようにシグレが補足する。

 「ここにお前を連れて来たのは俺だよ。国王はお前を牢屋に閉じ込めようとしたが、俺は反対でな。俺はお前の優しさを知った。そのうえで無理やりラオからお前を引き離して連れて来てしまったんだ。俺にはお前を世話する責務がある。ほら、終わったぞ」

 手当を終えてルゥクにベッドに座るよう促した。ルゥクはシグレに敵対心がないと判断しておとなしく従った。

 「軟禁ってことか?」

 「そうだな。お願いだから、ここから逃げないでくれよ?俺がまたお前を傷つけなきゃいけなくなるから」

 シグレは顔を歪めて言った。そこに嘘などなくて、側近としてではなくただのシグレとしての願いが込められていた。そんな真面目な表情をされたらルゥクは頷くしかなかった。

 「俺は仕事に戻るよ。じゃあな」

 そう言ってシグレは去って行った。ルゥクは豪華なベッドに寝転がり、「暇だな」なんてのんきなことを考えながらもう一度眠った。

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