第38話 GENであり、ZEN。⑤

 ――バカみたいだよな。


 GENは折れた高周波ブレードを手にZENへと突き進む。ボロボロの身体で、みすぼらしい姿で戦いに挑む。


 何でこんなに必死になっているんだろう。


 こんな思いまでしてどうしてあんなクソ野郎と戦っているんだろう。


 でも、いいさ。やりたいことがあったんだから。見つかったんだから。


『無駄な抵抗は止めたらどうだ……?』


 フィリップはそんなことを口にした。無駄なことは分かっている。けれどそれでもやるべきことがあれば、前に進みたくなるものだ。


『……何だっていいさ』


 ずきずきと痛む頭。とめどなく流れる汗。確実に死へ向かっているのだけれども、今までになく生きている気がした。


 ライルはアクセルを踏む。そうすると期待が加速すると同時に、痛みが一気に増して意識が持っていかれそうになる。


 今までアリスがこの痛みに耐えながら戦っていたと考えると、本当に今まで一緒に戦ってくれたことを感謝してもし切れない。


『さっきよりも動きが雑になっているぞ』


 ZENは可変概念槍ヴァリアブルランスを横に振りかぶると、薙ぎ払うようにして向かってきたGENを迎撃した。GENはその場で持ちこたえたものの、それはGENの左肩に勢いよくめり込んで、嫌な音を立てながらひしゃげてしまった。


『うわああああああああああッ……!』


 ライルの全身に激痛が走る。GENの肩の装甲は一部剥がれ、隙間から火花が散っている。その度に、焼けるような痛みがライルの肩に幾度も伝わる。


『痛いだろう。苦しいだろう。だから今楽にしてやるよ』


『痛いさ、苦しいさ……だからどうしたっ……!』


 GENはそのまま可変概念槍ヴァリアブルランスを軋む左腕で何とか握り締める。


『……メイスだって腕一本くらいくれたものだ!!』


 それは阿修羅が高周波ブレードを受け止めた時のことだ。何かを犠牲にしてでも、ボロボロになっても、相手に勝つための行為を積み上げる。それはメイスが教えてくれたことだった。


