第35話 GENであり、ZEN。②

 GENは高周波ブレードを握りしめ、ZENへと突撃する。


 相手の武装は分からない。相手はライルの手の内どころか未来まで見えている。それでも先手を仕掛けざるを得なかった。何より時間がないからだ。アリスの命が潰えていくからだ。


 GENは純白の羽をひろげ、ZENへの距離をぐんぐんと詰めていく。近づけば近づくほどにライルの心音が高まってゆく。この初太刀しょたちで相手はどう出るか見極めなければならない。ライルの神経は極限まで研ぎ澄まされていた。


『無駄だ』


 ZENは手のひらを正面に向けると、緑色に光る菱形ひしがたの魔方陣を展開させた。GENの高周波ブレードは魔法陣にぶつかり、阻まれ、火花を散らす。


 GENは高周波ブレードの出力を上げ、魔法陣を破壊しようと試みた。魔法陣の盾と言えども限界はある。舞い散る火花は増し、魔法陣にも時おりノイズが乗る。


『このままっ……突っ切る……!』


 そう叫んだ時、ライルの全身を悪寒が走り抜ける。このままではいけないと、脳内で警報がけたたましく響く。見ればZENの背中にある黒いモヤがGENを包み込もうとしていた。それは既にGENの羽根まで魔の手が伸びかかっている。


『な、なんだ!』


『次にお前はソラを舞う』


 言われるがまま、得体の知れない武器を目前にして、GENは機首を上げてソラを舞った。一旦難を逃れてライルは安堵したが、眼下に広がる光景はまたライルの息を詰まらせた。ZENのもやに覆われた建物は虫食いにあったかのように、侵食されてなくなっていた。


『なんだよそれはっ……!』


 意味不明な武装。未来を観測できる力。魔法の影響を受けない魔法。


『インチキだ……そんなのは……!』


 ライルは毒づいた。


 それでなおZENは絶望を押し付ける様に新たな武装を披露する。


『なんだ……あれは……』


 ZENは身の丈ほどある槍を握り締めていた。上下に同型の長細い円錐を取り付けたそれは、遠目から見れば何の変哲もない。けれども、その単純シンプルさが、得体の知れない、予測のつかない、正体不明の恐怖をはらんでいた。


 ZENは槍をGENへ向ける。その上部の円錐が縦に真っ二つになるようにして亀裂が入ると、花弁が開くようにして口を開いた。そこには無数のあなが開いていて、その構造を把握してからライルは次に何が起こるか理解して身構えた。


『『可変概念槍ヴァリアブルランス』はこう使う』


 その言葉の後、いくつもの緑色の光線がGENへ向け射出される。


『『卓越した使者の翼アーカナイトウィング』を!!』


 GENはすぐに翼をひるがえし、身を粒子の羽で覆う。しかし、飛来した閃光は羽を穿うがち、GENの身体に直撃した。


『……セリアは言ったはずだ。魔法の影響を受けない魔法だと!』


『くそったれ……!』


 GENの胸にはぼつぼつと黒点が刻まれ、一部は熱を帯びている。装甲に覆われていない脚部の関節に被弾した箇所では鈍い爆発音がし、コックピットの中で警報が鳴り響く。


『なんとかもってくれよッ……!』


 GENは墜落しそうになったところを必死に姿勢制御をしながら体勢を立て直す。ただ、その間にもZENはGENに接近してきていて、槍を横に振りかぶっていた。


『墜ちろ』


 GENの頭部に槍が直撃し、めりめりとGENの顔に槍が沈んでいく。顔面の装甲が損傷し、片方のメインカメラはむき出しになった。メインカメラに宿った紅い灯りは一筋の残光を描く。GENは痛みに耐えかねて、泣いていたように見えた。


