第40話 次なる時代へ、息吹を①
「本当にボクは終わっている」
ライルはふぅと息を吐き、コックピットに深く座り込んだ。
正面には見つめているだけで吸い込まれていきそうな暗闇が、あたりをおおう球状のモニターに映し出されている。
脇には稼働状況を表示するサブモニターがあり、黒地の画面には赤い警告文が何行もつらなっていた。
「それで、ここまでもってくれるんだから、流石は大戦時の遺物だ。量産機と違って真面目に造られている」
ライルは改めて
高周波ブレードの切っ先が向けられた先に、漆黒にカラーリングされた人型の機影が見えた。それはとてつもない速さでこちらに近づいてきている。その機体の両足には円盤状の魔法陣が
「どうしてこうなってしまったんだろうな」
ライルはそれを見て悲観的につぶやいた。しかし、もう引くことはできない。神経を深く集中させて、戦いの中へと心身を沈めていく。ライルの腹はもう決まっていた。
ライルは足元にある
GENの背中からはとめどなく光りがあふれて羽のようになっていて、その出で立ちはまさしく天使のようであった。
対して、迫りくるZENの背中からは黒いモヤが吹き出ていて、その風体はさながら悪魔のように見えた。
漆黒の闇に描かれる二筋の光は、対向し、急接近し、ぶつかり合ってより大きな光を放つ。
『……どういうことだ』
先に問い掛けてきたのはフィリップの方だった。口調からして余裕はなく、明らかに焦っている様だった。
『ここはどこだ……今はいつだ……一体何が起こったんだッ!』
『何をそんなに驚いているんだ。お前の望み通りになっただけだ』
『俺はこんな事を望んではいない!』
フィリップはダダをこねる子供のような言葉を投げ捨てる。通らない自分の想いが生の音で出力される。息は荒く、随分と興奮しているようだった。
だから、ライルはそれをたしなめるように事実を述べる。お前の望む世界はもうここにはないことを、彼に伝える。
『贅沢を言うな。事実、時は巻き戻ったんだ……数十分ほど前の……別の世界線の過去にな』
時を戻す魔法。それはライルが持つ魔法で、ライルが死ぬことで確かに発動した。しかし、その発動した魔法の効果が本来よりも少なすぎる。ただ、フィリップもその事実とその原因も、何となくは理解していた。
『……アリスの力だと言うのか!』
『そうだ。それでボクが戻す時間を調整した。遙か過去へ戻るまでに要する魔法をアリスの力で打ち消した。そして、戻った過去がたまたま今だった。それだけのことだ!』
GENはZENを蹴飛ばして距離を離す。そして切っ先をZENへと向ける。ZENは茫然とGENを眺めていた。GENの瞳の片方は蒼く、もう片方は紅く染まっている。明らかに、GENはアリスの魔法が起動できる状態にいた。
『あの時に迷いなくお前がボクを殺してくれなかったらまずかった。そうでもしてくれなければ、ボクは今何が起きたか分からず、目的も見失ったままこの
『そのためにZENと接続した。セリアの魔法の恩恵を受けるために……』
『あぁ、そうだ』
そして暫く沈黙があった。ただ、耳をすませば闇の奥から微かな音が聞こえてくる。それは邪悪な意思に満ちたもので、こらえきれなくなった笑いがフィリップの口から漏れ出たものであった。
『フフフ…………ハハハハハハハハハハハハハハッ!! 面白い。確かに面白いが、お前の理論は不完全だ。次にまた時が戻れば、今度はお前の記憶がなくなっているはずだ。何も知らない、生まれたての赤子も同然。なら次の世界では俺の思い通りに世界を動かせるはずだ。それで終わりだ、これきりなんだ』
ZENは
『無駄な抵抗だと!』
『残念だったなぁ。結局は同じことなのさ。しかし、ここまではよくやったよ。次の世界では同じヘマをしない様に注意しないとな。それじゃあ……』
『ずいぶんと好き勝手に言ってくれるけどよ』
不意に、落ち着き払った声がフィリップの言葉に被さる。
差し込まれたその言葉は、致命傷を与えかねない意味を孕んでいた。それは冷たい刃の様で、気が付けば肌にめり込んで、心臓の手前まで到達しているとさえ思わせる。
『…………今更、何だって言うんだ』
フィリップは気が付けばライルへ問い掛けていた。とどめの一撃を刺すまでの、ほんのわずかな時間さえ、ライルの問いの為に割く価値があると判断していた。気味の悪いこの感覚だけは払しょくしなければならないと思っていた。
しかし、それは叶わない事になる。何故ならライルがこんな事を口にするのだから。
『もう、終わりなんだ』
首すじに氷を押し付けられたような感覚がフィリップを襲う。端的で、凶悪なその言葉の意味が分かりかねて、気が付けばフィリップは声を荒げていた。
『どういう意味かって、俺は聞いているんだ!!』
しかし、ライルの声は依然と落ち着いていて、仕舞にはこんな事を口にする。
『ボクを殺せばわかるさ』
『抜かせ!!』
もう、フィリップの怒りは頂点に到達していた。どうにでもなれと言う気持ちと、舐め腐ったライルの態度に対する憤りが、フィリップに引き金を引かせたのであった。
