第36話 GENであり、ZEN。③

 GENの全力の砲撃を受けてなお、何事もなかったかのようにZENはその場に存在していた。


『さて、これでGENは魔法力を大かた使い切ったはずだ』


 嘘だろ。なんてことを呟くのは野暮だと思った。こうなることはある程度分かっていたのだから。


『ホント……セリアの魔法だけあるよ』


 ライルは思わずZENへ皮肉を吐いた。


 GENの一撃は、ZENの魔法によって阻まれた。例にもよって、魔法の影響を受けない魔法によって防がれた。本当に詰まらない魔法だと思った。下らない魔法だとも思った。


 ZENもあれだけの攻撃を受けてまともで居られるはずがなかった。ZENの片手は装甲が一部剥がれ、そこから煙を吹いていた。けれども、これだけやって、結果はそれだけかよと思ってしまう。まぁそれも結果なのだから仕方ない。それでいいのかもしれない。


「……とんでもねぇシステムエラーの量」


 ライルはぼそりと呟いた。GENのコックピット内では、わんわんと警報が鳴り響いている。


 アリスの命は、パーセンテージで示すと一桁代の数値になっていた。


 申し訳なくて、やるせなくて、ひどい虚脱感と倦怠感がライルを襲う。アリスに掛ける言葉が見つからない。


「このままじゃボクたちは……ただ死ぬだけ……」


 まぁ、それも当たり前のこと。これだけのことをして、沢山の人を殺して、まだ生きていたいだなんておこがましい話なのだから。


「死ぬべきなんだよな……」


 そうだ、そうなることが当たり前なんだ。こんな大罪人は殺される以外に罰し方が分からない。


「死ねよ……」


 自分が言われるべき言葉をライルは口にする。


 自分が口にした言葉が、頭の中で増幅して、渦巻いて、こだまする。呪いの言葉を吐かれ続ける。ライルは聞き続ける。言われ続ける。


 死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ―—


「うるせえよッ……!」


 頭の中で響く言葉が、かき消えてやんだ。


 胸の奥底でつかえていた言葉が飛び出した。ずっと、ずっと、ずっと言えない言葉だった。言ってはならない言葉だと思っていた。だから我慢していた。


「お前らがッ……! お前らが死ねよ……!」


 堪らず本音が漏れてしまった。子供っぽい言葉が口から突いて出た。


 人は殺したらいけない事ですよって、子どもだって知っている。当たり前だ。でもそういう事じゃない。自分の身の回りに起きたそれは、そうさせられるように仕向けられたそれは、きっと大人になっても分からないだろうと思った。


「息苦しいんだよ。生きることがッ……!」


 気が狂いそうだった。今までどうしてこんな生き方を強いられていたのだろうと思ってしまう。


「ボクが勝手に死んで、他はそれでいつも通りって何なんだよッ!!」


 本当にどうすれば良かったんだ。何をするにしたってやり辛いこの世界はなんだ。だったらもういっそのこと死ねばいいのか。


「ボクは一体何なんだ……誰のための存在なんだ……死ぬための存在だったとしたら……だったら居なかった方が良かった!!」


 ああちくしょう。誰も自分の気持ちを分かってはくれない。それでいて自分も誰かの気持ちが分からない。なんでこんなにもどかしいんだ。自分で口にしておきながら、自分もそれができなかったんだ。


 クソったれ。


 人と人のつながりが何だ。細い糸をクモの巣状に広げただけだ。いつでも切り離せて、引っかかった獲物を自分のところに寄せて、食っちまうだけだ。みんなはそうやってうまく生きている。誰もかもがそうなり始めている。もう、こんな世界は終わってしまえばいい。いかれちまったこんな世界は爆発して、散り散りになって、無に帰ればいい。


 まぁ、そんなことを言えばきっと、みんなから総スカンを食らうだろう。なんてひどい事を言うんでしょうって観客が喚くんだ。頭のいい、言葉で完全武装した人たちが、それっぽい台詞を立て並べて、外れ者を寄ってたかってぼこぼこにするんだ。それで、仕舞には死ねだ何だって、凶悪な言葉に正義のパッケージをかぶせて止めを刺すんだ。


「お前が死ねよ……なんでボクが死ななくちゃいけないんだ……!」


 頑張ったってなんだ。努力ってなんだ。こんなに下らない言葉ってあるのか。残酷な言葉ってあるのか。ただ、ガマンしていただけだ、苦しみを押し付けられただけだ。ただ、普通に生きることをどうしてさせてくれないんだ。


「助けてくれ……」


 そうだ、ボクは助かりたかったんだ。何もなくていい。これ以上のことはいらなかった。皆と一緒に居たかっただけだった。ボクはアリスと―—


「ただ、生きていたかっただけなんだよ……!」


 子供っぽい考えだ。そんなことは分かっている。けれど、そんなこと誰も考えないのだろうか。考えないままで居られる聖人君子がこの世に存在できるのだろうか。なら、大人になったらどんな言葉をみんなは口にできるのだろうか。生きるために、皆はどうしているのだろうか。