 GENはそのまま地面に向けて放りだされる。その間、ライルは必死にバーニアを吹かして地面への激突を避けようとしていた。


『何とかもってくれ……頼むからっ……!』


 しかし、メイスに破壊された片側のバーニアだけでは無理があった。GENはフィリップの言葉通りに地面に叩き付けられる。


 コックピット内には強い衝撃が走り、GENは地面にこすりつけられるようにし、暫く地面を這ってからようやく静止した。


 仰向けになって見えた人工の夏空がやけに美しく見えた。でも、本物はもっときれいなのだろう。こんな偽物の青空でも張り裂けそうになる胸は、本物を見たらどうなってしまうのだろう。けれども、そんなものも見ることができないそんな自分が、情けなくって、虚しくって、ライルは余りの無力さに自身のひざを叩く。


「こんな話ってあるかッ……!」


 GENがここまで手も足も出ないとはライルも想像していなかった。この空を眺めながら、茫然とするしかなかった。このまま地面に転がっていると、夏の終わりに見た蝉が頭の中に思い浮かんだ。無機質なコンクリートに背を預け、空を仰いで固まったものをだ。透き通る羽根をわずかに開いたまま、なまなましく生きていたことを証明しながら、夏の役目を終え、死んでゆく。


『哀れだよなぁ。惨めだよなぁ。俺に利用されるために生まれ、しまいには殺されるんだから。かわいそうだけども……それがお前の使命なんだよ!』


 ZENは地に降り立って、徐々にGENの方へ歩を進めていた。きっとこのままではZENに止めを刺されて命を散らす。生きてきたことの役目を終える。


 そう考えると、今のGENの格好はこの地に転がる死んだ蝉のようだ。この戦いなつを終えれば、死んでしまうような存在だ。今の状況は、お似合いの最期かもしれない。それなりの姿なのかもしれない。


 ―—けれども、まだ生きていられる。


 この夏空に向けて鳴くことができる。


 きっとこのまま鳴くことをやめれば死んでしまうから。だから、だから、だから、


『うるさい……うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさいッ!』


 ライルは感情のままに言葉を返す。どうしようもないこと位は自分でもわかっていた。


『中古の型落ちが、新世代の機体に勝てるわけがないのさ』


『勝てないと分かっていても……』


 ボクたちは殺されるために生まれてきた。この戦いも殺されるために仕組まれたものだと理解した。


 それでも、まだやらなくちゃいけない事がある気がした。


 まだ命が残っている。だったらまだ生きて良いのだ。なら何をしても良いのだ。生き続け、戦い続け、叫び続ける。この命が尽きるまで、自分の存在を証明し続ける。訳も分からないままに暴れまわる。


 夏の終わりに抗う蝉のように、がむしゃらに。


『……ボクは戦うしかないんだっ!!』


 ライルは背中の推進バーニアの出力を全開にする。周囲には突風が吹き、GENは跳ね起きた。そして高周波ブレードを握り締めて、ZENの元へ一直線に突撃する。


『その未来も知っている』


 高周波ブレードの切っ先が虚しくZENの手のひらに展開された魔法陣で阻まれる。ならばとGENはもう一つの拳でZENを殴りつけようとする。こちらもZENの片手で止められてしまう。攻撃が、想いが届かない。


『ボクはお前なんかのために産まれた訳じゃない……生きていた訳じゃない……!』


 届かなくても、伝わらなくても、何度でも叫ぶ。ライルは自分が正しいと思ったことを、相手に分かって欲しいことを吐き出す。自分はただの家畜じゃなくて、大切な人のために、大切な人と過ごすために生きていたことを証明するために。


 次にGENは蹴りを入れようとする。しかし、その前にGENのもう片方の足をZENに蹴られて態勢を崩してしまう。


『違うね。お前は俺に殺されるための食い物だ!』


 GENは勢いよく地面に倒れ込む。ライルもその振動を受けて背中を強く打った。苦しかった。けれどもアリスが受けた痛みはそれ以上のものだと思って、歯を必死に食いしばる。負けじと、思いのままの言葉を叫ぶ。


