第34話 GENであり、ZEN。①
――人を殺したことはあるか?
そう問いかけけられて、多くの人は『いいえ』と答えるだろう。
でもボクの場合は『はい』と答えることになる。なぜか。
ボクが人殺しだからだ。
ボクはボクの大切な人たちを手にかけたからだ。
ボクは大切だと口にした人たちを、さも飽き足らないように殺し続けていたのだから。
こんな事をするのだから、はたから見て、ボクは病気だと思われてもおかしくない。
ただ、ボクはどうしても皆を殺さなければならなかったのだ。
しかし、今となれば、そんな事を口にしても誰もボクに同情はしないし、ボクの行動について理解できないだろう。
「分かる訳ないよ……」
ライルはアリスを後部座席に座らせると、接続装置をアリスへと繋ぐ。アリスは息も絶え絶えで、ライルはそれを見つめながら呟いた。
ライルはアリスとともにGENのコックピッドへ乗り込んでいた。どうしてまだこの機体に乗ろうとしているのだろう。潔く死ねと言われても仕方がないボクは、それでもまだ戦うことを選択してしまった。
モニターに映る、死の世界へ変わり果てたこの世界。自分が変えてしまった世界。周囲の建物はたいてい一部がえぐられたように欠損していて、その傷口はもう治らないように思えた。
ボクは主体性のない大量殺人をした。主体性があれば良いのかという訳では無いけれど、罪の意識に薄さがあることは問題だと思った。今までは罪から逃げる様にしていた。誰かに騙されて、利用されて、やってしまったと口にしていた。ただ、今は被害者ぶるつもりはもう無くて、自分が何をしてしまったのか向き合うつもりでいた。
「やろう……アリス……」
長い、長い、嫌な話の終着点。善悪の判断とか、罪の償い方とか、どうしたら間違えなかったのかとか、大人は何も正しさ教えてはくれなかった。はたまた、大人も知らないのかもしれない。いずれにせよ、誰もかも大人になる。それまでに知ることをしなかった、教えてくれなかったことを恨んでいた、自分が間違っていたのだろう。
「…………」
「……どうした、アリス?」
アリスは何かもの言いたげにしていたが、その意図がどうにも分からなかった。薄く開いたアリスの目には確かな力強さがあって、ライルの目を真っ直ぐとらえていた。こんな姿になってまで、アリスは逃げないと言っているように見えた。ライルを信じてくれている様だった。
見ればアリス嬉しそうに笑っていた。目には少しだけ涙が溜まっていた。ライルはその表情を長く見ていることはできなかった。これから彼女の命を使わなければならないと思うと、胸が、張り裂けそうで。
「ありがとう」
ライルはその一言だけを告げて、自分がいるべき場所へと向かい、腰を下ろした。アリスは直ぐ近くに居る。背中と背中を、椅子が隔てている。それだけなのに、どうしてだろうか、何故か遠く離れて感じる。
きっとそれは、命の持つ時間が距離を作っているのだろう。既にライルとアリスとでは生きている時間軸が違う。これまで費やしてきた時間と、残された時間。もうアリスはもう長くは生きられない。
「それでも、やらなくちゃ」
ライルは主電源を次々と投入し、操縦桿を握りしめる。そしてGENは顔を上げる。顔のスリットに紅い光が灯る。
あぁ、どうしてこんな兵器を大人は造ったのでしょうか。それを使ってしまうことがいけないのなら、どうして壊してしまわなかったのでしょうか。こんなにカッコ良くて、強くって、小さなボクに憧れなんて抱かせるなんて、ひどいですよ。
すると、どこか遠くから警告音がした。地面には微振動が走り、それでGENから見て少し遠くにあるハッチが少しずつ開かれていることに気が付いた。それは、
ライルはごくりと息をのむ。鬼が出るか蛇が出るか。その奈落の底から何が現れるのかをただじっと待ち構える。すると、地の底からぽつりと言葉が這い出てきた。
『退屈だった』
その口ぶりは封を解かれた呪いのようで、その言い回しは飢え渇いた悪魔のようで、端的に邪悪さを前面に押し出していた。それはフィリップの声で、それは彼が
ライルは思わず息を呑む。ただ、それはその言葉に恐怖したからではなく、次第に姿を現すそれを見ての事だった。それは紛れもない
「GEN……なのか……?」
それは、自分の搭乗機と瓜二つの姿をしていた。
しかし、ライルの言葉が疑問形で途切れる。それには理由があった。その
『あぁ、長く待たされた。今までクソみたいに退屈な毎日を消化してきた甲斐があったってものだ……』
ライルはその全容を目にして茫然としていた。初めて見て思ったことは『逃げなくちゃ』ということ。けれども身体は相反して動かなかった。
GENと変わらない、神を錯覚させる程の