 GENは可変概念槍ヴァリアブルランスを全開の力で握り締める。すると、可変概念槍ヴァリアブルランスは悲鳴を上げる様に、みしみしと音を立てる。


『つまらない真似を』


 フィリップは可変概念槍ヴァリアブルランスを思い切り、天へ掲げる様に持ち上げる。するとGENもそのまま機体が持ち上げられ、次の瞬間には地面にたたきつけられた。


 その拍子、GENの左肩がついに限界を迎えた。つなぎとなっているユニットが鈍い音を立てて破断した。


 ずるりと、臓物がこぼれたかのように、いくつもの配線が肩からはみ出した。


 GENの左腕はぷらりとぶら下がっているだけで、何の機能も果たさなくなった。


 一方、ライルの左腕は強烈な痛みとともに感覚が吹っ飛んだ。動かそうと思えば動くが、痛みをいくら堪えても、震えがおさまらない。


 尋常じゃない汗が身体から流れ出して、声にならない声が喉から漏れ続けて、頭がどうにかなりそうだった。


「ひーっ……ひーっ……がぁっ!!」


 でも、立たなければ殺される。


 ライルは全神経から伝わる危険信号を無理矢理無視して、GENを叩き起こした。


『くらえっ……!!』


 そしてGENは起き上がりざまに回し蹴りをする。しかしそれもZENの片手で掴まれて阻まれる。ただ、ライルの狙いは別にあった。


『これは、シイナが教えてくれたッ!!』


 その掴まれた脚にぶら下がる制御バーニア。こいつにライルは全開の出力で火を入れた。最後の最期でライルを苦しめた、シイナの発想をフィリップへぶつけてみせる。


『全力……全開で……!』


 だが、そんなことどうしたと言うように、ZENは可変概念槍ヴァリアブルランスを手放し、その手で制御バーニアを握り締める。


『その程度で鬼の首を取った気になる!』


 そして、ZENはそれを思い切り引きちぎった。GENと接続していた箇所はバチバチと電弧アークが散っている。制御バーニアの筒は放り投げられ、虚空で弾けて四散した。


『もういいだろう、分かっただろう、お前が俺に敵うことなんて万に一つもないって事が!』


『敵わなくたって……!』


『うるさいんだよ! 敵わないなら黙って死ね……この弱者が!』


 ZENは拳を握り締めると、それを天にかかげ、思い切り振りかぶる。ライルはそれを目にして息を飲む。次に起こりうる光景を想像して目を閉じた。


 そして、その拳は無慈悲にもGENの膝へ直撃し、GENの脚部は関節とは逆の方向へ折れて曲がった。あり得ない方向を向くそれは、視覚的にも痛みを伴うものだった。


 泣きたくなるほどの痛みがライルを襲う。そのままGENは地面に倒れ込み、うずくまってしまう。このまま溺れる程泣いて、死んでしまいたい。この痛みに埋もれて亡くなりたい。


 でも……それでもまだやらなくちゃいけない事がある。


 何でこんなことをしているんだろう。


 何でこんな惨めな真似をしているのだろう。


 だけれども、こんな事をしてまで、しなければならない事があったんだ。


 そしてこれがボクの選んだ道だから。


『……この瞬間を待っていた』


『何……?』


 ひどくイラついた声が、地面を這いつくばるGENへ吐き捨てられた。それは当然だろう。これだけ満身創痍になった機体で、まだそんなことを口にするのだから。冗談かと思ってしまう。


 けれども――それは、はったりでも、ただの独り言でもなかった。ライルが描いた確かな脚本シナリオに沿ったものだったのだ。


『フィリップ。お前にはまだまだ言いたいことがある……話したいことがある……だからもう少しだけボクとの戦いに付き合ってもらうぞッ!』


 GENのその手のひらに何かきらりと光るものが見える。それは必死になって掴んだ希望へ続く糸。武器と接続インターフェースするためのケーブルが握られていたのだ。見れば可変概念槍ヴァリアブルランスから伸びていたケーブルは外されている。


『なっ……!』


 GENはそれを自身の腕にあるプラグに接続し、ライルは雄たけびに近い声で、こう声にした。


『……起きろッ……アリス!!』


『……え?』


 フィリップは思わず声を漏らした。


 想定もしていなかった事が起きたのだから。


 最も起きて欲しくない事態が発生したのだから。


 そして、気が付いたころにはもう、遅かった。


 ZENへ向けられたGENの片目は蒼く、もう片方は紅く輝いていた。戦う事を、生きる事を訴えかける様に、慟哭する様に、強く光りを放っていた。この身体にはライルとアリスの命が確かに流れていることをあらわしていた。


『何が……起きているんだ』


 フィリップは何が起きていることを理解することに時間がかかり、自分が間違ったことをしたことに気が付くにも時間がかかった。


 GENは片膝をつきながら、震える足でゆっくりと身を起こす。


『初めてそんな声を出したな……だってそうだよな。アリスがいればボクが死んでも魔法が発動しないから……!』


 フィリップが望むことはライルの魔法が発動することだった。そして、ライルがその正体を理解したのは、フィリップが未来を見ていた訳では無く、別のものを見ていたことに気が付いたからだった。


 そして、その答えを、ライルは口にする。


『時が巻き戻らないからッ……!』


『……ッ!!』


 明らかにフィリップは勘づかれて焦っている様だった。


 時を巻き戻す魔法。


 そう、ライルは死ぬ度に時を巻き戻していた。どこまで巻き戻していたのかは分からない。ただ分かることは、この終わった世界を、嫌な話を繰り返し続けていたということだ。


 そして、セリアはこの世界にとって重要な存在にあたる。


『そうさ……セリアの魔法の影響下にあったものは、時間が戻っても魔法の影響を受けない。だから、お前は『今までの記憶が保持されていた』。この後に起こりうるおおかたの未来は見えていた……本当に下らない脚本シナリオだよ』


 セリアは何百回目、何千回、はては何万回もこの世界を繰り返したのだろうか。分からない。けれども、フィリップとどれだけこんな世界を見続けたのだろう。


「それで、アリスはこの終わりのない世界を止めるカギだったんだ……」


 ライルは小さく、噛み締める様に呟いた。ライルの魔法を無効化する魔法。その為の存在。本当に嫌な話だ。


 一人は終わらない世界を始める為の存在。


 もう一人は終わらない世界を終わらせる為の存在。


 それが彼女たちの存在意義で、ボクのための存在意義で、自分もまたその為に生きている。それをライルはようやく理解した。


『それを今知ったところで何になるって言う!』


『動揺しているな!』


 GENはよろりとして、その場でZENの方へ倒れ込む。そして、高周波ブレードを、ZENの腕の肩に突き立てた。高周波ブレードは唸り声を上げて、ZENの肩を食い散らかす。


