第29話 真実を知るときに①

 ――2079年9月1日。


 ボクたちが戦いを終えてから一日が経過した。このコロニーに住んでいた人々の避難は完全に終わっていたようだった。ボクたちがこれだけのことをしでかして、なお放置され続ける様子を見る限り、このコロニーには誰も居なくなってしまった様だ。


 禁断の果実に手を出して楽園を追放されたアダムとイヴのように、力を与えられたボクたちは苦しみと痛みをもってこの世界にたたずんでいる。思いのほか寂しさも、悲しみもなかった。それよりも、今までとの生活とかけ離れた現実を、未だに事実として消化しきれず、呆然としていた。


 そしてライルたちは今、自分達の家に戻っていた。自分たちの家に帰って、いつも通りの生活を送ろうとしていた。メイスがいない今となっては、何をしようが自由だと思っていた。


「ほらアリス。ごはんだよ」


 ライルはそう告げて食卓の上に食器を並べる。とは言ったものの、このコロニー内にあるインフラはほとんど停止していまい、今食べられるものは調理しなくて済むものだけだった。だから、食べるものはせいぜいパンくらいしかない。


 ライルは席に着くと、それをちぎってアリスの方へ差し出した。なぜそんなことをしなければならないかと言えば、そうせざるを得なくなってしまったからだという理由に他ならない。


「あー…………あー……」


 アリスはもう、今まで通りの人の生活を送ることはできなくなっていた。言葉すらまともに発せなくなっていた。何もしていない時はただ虚空を見つめ、物思いにふけっている訳でもなく、ただ生きているだけの存在になっていた。


「……ホラ、しっかり食べなくちゃ」


 ライルはアリスの方に近づいて、口の中に小さくちぎったパンを入れてあげる。そうするとアリスはもごもごと口を動かし始めたのでライルは安心した。


 だけれども、アリスはしばらく口を動かしたのちに、ごくりとそれを呑み込んで、そうしてから、つうと涙を流した。それは無表情のまま勢いを増して、とめどなく流れるようになって、口からは力なく声が漏れるようになった。何故そんな感情をあらわにさせるようになったのかなど、言わずもがな分かる。ライルがこうでもしなければ生きられない事を悲しく思っているのだろう。


 対して、ライルは余りに無力だった。自分の小ささと愚かさを悔しく思う。


「どうすればよかったんだ……」


 ライルは昨日、メイスを殺したことを受け入れられず、阿修羅が存在したはずの場所でずっとメイスの姿を探していた。地面にはいつくばって、がれきを起こして、泥だらけになってまで探した。ただ、それでもメイスは見つからなかった。


 探せど探せどあるのは地面一面に広がる無機質な灰だけだった。そこには生き物の息は感じられない。メイスを探し出すことはあまりに非現実的なことだとわかっていても、この無意味な行為を続けることがやめられなかった。こんなこと、自分への慰みにすぎないと分かっていても。


 ライルはシイナどころかメイスまで手を掛けてしまった。そして、目の前にいるアリスだってここまで命を削ってしまった。この様子ではいつ死んでしまってもおかしくないのかもしれない。


「……お前だけはボクのそばに居てくれよ」


 そんなことを口にしたところで、そんなことは約束できないことは分かっている。けれども、そうでもしなければやっていられない。口にするだけでも、意味がありそうで。


 ただ、そんな二人だけの時間は直ぐに踏みにじられることになる。


 不意に、家の玄関からがちゃりと音がしたのだ。


 その音を耳にしてライルは身構える。今この状況下で発生しうる事態はどう考えても悪いものとしか思えなかった。


「ボクたちを始末しに来たのか……?」


 ライルは近くにある椅子を掴むと、リビングへつながる唯一の扉の横に立って待機する。足音からして恐らく一人で来ているようだ。ただ、気になるのはその足音が迷いなくリビングへ向かっていることだ。さてはライルたちの存在が気づかれているのだろうか。


 そして、ドアノブに手がかかり、ガチャリと音が立つ。次に扉が僅かに開きだしたのを見てライルは椅子を振りかぶったのだが……その扉から現れた人物を見てライルは唖然としてしまった。


 長い黒髪の女性。同じ学校の制服を着た彼女はライルも見覚えがある人物だった。


「セリア……? 何でお前が……?!」


 そう、彼女はクラスメイトのヤスカワ・セリア。ライルは驚きのあまり椅子を振りかぶったまま固まってしまった。


「ほんとに、なんでこうなっちゃったんでしょうね」


 相変わらずセリアは鬱陶しそうに何度も長い黒髪をかき分ける。その様子を見てライルは少し安堵したものの、直ぐに気を引き締める。いくら顔見知りだといっても、自分が犯罪者だと周囲に知れ渡っている以上、何をされるか分からない。