『じゃあそれなりの事をしてくれよ!! ボクを食い物にして、魔法族をバカにして、だったらせめてそれなりの働きをしてくれよ!』


『……抜かせ!』


 GENは直ぐに身を起こし、高周波ブレードで斬りつける。しかし、十分に振りかぶれなかったこともあり高周波ブレードはZENに握られ止められる。だが今度は出力が全開になった高周波ブレードがZENの手の中で暴れまわる。


『いちいち、こざかしいんだよ!』


 ZENは高周波ブレードを握りしめたまま、片腕の拳で刀身を殴りつけた。すると高周波ブレードは真ん中で真っ二つに折れ、鉄片が周囲に飛散する。ライルはショックを受けたものの、ひるみはしなかった。


『自己中心的なクズが……お前のために誰が死ねるか……!』


 もう、ライルが口にしたことは悪口でしかなかった。文句でしかなかった。けれど、それでよかった。それだけ、相手のことが憎らしいんだから言えばいい。


 GENは高周波ブレードを振っていた間にも、もう片方の手のひらには魔法陣を展開させていた。数多あまたの人を葬ってきた禁術を放つつもりでいた。


『自分一人だけが豊かになる事が生きる事だと言うならば、お前は哀れだ……お前一人で大人になれると思ったら大間違いだッ!』


『……そうかもしれないな。いや、いい事を言うじゃないか……』


 フィリップは余裕そうな口ぶりをしている。またこの攻撃も読まれていたのだろうか。フィリップは言葉を続けた。


『……いいか。いかに生きる上で豊かになるには何が必要か分かるか? ……犠牲だ。数多あまたなる犠牲を生む事だ。確かに一人では生きられない。その通りだ。それは、はるか昔より行われてきた誰も否定のしようがない行為だ。生物の髄に、神経回路にしっかりと刻まれた、揺るぐことのない真理だからな!』


 期待した自分が愚かだった。


 ライルは心の中で舌打ちをする。でも、構わない。その言葉に、また言葉を重ねればいいだけのことだとライルは考えていた。戦い続ければいつか競り勝つ時が来るかもしれない。だからライルは懸命に叫ぶ。


『……違う! 絶対に違う! 命を食らうだけなら誰にだってできる。どうして犠牲を生む必要がある。人の良さは他の誰かと分かち合え、話し合えることだろうに!』


 そうだ、叫べ。好きなだけ言いたいことを言えばいい。


『分からないのか……? 雑魚の傷の舐め合いに付き合う気なんか、ないと言っているんだよ!』


『やかましいんだよ! 人は……! 争いが無益だと分かったから話し合いができる様になった。そのために感情を持った。協力してでも繁栄できるようになった! ……なのに、それでもなお殺し合うと言うなら……それはただのバカだって!!』


 そうだ、戦え。戦うんだ。それでいいんだ。口汚くののしってもいい。だって、分かって欲しいから。このどうにもならない自分の気持ちを、知って欲しいから。


『馬鹿が。犠牲をつくることは少なからず祖先たちがしてきたことだ……! それを否定するなど、残念ながらできないんだよ!』


 そんな言葉は関係ない。自分の言葉じゃない言葉なんて響かない。


『それでも……人が死ねば悲しいだろうが!』


『別に……勝手に死ねばいい!』


『寂しい奴めが……! お前だって腐っても人の子だろうに。親がいて、友達がいて、守りたい人が居れば……絶対にそんなことを心から思うものか!』


 抗え。叫べ。そして、また戦えばいい。


 何故なら人は、戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って―—


『黙れ! 小さくして家畜の群れに放り込まれた俺の気持ちも知らないくせに!』


『分かるものか……』


 ―—変わってゆくのだから。


『人の気持ちを分かろうとしない奴が、誰もお前の気持ちを知ろうとするものかッ!』


 だから、ありったけの力を込めて放つ、この、一撃を。全てを灰に帰す、みなごろしの魔法を。


 GENは手のひらに展開された魔法陣は今までにない輝きを放つ。視界は閃光によって白に染まり、音は轟音によってかき消された。

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