第31話 真実を知るときに③

 一方で、フィリップは落ち着き払っていて、悔しそうな表情を浮かべるライルを見て愉快そうにしていた。だからなのか、こんな軽口を平気で叩きはじめる。


「おいおい、『ちくしょうめが』って、畜生はお前たちだろうが」


「言ってくれるじゃねぇか……」


「まぁまぁ、怒るなよ。だとしても良かったじゃないか。当たり前の様に食べて、遊んで、恋をして、人として当たり前の生活ができていたんだから。まぁ、殺されるまではだけども」


 悔しいけれどそれは事実だ。


 この世界は全てが虚構きょこうで、それは家畜にすれば十分すぎる環境だった。けれども、自分の出生を呪うしかないというのは、余りに残酷すぎる。ただ、それが現実なのだ。


 ライルは思う。今まで自分がしてきたことは何だったのだろうか、と。魔導兵器ワイズローダに憧れ、希望をもって生きてきた。だとしても、所詮は誰かに使われるための燃料でしかないというのだからたまらなく悲しくなってしまう。


 虚無感と、どうしようもない苛立ちがライルを襲う。やりきれなくて、家の壁を叩く。それでも何も変わらない。自分の生まれだけは、どうしようもないことなのだから。


「もっと面白い事を教えてやろうか」


 何が面白いことだよと、ライルは歯噛みする。人の気持ちも考えず、一方的に想いを踏みにじるフィリップをライルは許すことができない。ただ、ライルは次の話を聞いて頭の中が真っ白になってしまった。今までの話が吹き飛んでしまうほどに衝撃的な話だったからだ。


「セリアは俺の彼女パートナーなんだ」


「…………え?」


 その刹那は時が止まってしまったかのように思えた。あまりに理解に苦しむ内容を、唐突に平然と話されるものだから、自分の感覚が否定されたような気さえした。


 そして、彼が述べた事柄が事実なのだと、ライルは消化することに時間が掛かったとともに、同時にきつく胸が締め付けられるような気がした。目を丸くして、まばたきさえできなくなって、思わず地面に這いつくばっているセリアと、その上に立つフィリップを見比べた。


 動悸が早くなっていく。けれども息を吸い込む余裕がない。額から雫が垂れる。そんなものは拭く気も起きない。今は何よりも口を動かすことが最優先だった。


「……何を……言っているんだ? お前の彼女はシイナじゃ……」


 そんな質問はどうでも良かった。もっと、もっと聞きたいことがある。しかし、今は頭の中で氾濫した問いを、懸命に整理することで手いっぱいだった。


「セリアが本当の彼女だよ。それに、彼女が何人いたって構わないじゃないか」


 そのフィリップのぶっきらぼうな返答を聞いて、無性に腹が立った。本当はそんなことに構っている場合じゃないけれど、ついその言葉に乗っかってしまう。


「お前……自分で何を言っているのか分かっているのか? 人として……」


 そこで、ライルの言葉は言いかけのまま、フィリップのとんでもない答えで遮られる。


「そんなどうでもいい倫理観なんて、とうの昔に無くなった。こんな家畜場に長年いたら、考えも変わる」


 なんてことを言うのだろう。フィリップは既にもう、頭のタガが外れてしまっている。そうなると、きっと彼はセリアに対しても彼にとっての当たり前のことをしていたに違いない。


 ここでは人類は何だってできるし、何をしたって何の問題もないのだから。


 もちろん、そんなことはされていないと信じたい。だけれども、フィリップならやりかねないと分かっている。だからライルは、話の流れにそぐわないと分かっていても、こう口にした。


「……お前はボクの家族を何だと思っているんだ」


 しかし、フィリップはライルの気持ちも様子も気に留めないようで、自分を正当化するように言葉を続ける。


「いいか、ここで揺らぐことのない正しさはひとつ、お前たちが家畜と言うことだけだよ。そもそも、お前だって人類としての生活をしていたじゃないか。魔法族を家畜だと、少なからず認めてはいたんだ」


 確かにそうだ。今まで自分達も消費する側だったことは忘れてはならない。ライルは悔しく、そして情けなく思う。確かに魔法族は必要悪として扱わざるを得なかったし、特に罪悪感もなく一方的にいいたげていた。ただ、ここまで徹底して魔法族を蔑ろにしていたつもりはない。そう思いながらも、返す言葉が見つからなかった。


 すると、フィリップはそんなライルを見て、面倒くさそうに言葉を付け加える。


「まぁ、そうだな。納得いかないというならこう言い変えようか。セリアは俺の為に創られた個体なんだ」


 その言葉を聞いて、ライルは愕然とする。もう、何のことだかさっぱりわからない。話が飛躍ひやくしすぎている。今、分かることは、フィリップに対する果てのない怒りと、屈辱だった。ライルは震える声で、確かめるように、すがるように、言葉を発した。


「……何だって? セリアはボクたちと幼馴染で……一緒に家族同然に暮らしてきて……」


「なら、本人に聞いてみようか。……なぁ、セリア。お前は俺に逆らうことはできない。そうだよな」


 セリアは震えながら首を縦に振った。彼女はもう、ただ涙とよだれを垂れ流すだけで、まともな様子には見えなかった。それを見て、フィリップは満足そうに笑うと、またきつく足で彼女を押した。


