第37話 GENであり、ZEN。④
「……どうして」
フィリップは何故間違えたことを口にしたのだろうか。何を勘違いしているのだろうか。そして、何故そんなことを気にしていたのだろうか。
漠然とした違和感が、つかみどころのないヒントが、とてつもなくもどかしい。
「フィリップは何がしたかった……? ボクを殺すために何をした……?」
そう言えば、前から気になる事があった。
フィリップはライルを殺さずあえてGENに乗せ、GENが動けなくなるまで待っていた。何故そんな面倒なことをするのか、その僅かな疑問は、回答欄を空のままにしていた。
しかし、今手にしたヒントが、その回答欄に解を埋められることに気が付いて、頭に電流が走る。
「……アリスの魔法力がなくなるまで待っていた?」
それなら何となく合点がいく。だとしたら、アリスの魔法、魔法を無効化させる魔法を使用できなくする理由は一体何か。何か重大な魔法があって、それを無効化されることがまずかったと言う事だ。
思考が、深く、深くへ沈んでいく。考えれば考えるほど頭の中があつくなって、額から汗がにじんで、胸の動悸が早まっていく。
『さぁ、もうこれで終いにしよう』
これで終わりなんだと、フィリップは言った。逆を言えば今であれば終わらせられると、フィリップは言ったのだ。しかし、その理由が分からない。
だとしたらどうなんだ。だとすればどうしてなんだ。
「……待ってくれよ……あと少しで分かりそうなんだ!」
この世界の答えが、からくりが、徐々に解けていく。
何か、大きなきっかけをつかめた気がして、強大な波が訪れそうで、ライルは懸命に答えを探す。
息を止める。思考の海にさらに深く沈む。この世界の真実を知るために。この世界に勝つために。
目の前にそびえ立つ強大な敵を、倒すために。
『さぁ、お前を殺そうか』
何かのために殺される。
フィリップのために殺される。
魔法のような何かの大いなる力のために、
「……ボクは殺される」
―—けれど、だとしたら。
アリスに無効化されてはならなかった魔法。それは、フィリップにはなくて、セリアの魔法は無効化できなくて、だとしたら、答えはたった一つしかなくて―—
「ボクの……魔法のために……?」
脈が、ドクンと強く打つ。
この世界の真実が自分の中に宿っていたのだ。
確証はないけれど、結論は分からないけれど、重大な秘密が自分には隠されている。そうとしか考えられない。
「それはボクが死んだときに発動する魔法だと言う事……そしてその魔法はフィリップにとって有利になるものだと言う事……そしてその有利と言うのは……未来を知ること」
しかし、フィリップは未来を見間違えた。つまりは精度が高いという訳では無いことになる。更に妙なことはライルの魔法は発動していない事にあり、発動した時点でフィリップにメリットを与えるというものだと言う事だ。
「何なんだよ……意味分かんねぇよ……! 一体、ボクは何者なんだよッ……!」
もがいて、もがいて、もがいて、ようやく手にしたその答えは、つかみどころのない雲のようで、かすみのようで、けれどもわずかに射しこむ淡い陽の光のようで、ただ希望の光にしてはかすか過ぎた。
かすかなものだった。
光が射す隙間はわずかだった。
けれどもその間は、
『終わりだ』
少しずつ音を立てて、少しずつ崩れて、広がり始めていた。
フィリップが口にした言葉に重ねる様に、呼応するように、ライルは思わずそれを口にした。
「……この世界は終わっている」
口を突いて出たその言葉。常日頃から考えていたその言葉。全てには始まりがあり、終わりがある。
その言葉をライルは思い出す。そして、同時にあることを思い出す。
どうしてセリアに自分の魔法を説明させたくなかったのか、どうしてセリアがアリスにライルへ魔法を使わせようとしたのか、今までは分からなかった。
ただ今になって、今まで点で存在した事実がようやく線で繋がった。
「ふたつで……ひとつだったのか……!」
ライルは今にも切れてしまいそうなその希望に繋がる糸を手繰り寄せていく。
ぐんぐんと思考が加速していく。僅かだった光がもう全身を覆うほどに広がっている。
すべての答えが頭の中で繋がった。そして、するべきことを理解した。
分かってしまえば本当に下らない事だと思った。
『遺言くらいは聞いてやろうか』
遺言なんて要らないと思っていた。
もう、終わらせよう。終わらせてしまおう。
「だからこうするしかないんだね」
ライルはアリスを座席に戻す。自分の座席に戻る。
ライルの手には、GENへエネルギーを供給するケーブルが握られていた。震える手で、なくさないように、手放してしまわないしっかりと。
「これでボクもおかしくなってしまうかもしれない……けど……」
ライルはケーブルを自身のパイロットスーツのプラグに接続した。
やけに気持ちが穏やかなのは、やるべきことが分かったからだろうか。そして、すべてが分かってしまったからだろうか。今なら、落ち着いて生きていける気がした。
「いくよ、GEN」
ライルはスイッチを投入し、GENに自身の命を注ぎ込む。
空間に唸り声のような音が響き渡る。大地に微振動が走る。それはGENの全身に搭載されている
同時に、その場で叫び、のたうち回りたくなるほどの激痛がライルに走る。神経を無理矢理に引っ張られて引き剥がされるような、全ての筋肉がつるような痛みがする。
あぁ、これから、着実に死へ向かってゆくのか。このままでいたら本当に死んでしまうのだな。そう考えると胸が苦しい。辛いくて、怖くて、あとちょっと悲しいんだ。