「……ボクを殺しにでも来たのか?」


「まさか。ライル達に話さなければならない事があって来ただけよ」


 どうやら違うようだ。もちろん、まだ疑いの念はあるが、先ずは話を聞くとしよう。しかし、他の人間と同じ様に避難せずにこのコロニーに残ってまで、セリアがここにやってきた意図が分からない。


「……説教でもしに来たってのか?」


「冗談。それより、時間もないから端的に言うわよ。……これからこのコロニーは人類に攻撃されるわ。その対象はライルだから、また戦わなければいけないの」


 それまた突拍子もない話だった。ライルは驚いたものの、冷静にセリアに問い掛ける。とにかく今は情報が無さすぎるのだから聞くことが最優先だ。


「……何でそんなことを知っている?」


「分かるから言っているの」


 乱暴な物言いだ。ただ、真っ先に伝えようとしたことなのだから深く疑う必要はないだろう。それに深く聞いても教えてくれなさそうなので突っ込むこともやめにする。それよりも、ライルは気にしていることがある。


「……だとしても、もうボクは精神的に限界だ。それでもお前は乗れって言うのか?」


 ホントはアリスの命が危険なことが一番だが、そこはうやむやにしておく。アリスまでがこの戦いに関わっていることはセリアに知られたくなかったからだ。


「それは私が決断することじゃないわ。ライルが好きにすればいい」


「いいかげんなことを……!」


「どちらにせよ言えることは一つ。ライルが戦わなければライルは助からない。アリスちゃんだって同じこと」


 セリアがそこまで強く言うことも珍しい。どうもいつもと様子が違う。そう思っているとセリアはとんでもない事を口にする。


「それに、彼女アリスちゃんは兵器の消耗品なんだから」


 その言葉を耳にした瞬間、ライルはセリアの胸元を掴む。ライルは怒りをあらわにする一方で、セリアはあくまで平静でいた。その様子をライルが良く思う訳がなく、ライルが掴む力は次第に強くなっていった。


「何よ……?」


「お前は言っちゃいけないことを口にした……! それが分かってないのか?!」


「だってそれが事実なんでしょ?」


「だからといってそれをわざわざ口にするのは…………」


 すこし変だ。今こんな事をわざわざ口にする必要は無い。何故なら当たり前のことだし、ただライルを刺激するだけのことだと誰でもわかるはずだ。だけれども、その当たり前とはあくまでライルの中での当たり前のことなのだ。ライルはそれに気が付いて、顔がみるみるうちに青くなっていく。


「……待て、何で知っている? 何でアリスがGENの魔導動力源メインエンジンだってことを……?」


 そうだ。そんなことをセリアが知る由など無い。その事実を知っているのはメイスとアリスとライルだけのはずだ。なのにその事実をセリアが何故知っているのだろうか。ただ、セリアに問い掛けたところでセリアは調子を崩すことも無く淡々と答える。


「知っているからよ」


「……なら、いつからそれを知っていた? 誰から聞いた?」


「それは何とも言いがたい内容ね。つい最近でもあるし、言い方によっては私が生まれた頃から知っていたことでもある。そして、この事実は私の目で見てきたことよ。でもそんなことは今となってはどうだっていい。なぞかけをしていたって仕方がないことだから、今はライルが生き残ることを考えなきゃ」


 ますます訳がわからない。結局話ははぐらかされてしまい、セリアから本当のことを引き出すことができなかった。そう話しているうちに、セリアはずかずかとリビングに入っていくと、シンクの方へ向かう。そして調理棚のところをごそごそと漁りだした。その不可解な行動をライルは眺めていると、セリアは突然こんな事を口にした。



「え……?」


「いつもここでを作っていたのはアリスちゃんよね」


「そう……だけど……」


 ライルは余りに突拍子もない発言に困惑する。その一方でセリアは淡々と話を続けるのであった。


「ねぇライル。昔のことを憶えてる? いつも食事を作っているのはメイスおねえちゃんだった。そして、その手伝いをするのはシイナちゃんだった。アリスちゃんはいままで食事なんて作ったことはなかったし、そもそも得意でも好きでもなかった」


 確かに、みんなで一緒に暮らしていた時にはアリスは食事など一切つくらなかった。元々、器用な子ではないし、大雑把な性格もあって積極的に料理をしようとはしていなかった。


「でも今は作るようになったのは何でだと思う?」


 思えば、アリスはかたくなに料理をボクに作らせなかった。つまりその言い方は、ボクが料理をしてはならない、もしくはアリスが食事に対して何かしなければならない理由があったと言うことに他ならないだろう。その話を聞くと、なんだか急に不安になってきた。