その後に、
『ハアッ……ハアッ……これで、世界は……巻き戻る……!』
GENの被弾した部分から赤い爆風が次々と巻き起こる。その姿をフィリップは恍惚として眺めていた。自分の成し遂げたことに疑いもせず、ただ滅びゆく世界をその瞳に焼き付けていた。
そして、GENから一段と強烈な爆発音がしてから閃光が放たれて、世界は真っ白に染め上げられる。
フィリップは光に包まれ、意識が次第に混濁して、ふと気が付けば目の前にはまた漆黒の闇が広がっていた。見ればZENは
『……さて』
ZENは脚部に魔法陣を展開させて推進バーニアを一気に吹かす。周囲に圧が拡散して、コックピッド内にも轟音が伝わってから、ZENはその場から一気に加速して宙を駆ける。
『どこだ……ヤツは何処に居る……!』
びりびりとコックピッド内は振動し、強烈な音が響き渡っているがフィリップには関係がなかった。今はライルを殺すことが先決で、それしか頭になかった。フィリップは宙域に存在する無数の
そして、ついにZENは純白の機体を捉えた。正面には高周波ブレードを構えながら突撃してくるGENの姿がある。ようやくだと、それを見たフィリップは歓喜にも近い声で叫ぶ。
『お前から来てくれるとは、本当にありがたいってもんだ!!』
ZENは
『今度こそ世界をリセットしてもらおうか、アズマ・ライル!』
今度は躊躇いも悩みもなかった。フィリップは引き金に指をかけて、緑の光線をGENへ向けて射出した。GENはそれになす術もなく被弾し、着弾点から次々と爆風が上がる。
それで終わりだ。これで世界がリセットされる。後は淡々と同じことを繰り返すだけだと、フィリップはそう思っていたのだが、
『嫌だね』
不意に、ライルの妙な台詞が聞こえたのであった。
『…………?』
フィリップは訝しげな表情をする。何故、そんなことを口にするのだろうか。死にゆく前に、どうして全て察しがついたようなことを口にできるのだろうか。分からない。分からないがゆえに恐ろしい。
ただ、その時にフィリップはあるものを見て、気が付いてしまったのだ。爆散していくGEN。しかし重要な事はそこではない。問題はGENの瞳にある。そう、GENの瞳の片方は蒼く、もう片方は紅く染まっている。GENはアリスの魔法を宿していることを、はっきりと示していたのだ。
『え?』
フィリップがそう言葉を漏らした時にはもう遅かった。世界はまた白く染まり、意識は混濁し、目を開けば、またZENのコックピットの中に戻されていた。
『どう……してだ……?』
見渡せばまた真っ暗な世界が周囲に広がっていた。また、宇宙空間の中にフィリップはいる。
『何かがおかしい……こんなことはあり得ない……!』
フィリップは怒りのあまり、ZENの
『どうして……どうして世界がリセットされないんだッ!!』
『未来が確定しているからだ』
その言葉でフィリップはハッとした。ふと、やけに落ち着いた声がしたからだ。
フィリップは声が聞こえた方へ振り向くと、そこにはまた、忌々しいほど美しい、純白の機体の姿があった。そしてGENの瞳は相も変わらず、蒼と紅に分かれて輝きを放っていた。
『どうしてだ……お前は何を言っているんだ……!』
焦るフィリップに対してライルは淡々と言葉を告げる。
『未来のボクの記憶が数十分前のボクに対して記憶を残した。それは無限大に存在する過去に対して確定させた行為だった。つまりその数十分前に存在するどのボクも全てが、未来のボクを知っている。この世界を終わらせる答えを、知っているんだ』
つまり、これから戻る時間軸にいる全てのライルがこの事実を知っていて、ライルはそのタイミングを目がけて時間を戻すことで、完全なループ状態を作り出したのだ。
『そんな……ことは……』
フィリップの声にはかつてあった自信や力強さなど失われていた。絞り出たその震え声は、フィリップが感じている恐怖と絶望を端的に表していた。
『もう……終わりにしよう、フィリップ』
『ダメだろ……』
ポツリとフィリップは呟く。動悸は早まっていく一方で、全身から吹き出す汗も止まらない。ぎゅうと、服の胸の辺りを掴んで、やり場のないこの感情を発散させようとも、どうにもならない。
頭の中で思考が渦巻いて、しかし考えがまとまらなくて、そしてその果てにたどり着いた答えは、流れのままに怒りをぶちまけることだった。
『ダメに決まっているだろうよ、そんなことはッ!!』
堪らず、フィリップは操縦桿を握り締め、アクセルを全開で踏む。たちまち、ZENはGENへ襲い掛かり、その身体を
そしてまた、世界は白く染め上げられ、目が覚めればまた数分前と同じ景色が周囲には広がっていた。ZENのコックピッド内に座っていて、目の前には虚無とも言える漆黒の闇が、また姿を現した。
―—そうして、悪夢が始まったのであった。
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