もう、後戻りはできない。でもそれでもいいんだ。
ボクが選んだ未来は、間違いないと信じているから。
『まだだ……まだ終わらない……』
GENは片膝をつきながら、ゆっくりと立ち上がる。
それはさながら地獄から這い上がってきた死神のようだった。
背中には片翼しか出力されず、その端はところどころ歯抜けになってボロボロに映る。
蒼く輝くメインカメラは、お前を殺すと告げる様に睨めつけ、ZENを視界から離さない。
GEN《神》が再び目を覚ました。
『……そう来たか』
フィリップは呟く。冷静でいるのは、この結果も知っていたからだろうか。
けれども、そんなことは関係ない。ライルにはやる事があるのだから。このGENも、最後の役目を果たす必要があるのだから。
『まぁ、関係のないことさ。どちらにせよ、未来は変わらない』
なんてこともない無味乾燥としたどうでもいい言葉に、ライルは刃を入れる。
『聞きたかったことがあるんだ』
『……なんだ?』
『分かり切っていることをする事に何の意味がある。変わらない未来に何の意味がある』
『何?』
『生きることが楽しいか。何の面白みもない毎日を消化することは愉快か?』
『……お前に何が分かる?』
『分からないさ』
ライルは一拍置いてから、
『でも、分かりたくなった』
そう口にして、GENは切っ先の折れた高周波ブレードを真正面に構えた。刀の表面には標的の姿を映す。
フィリップにはそんな感情は理解できなかった。理解したくもないと思っていた。だからZENは
『家畜に分かられたくもないね』
『そうやって家畜だ何だって仕切りを設けるからお前はおかしくなったんだろうに』
『何が言いたい』
『生きていてつまらないだろうなって』
『ろくでもない、かわいそうな人生を送ってきたお前に言われたくないね』
『そうだな、お前からすればボクの人生は悲惨なものだったかもしれない。お前からいじめを受けて、毎日辛い思いをしていたかもしれない……けれどもお前の方がかわいそうだ』
『この俺が……かわいそうだって……?』
『そうさ。誰かを食い物としてしか扱えない奴は、その延長線上でしか生きられない。同じ運命の延長線上でしか生きられない。けれど、ボクには……』
頭の中でシイナ、メイス、セリア、アリスの顔が浮かぶ。
『いくつもの未来があった』
それを、自分の手で閉ざしてしまったことが、悔しくて堪らない。申し訳なくて仕方がない。何故ならそれで間違った道を進み続けてしまったんだから。
『話し合わなきゃわからない事だってある』
どうしたら良いかなんて自分だけで決めつけていいことではなかった。自分が思い込んだことを意固地になって続けることが正しくないと、今になって気が付いた。
けれどもそれはライルだけではなかった。一人ではできない事をみんなそれぞれ抱えて、自分だけで何とかしようとして、間違ったまま死んでいった。シイナ、メイス、セリア、アリス、彼女達もそうだ。
『お前は間違っている……ボクだってそうだ。答えも分からないままだ。けど、お前とボクが今話し合えば、分かり合えば、絶対に何か新しい答えが出てくるはずなんだ』
ずっと分からない事があった。
大人になるとは何かと。
今になれば何となくわかる気がした。
人は成長すれば考えが変わる。そうすれば考えが合わなくなるかもしれないし、自分にとって悪い影響を与えるかもしれない。今まで通りの関係でいられなくなってしまうかもしれない。大人になれば、子どものころと同じ関係を続けることは難しくなることは、当然なのかもしれない。
それでも、大人になっても互いに話し合えることが、大人になると言う事なのだろう。
恐くても、嫌な気持ちになっても、話し合えれば、終わった世界を、閉ざされていく世界を、変えられるかもしれない。まだ半分しか終わってないこの世界は、もっと良くすることができるかもしれない。
だから、
『もう……大人にならなきゃいけない時が来たんだ』
もうやる事は分かっている。
大人になる事は怖いことかもしれない。生きることは楽しくないかもしれない。
明日になることが怖くて、もっと辛くなると考えて嫌になる。そんなことを想う日だってある。でも、そんな気持ちを分かち合えれば、分かり合って助け合おうとすれば人はきっと前に進めるに違いないから。
『抜かせよ……家畜がッ!!』
『それでもボクは……お前が分かるまで戦い続けるッ!』
人は一人では生きられない。
誰かがいて、誰かと共に生きて、誰かと決別して、その繰り返し。別の生命体と触れ合って、運命が無限に分岐する。
だから生命とは集合体の中でのみ成立するものなのかもしれない。
それで愉快なのは、人は生命と言う同じくくりの中で生まれているはずなのに、相反する個体で溢れかえっていることだ。奇跡的な確率で、何億もの個体が奇跡的に違う個体として産声を上げていることだ。
だから運命は不確定で、でも無限大の可能性があって、それを収縮させることはほぼ不可能で愚かなのかもしれない。安心も安全もいらない。だって生命が冒険したがっているのだから。
だったら間違いなんてない。間違えることは間違いじゃない。でも、大きく間違えた時には他の生命があなたをきっと助けてくれる。
だから、一人にならないで。一人で運命に立ち向かわないで。
あなたの大切な人が、あなたの運命を変えてくれるから。
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