 ちくしょう。


 どうしてボクは大人になれないんだろう。


 普通になれなかったんだろう。


 もっと、もっと、もっと、当たり前に生きられなかったのだろう。


『あ、あれれ? これでいいのかな?』


 ふと、コックピット内にノイズ交じりの言葉が響いた。耳をすませば、よく見れば、それは操作机の脇に置いてあるICレコーダーから出ているものだった。


『初めてだからわっかんないよ~! えーっと、うわ! はじまってんじゃん!!』


 その間の抜けた声は、ふわふわした声は、おっちょこちょいな雰囲気は、紛れもなくアリスの声だった。


「……なんだ……これ」


 ライルは思わずICレコーダーを手に取った。この声の様子を聞だと、まだアリスが元気な時に録音されたものだろう。


『ええっと、こういう時は……エフンエフンッ! さて! これでいいでしょう!』


 そして、僅かに無音の間があって、次にこんな言葉が続いた。それはライルへ向けて残されたメッセージだった。この暗く、閉塞的なコックピットの中で録音していたことをライルは勝手に想像し、その言葉に耳を傾けた。


『ライルへ。


 私がまだマトモなうちに、言葉として残しておきます。戦闘を重ねると私、おかしくなっちゃうみたいだから、今のうちにって。


 まず、今まで私の為に頑張ってくれたのに、ごめんなさい。こんな私を大事にしてくれてほんっとうにありがとう。


 えーと、本当は手紙で伝えようとしたんだけど、うまくいかないと思って、でも言葉にしても中々うまくいかないものなんだね。人の気持ちを伝えることって本当に難しいなぁ。


 ……それでね、こんな事を言い残したらライルに悪いんだけど、本当のことを言わせてください。


 あのね。私は戦争の道具みたい。どうやっても、私は人としては生きていけないみたい。私ね、どうしてこんな姿で産まれちゃったんだろうって、ちょっと悔しく思っています。


 もっと生きていたかったから。ライルと幸せになりたかったから。私ね、ライルの事が心から好きだったんだよ。本当は……一緒になりたかったんだよ。


 でも、そんな事を言っちゃいけないね。生きていることがどれだけ贅沢な事かって、ライルに教えてもらったんだから。ライルの隣で生きているだけで幸せだったんだから。


 ライル。私の戦いに付き合わせてしまってごめんなさい。でも、これから私の分まで生きるんだよ? ライルは優しい人だって私は知っているから、ライルがこの後生きる未来はきっと間違えない様になって欲しいと、切に願います。


 私はライルの事が好きだから、だからっ……だからこそ、私よりももっと良い女の子を見つけて、幸せになって下さい。


 じゃあね、ライル。ありがとう。私の大切な家族。そして大好きな人』


「やめろよ……」


 どうしてそんなことを言うのだろうか。まだ一緒に居てくれよと言いたかった。生きることを諦めるなよって言いたかった。


 けれど、人のことを言えない自分がどうしようもなくやるせなくて、涙が止まらなくって、コックピットの中で小さくうずくまって震えて、泣いた。


「またアリスと話がしたい……」


 たったそれだけのために、ボクはここまで戦ってきたんだ。


「まだアリスと一緒に居たい……」


 本当にそれだけだったんだ。


 へたくそだ。生きることが、本当にへたくそだ。


 ライルは涙を拭って、自身の席を立つ。そして席を回り込んでアリスの元へ駆け寄った。


 アリスはうつろな目をしていた。そして、その瞳にはわずかに涙が溜まっていた。息も絶え絶えで、今にも死にそうな様子だった。


 ライルは唇を噛みしめる。


「もう、こんなのはたくさんだ……」


 もう見ていられなかった。だからライルはアリスの身体に接続されているケーブルを乱暴に引っこ抜いた。


「もう、こんなのはいやだ……」


 そしてアリスを抱き起し、抱きかかえた。強く、強く抱擁した。アリスの身体は少しだけ冷たくて、脈も弱っていて、もう長くはないことを悟った。


「アリスのいない世界なんて終わってるんだって!」


 ライルは、もうどうでもいいと思った。このまま二人抱き合ったまま死んでしまおうとさえ思った。


 ただ、


 たったそれだけの行動が、


 ふとした偶然が、


 たった一つの可能性を生んだことなど、ライルには知る由もなかった。


『おっと……お前の彼女はもう死んでしまったようだな?』


 何で?


 って、そんな言葉が出てくるまで時間がかかった。


 何故なら、当たり前の言葉だから。


 GENからエネルギー源が引き抜かれたのだから、アリスが死んだと考える事は当たり前のことだから。


 当たり前。当たり前の言葉なのだけれども、その次に続いた言葉が、その言葉を当たり前からとんでもない意味を持つ言葉へ姿を変えたんだ。


『まぁ、その未来は分かっていたことだ。勿論、俺が狙ってやっていた事なんだがな』


 未来。


 分かっていたこと。


 けれどもそれは間違っている。


 アリスはまだ生きている。ライルの腕の中で、まだわずかに命を燃やしている。


 初めて、未来が食い違ったんだ。

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