 すると突然、じっとしていたアリスが椅子から転げ落ちた。地面に横たわったまま、唸り声に近いような声を出している。怒りにも、悲しみにも、拒絶にも似たような声を。そして、アリスの視線は明らかにメイスの方に向けていた。


 ライルはアリスの行動を心配するよりも、その一連の挙動についてひどく不安を覚えてしまった。


「ごめんねアリスちゃん。私ね、ライルとアリスちゃん以上にこの家のことをよく知っているから。それでね……」


 セリアは意味深長なことを口にする。次にライルの方を向いてこう告げた。


「これ、何だかわかる?」


 セリアは分かるようにライルにそれを突き出す。それは紙に包まれた白い粉末で、それがビニールの袋の中にいくつも入っている。なぜそんなものが台所にあるのか、ライルは理解できなかったし、それを目にした時その得体のしれないものが日常の中に紛れていたことを知ってぞっとした。


 そして、ライルはその粉末の正体について、恐る恐る答える。


「……もしかして薬か?」


「そう薬。厳密には『魔力成長剤』よ」


「…………え?」


「どうやらこれをアリスちゃんはライルの食べるに入れていたみたいね。あぁ、丁寧に投与日まで記載されている。この調子だと今日あたりかしら? ……さて、ライルはこんなものを口にさせられていた、しなければならなかった理由。分かる?」


 何だか、悪い夢でも見ているような気分になってきた。つまりアリスは、ボクに対してとんでもない事をしていたというのか。そして、魔力を成長させる薬を投与されている以上、理由は一つしか考えられないではないか。


「ボクは……魔法力をつけさせられていた……?」


 セリアは首を左右に振る。


「不正解。もっと答えは本質的な所にあるわ」


 不正解と言っても、それ以上にどんな回答があるというのだろうか。アリスがこんなことをしていたことにショックを受けただけでなく、ライルはこの事態の意味不明さに混乱し、もう返す言葉もまともに見つからなくなっていた。その姿を見かねたセリアは助け舟を出す。


「……事実から理解したほうが早いかもね」


 セリアはため息を吐くと、呼吸を整えてからライルの方を真っ直ぐ向く。どうやら話す本人も少し緊張している様であった。


「まず、勘違いしているようだけれど。薬の投与についてはアリスちゃんはあくまでライルのことを思ってしたことよ」


 その言葉を聞いてライルは少しホッとする。ただ、その安堵も束の間で次の言葉で直ぐに状況がひっくり返ることになる。


 それを聞いたライルは、アリスが魔導動力源メインエンジンであること知っているだとか、アリスが薬を盛っていただとか、何もかもがどうでも良くなった。何故ならセリアの言う通り、本質そのものに問題があったのだから。


 その内容とは、


「そして、『魔力成長剤』はただの人間に魔法力をつけるものではないわ。……魔法力の成熟を促し、魔導回路の構築を早めるものよ」


 さぁっと、ライルは全身の血の気が引いていくのがよくわかった。『魔法力の成長を促す』とはつまり、その言い回しはつまり、に対して効果を促進させることを指し示していて、だから要は……


「つまり、ボクは魔法族だったと言うことか……?」


 それはライルの存在を真っ向から否定するようなことだった。


 ライルは全てを理解した瞬間にひどい吐き気にに襲われた。胸の底から恐怖と悲しみが一気にせり上がってくる。だが、これだけでは終わらない。真の問題はこれからであった。


「半分正解よ」


 半分正解とはどういった意味だろうか。自分が魔法族であることが間違っているというのだろうか。ただ、この状況でそんなお気楽な発想で済むほど、この世の中は甘くない事をライルは知っていた。だから最悪のケースを覚悟して、更にセリアの言葉を聞き入れようとする。


 けれども、それでもライルは次の言葉をマトモに受け入れられることはできなかった。


 想定以上の回答が飛んできたからだ。


「ライルよく聞いて。アンタだけじゃない、ここに住んでいる成人していない人間はみんな『魔法族』よ」


 息が止まりそうだった。


 セリアが口にしたことはつまり、アリスやライルだけでなく、メイスも、シイナも、セリアも、すべて魔法石にされるために生かされてきた存在だったという訳だった。そして、その事実を明確にするように、セリアは言葉を付け加えた。


「このコロニーは『魔法族を育てるための巨大な家畜場』なの」


 それでボクは理解した。


 いままで学校の教師がボクたちに説いていた『魔法族は言わば、家畜の様なものです』という言葉は、ボクたちに向けられていた言葉だったのだと。

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