第28話 つよく、かしこく、そしてやさしく(二章完)
そんなときにあざやかな朝焼けが見えた。それは昨日と別れを告げて今日を迎え入れるための、ライルが忌み嫌う意味を持つ自然の儀式。それでも世界はそれ押し付けるように、とてもきれいな朝焼けをGENの背中の方から映し出していた。
GENの正面にできた影が、未熟なライルを投影するように、小さくまとまって地面にうずくまっていた。一方で、阿修羅は朝日を受け入れるようにしていた。影は守られ、小さきものはいつくしむようにされていた。ライルにはそれができなくて、それができるメイスを心から尊敬していた。
「でも、ボクもそれができるようにならなくちゃいけないんだ……」
ライルはちいさく、ちいさく呟いた。
『ねぇライル……これで私はいつだってライルを殺せるわ』
そんなことはライルも分かっていて、このままでは言葉どおりライルは殺される。
『もう数秒も経てばこの槍はライルの方へ射出され、GENの身体を貫く』
そうだ、GENに魔法攻撃が効かない以上、物理的な攻撃を仕掛けるしかない。その判断は当たり前のことだし、そんなことをわざわざ話す必要もないとライルは思っていた。だからこの会話は、ライルにはメイスが時間を稼いでくれているようにしか見えなかった。そして、自分に何かをさせるようにメイスが促していることにも気が付いてしまった。
『そうやってなにもしないまま? 何か言うこともないまま? 情けない……!』
だから、メイスはライルのことをおおげさに叱咤する。こんなことはメイスの本心で告げているように見えなかった。三文芝居にも程がある。
メイスはいつまで槍を構えたまま、ライルを待ってくれている。何故そんな優しい真似をするのだと怒りたくなる。けれどもメイスはいつもこんな人だった。誰かに手を差し伸べてくれる優しい人だった。それはライル自身が一番理解していることだった。
だからライルは、メイスの気持ちに応えるように、苦しい想いを押し殺して、右手を真っ直ぐにメイスの方へ向けて見せたのだ。すると、あろうことかメイスは少しだけ声の調子を上げて、こんな事を言う。まるでライルの意思をあおるように。
『そんなことをしてもライルにはできない! 人を殺す覚悟のない甘ちゃんに、自分の信念も貫き通さない軟弱者に、私は育てた覚えはないはずよっ!』
嘘だ。嘘だ。まっ赤な嘘だ。それは優しくて、あたたかい、誰かのために吐いた嘘だ。
それはさながら、子どもをしかる母親のような優しくて厳しい言葉だった。怒りたくないのに、大切な人を想っての言葉だった。ただ、それをメイスに言わせてしまったことをライルはたいへん申し訳なく思ってしまう。
そして、聞いている方が胸を痛めてしまうようなその言葉は、もう待っている時間がないことも伝えているのであった。
もう、ボクは決断しなければならないのか。もう、朝が来るのか。もう、ボクも変わらなくちゃいけないのか。もう、メイスとはお別れをしなければならないのか。
いやだ、いやだと口にしても、いつかしなければならない事もある。だから、メイスはとうとうライルと決別するための言葉を放ったのであった。
『さよなら!!』
メイスがそう叫んだ時に、ライルは震える指を引き金にかける。もう、お別れなんだ。
そして、引き金がかちりと音を立てて、機械の接点どうしが触れあったときに、冷酷までに正確な
0にするか1にするかを決めるたったそれだけのことに、どれだけの経緯があって、どれだけの想いが介在しただろう。けれど、決めてしまえば、こんなにも淡々とやってしまうものなのだ。
兵器はひどいものだよ。
『そんな
それは気持ちと
タイミングは同時、ぶつかり合うのは刹那の時だった。
阿修羅が射出した槍は五重の魔法陣を突き抜け、とんでもない速さでGENへ飛んでゆく。そして、GENが放った光はその槍を消し炭にしようとするが、槍は光に包まれながらも僅かに姿を残している。どうやら槍に防御魔法がかけられているようだ。槍の先端には小さく魔法陣が見える。
『その程度じゃ、
それを聞いて、ライルの全身から冷汗が噴き出した。心臓はバクバクと踊り狂うように鼓動を刻み、しかし全身は一気に凍りついてゆくように冷えていく。
危険な状態だとも、やることも分かっている。だからもう、
『出力最大でええええええええええええええッ!』
すると、GENの腕にある魔法陣の大きさは倍以上に大きくなり、GENの手のひらから放たれる光は直視できないほど強力になった。そして阿修羅の放った槍の影は、光の中で次第に細くなっていった。
それ以降の景色は、よく分からない。ライルは強烈な光を前にして、目をつぶってしまっていた。ただその時に、GENのコックピッド内に、ザザザというノイズが聞こえた。その後に、掠れるような声が聞こえてきたのであった。
『よく、できたね』
なんてことを言うんだろう。
どうしてそんな言葉をボクにかけてくれるんだろう。
胸いっぱいに広がるその温かさは、これから行き場をなくしてしまうというのに。もうさよならをしなければいけないのに。でもメイスは最後までボクを大切にしてくれていた。守ってくれていた。
ただ、そんなことをされてしまったら、まだあの日々は続いてくれる気がして、堪らずにこんな事をライルは口にする。
「いやだよっ……! メイス姉のことをもう呼べなくなるだなんてそんなのっ……!」
そう告げた頃には、次に目を開いた時には、ライルの目の前から影は居なくなっていた。
光はとうに失せていた。
ライルは声にならない声を漏らし、しばらくはその
しかし、現実は違っていた。目の前にはもう何もなくなっていた。ライルが消し去った現実だけが残されていた。
そして、気が付けばもう朝になっていた。空からはもの悲しい赤色も消えて、しらじらしい程さわやかな朝になっていた。鳥がさえずり、じいじいと蝉はなく。生き物たちは営みをはじめ、世界は脈づき始めた。
―—なのに、なのにボクの前からはなにもかも消えてしまったようで、ボクの生きることが嘘になってしまったようで、ボクが否定されたようで、ボクだけがこの世界から取り残されて、死んでしまったように思えてしまったんだ。
「……まだおしゃべりをしていたかっただけなんだ。一緒に居たかっただけなんだ」
そんなことを口にしても、涙を流しても、世界は淡々と廻り続けるのであった。
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