『これで片方の腕は死んだ!』


『……だからどうした……今日で世界はまたリセットされる予定なんだ。この日が一番楽しい日だと俺は思っている。……そしてっ! お前と言う悪党を始末し、この世界はリセットされる! 俺の父さんが描いた、息子のための、最低で最高の脚本シナリオだと思わないか!?』


 やっぱりそうだったんだな。


『これは、お前の父親がしたことだったんだな』


『そうだ……俺をこんな目に合わせたんだ……! 自分の事しか考えないアイツは、俺をこの家畜場に突然放り込んだんだッ!』


 それでも分かって欲しい事があったんじゃないのか。なんて口にすることは余計だと思った。だからライルは別の事を口にした。


『ボクはどの世界でも……こんな役回りだったんだな……』


『そうさ……お前はいつまでたっても変わらない……クズさッ!』


『なら変わるさ』


『……なに?』


『ボクたちはもう、生き過ぎた。死に過ぎた。そして、殺し過ぎた』


 生半可な覚悟ではこの世界はまた過ちを繰り返す。ボクがやらないことをしなければならない。


『ダメだと思ったら、変わらなくちゃ。同じことが繰り返されるこの世界に閉じこもっていちゃいけないんだ』


 ボクも昔のままが良かった。けれど、そんなことを言っていては何も変わらない。


『……分かるよ。お前だって苦しかったんだろ?』


 毎日がクソで、生き辛くって、明日になんかならなくたっていいやって思っているんだろう。


『だから家畜なんかに……俺の気持ちが……!』


『家畜だったらお前と分かり合っちゃいけないのかよ!!』


 どうして、フィリップの言葉を遮ってまで、そんなことを口にしたのか良く分からなかった。こんな糞ヤロウの為にこんな言葉を吐けたのか分からなかった。今更何を言っているんだって、笑われても仕方の無い事だった。けれど、だけれども、それでもよかった。


 言い訳をさせてくれ。


 フィリップは嫌いだ。口も利きたくもない。でもボクと本質は同じな気がした。いつまでも子供っぽくて、いつまでも自分で自分を変えられず、いつまでも変わることに臆病でいる。同じ世界に閉じこもって鬱々としている。


 そう考えるといくら憎んでいても、気持ちが分かってしまうと、フィリップにボクの背景が映り込んでしまった。これ以上、フィリップがボクと同じ思いを繰り返す事を考えただけで、胸が痛くなってしまったから。


『一緒に変わろうって言っているのが分からないのかよ……!』


 だから、堪らずこんなことを叫んでいた。ボクはボク自身を変えたくて、そして同じ立場のフィリップをどうしても置き去りにできなかった。


『所詮は家畜だろうに……与えられた餌をむさぼるだけの存在だろうに……!』


 強がってこそいたが、フィリップの言葉はなんだか苦しんでいるように聞こえた。だってそうだろう、ボクと同じ性格なら、彼だってずっと待っていたはずだ。自分のことを助けてくれる、誰かを。


『分かりたくないのなら……殺せるものなら殺してみろ……ボクとアリスを!』


『言われなくても……殺してやるよ!!』


 するとZENはGENが握っていた高周波ブレードを取り上げて、そしてしっかりと握りしめる。


 ここからはフィリップも想像のつかない世界になる。もしかすれば今まで生きてきた全てが無駄になるかもしれない。ためらいも、恐れもあった。だから少しだけGENにとどめを刺すことをためらってしまった。


『そんなに今までの世界が変わることが怖いのか』


 そのライルの言葉でフィリップの頭には熱くなった血液が一気に押し寄せた。フィリップは手の震えを抑え込み、叫びと共に操縦桿を固く握る。


『アリスの魔法はほとんど枯渇しているはずだ……こんなこけおどしに、誰が乗るかよ!!』


 そしてフィリップは高周波ブレードを、感情のままにそれをGENの腹部へと突き刺したのであった。


 あとはただ緩やかな痛みと、確実な死がライルを襲って、世界はそこで区切りをつけた。

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