「なんだよ……あれ……」
地の底から姿を現したそれを見て、動悸はおさまらず、身体はがちがちと震えている。それはGENと同等か、それ以上の性能を持った機体だとすぐに分かった。
そして同時に、ライルはある事に気が付いてハッとする。それは
『フィリップ……その機体はっ……!』
『『ZEN』、全てを否定する機体さ』
ライルは歯噛みする。そんなことを聞いているんじゃない。お前の事なんか興味ない。だからわざわざ、言いたくもない事を口にしてやった。
『そうじゃない……お前が乗っているその機体の……
『知れたことを…………俺の
その言葉を聞いて、ライルは無言のまま深く椅子にもたれかかった。
「…………ハハハ」
次に渇いた笑いが出た。
ボクたちは悪い事をした。無数の人々を殺害する、とんでもない事をしでかした。だから、こんなことをされるのは当たり前で、悪い事をした人間以下のクズは人間以下の扱いを受けて殺される。そもそも家畜なのだから人間以下の扱いを受けるのは当たり前なのかもしれない。
けれども――
どうしてまた、こんなことをしなければならないのだろうか。またボクはボクの大切な人を手に掛けなければならない。もうそんなことをさせなくたっていいではないか。神様はまた、ボクにボクの思い出を否定させると言うのでしょうか。
『変わらない、あぁ、変わらないさ』
ライルは吐き捨てる様に、いいかげんに告げた。自嘲気味に振る舞って、平静でいるつもりでいて、それでも心の奥底からは、
『でもさ……』
感情がとめどなく湧き上がって、それを自制することが難しくなっていた。
どうしようもなく悔しくて、どうしようもなく悲しくて、否定されたくなくて、ボクを取り巻くすべてを嘘じゃなかったって言いたくて、
『生まれも結末もどうであれ、ボクたちは生きていたんだッ……!』
思わず言葉を口にしていた。自然と涙があふれだしていた。そしてこの自身に起きている自然現象こそが、生きていることだと思った。
『ボクだけじゃない、シイナだって、メイスだって、セリアだって、アリスだって……! みんな生きていた、楽しくやれていた、それをお前なんかに否定されていいはずがないんだ!』
それも口を突いて出た言葉だった。誰かに言われたからだとか、誰かが言っていたからだとかではなくて、自分の心がそう訴えていた。それが自然と口から吐き出された。
『家畜のくせに?』
そんなことは関係ないと思っていた。
『家畜だからなんだ……! 人類だからなんだ……! 魚も昆虫も植物も一生懸命に生きているじゃないか! 何に生まれたから不幸だというのは間違っていて、それを否定することは出来るはずがない。与えられた命を、どう受け止めるかの違いなんだ。ボクたちはただ、
魔法族であることが悔しいと思うのか、更に家畜であるから不幸だと嘆くのか、それは個人の勝手だった。生きる上で何か制約があったとしても、きっと楽しく生きる術はあるはずなのだ。できることは無限にあるはずなのだ。それを否定される筋合いは全くないのだ。
そうだ。例え家畜だとしても、今まで生きていたことが楽しくなかったかと言えば嘘になる。魔法族でも楽しいことはたくさんあった。それでよかったのだと思う。生きることに、間違いなんてなかったんだ。
『識別子でしか判断できないお前に何が分かる。家畜でも胸を張れるんだ。生きることが楽しかったって、まだ生きていたいって口にできるんだ。だから……』
都合のいい考えかもしれない。けれどそれは、ボクが生きることを楽しいと思えるようになったからであって、そう考えているに過ぎない。
『お前に分からせてやるよ……ボクの想いを……ボクたちの強さを……!』
『ほざけよ! この大罪人が!』
傍から見れば、ライルはひどい罪を犯しておきながら、よくもこんなことを平然と口にできると思うかもしれない。でも、それでも前を向かなくちゃいけない事がある。反省して、よりよくしなければならない事がある。
そう感じたならば、そうしなくちゃ。間違ったなら、正すために前に進まなければならない。誰に何を言われようとも、動かなくてはならない。
『……それでもボクは、守りたいものがあるんだ!』
本当にカッコ悪い。
ぐしゃぐしゃになるまで泣いて、敵いもしなさそうな相手に啖呵を切って、こんなことを口にする。きっと、これからボロボロになるまで戦うことになる。
それでなお、相手から罵声を浴びせられて、敗北してしまうかもしれない。でも、想いを吐き出して、少しでもフィリップに自分の考えを伝えたいから、ボクはまた戦うんだ。
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