 どうして、そんな真似が平然とできるのだろうか。ただ、それよりも、さも当たり前のように行われているソレがいつも通りのことだとしたら、到底許される事ではない。


「お前に……お前なんかに……!」


 ライルはもう我慢できるはずもなく、アリスを脇にやる。覚悟はもう決まっていた。


「ボクの家族をッ……!」


 ライルは怒りのままにフィリップの方へ詰め寄ろうとした、その時のことだった。


 乾いた音が、一室にこだまする。最初のうちは何があったのかライルも分からなかった。肩がじんわりと熱くなって、そこを触れてみれば確かな痛みがあって、ようやく自分の身体が壊れたことに気が付いた。


 ライルは肩を抑えて、その場にひざまずく。叫ぶことを必死にこらえても、うめき声はどうしても漏れてしまう。そんな姿でもなお、ライルはフィリップを睨めつけることを止めはしなかった。一方で、フィリップはその姿を面倒くさそうに眺める。どうしてそんな無意味なことをするのかと言わんばかりに。


「とりあえず、俺の話を聞いてから事を進めた方が良いんじゃないか? お前はこの状況がどういうことなのか分かっていない様だから」


 フィリップはそう告げてからため息を吐く。なおの事、怒りの眼差しを自分へ向けるライルを見て呆れたのだろうか。だから、こんな事を口にした。


「この後、お前がどうなるか教えてやろうか?」


「……何?」


 不意に、フィリップから意味の分からない質問が投げかけられた。知りようのない事をどうして語る事が出来ようか。けれどもフィリップは、これから起こる出来事を平然としたままペラペラと喋り始めるのであった。


「この後に起こる未来はもう決まっているのさ。お前は魔導兵器ワイズローダに乗り、俺と戦い、殺される」


 ライルは唖然とした。こんな確約の取れないフィリップの妄言もうげんを聞かされて、けれども信じろと言う。全く以って意味が分からない。


「……どうしてそんなことが言える」


「さぁ、決まっているからとしか言いようがない」


「ボクがお前を殺すかもしれない」


「無いね。万が一にも」


 キッパリと、こんな意味不明で理解し難い内容をフィリップは言い切った。


 何にせよ、ただ分かることは、このままでは自分が殺されるのは間違いないと言うことだ。フィリップの言う予言の過程がどうであれ、彼が拳銃を手にしている時点で結末は大きく変わらなさそうだ。


 しかし、分からない事もある。


「……何故、今ここでボクを殺さない? わざわざ魔導兵器ワイズローダに乗って殺される理由がよく分からない」


 何か、理由があるのではないのだろうか。今ここで、自分が殺されてはならない理由が。しかし、フィリップは同じ調子でこう答える。肩をすくめ、おどける様にして。


「未来がそう決まっているのだから、仕方ない」


 ライルはそれを聞いて歯噛みする。このままではらちが明かず、イライラするだけだ。


「……フィリップ……お前は何者なんだ……!」


「俺か? 俺はマツシタ・フィリップ」


 そんな事は知っている。だからどうしたと言うような返事だ。しかし、その言葉に続く言葉は聞き捨てならない内容だった。


「軍人であるマツシタ・シバの息子だよ」


 どくんと、ライルの胸が大きく波打った。それは自分が葬った、この世界に存在した悪意そのもの。言われてみれば合点がいく。この親子の性格は悪い方向に似ているからだ。


「お前は……あのクソ野郎のッ……!」


 顔すら見ていない、それも人の親を、クソ野郎呼ばわりすることは問題かもしれないが、それよりも早く台詞が先行してしまった。それだけ彼に対する憎しみは計り知れないものだった。


 しかし、フィリップはそんな言葉など気にも留めない様子で、気味が悪いほど平然としていた。ライルの言葉に噛み付く気もなさそうで、むしろそれを当然と受け取っているようだった。


「違いないな。確かに父さんはクソ野郎だよ」


 ただ、フィリップはその言葉を、意地悪にもある話と結びつけた。


「でもさ……そう、お前の姉さんがわりの女。たしか、メイスと言ったか。そいつが父さんに好き勝手されている姿はどうだった?」


 その言葉を聞いてライルの頭の中で、シバ大佐がメイスと二人きりになっていた時のことを思い出す。同時に、頭の中で何かが焼き切れたかのように熱くなって、気がつけば握りこぶしができていて、それはじんじんと痛みをもっていた。


 本当にろくでもない奴だと思った。どうしてそんな頭をしているのか理解できなかった。性格が捻くれているとかそんな生易しいものではなくて、最早彼が別の生き物か何かかに見えてしまう。この世にある悪意をこねて固めた、悪魔のような。


「……てめぇ」


 すると、いきどおるライルを見たフィリップは、愉快そうな顔をして、だめ押しするようにこう告げた。


「あとそうだ……彼女は可愛がってやるとな……いい、声で鳴くんだ」


「お前だけは生かしておけないッ!」


 もう我慢の限界だった。ライルは肩の痛みも忘れて、弾けるようにフィリップへ飛びかかる。けれども、


「だからさ」


 フィリップはまた引き金を引く。いとも簡単に、彼は与えられたおもちゃを試すかのように、ライルへ向けて悪意を吐き出した。


「家畜が歯向かっちゃあいけない」


「…………がっ!」


 今度はじわりと腕からから体液がにじみ出る。痛みが脈に呼応するようにして、痛みが次第に増してゆく。肩の痛みも相まって、ライルはそのまま地面にうずくまって動けなくなってしまった。

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