第26話 戦闘制御装置―阿修羅④

 今の自身が置かれた絶望的な状況を見て、メイスはふと考えにふける。


 ――思い返せば、ひどい人生だった。


 私は魔導兵器ワイズローダに乗って、人類に手を掛けなければならない。それは私が物心つく前から決定していたことだった。そんなひどい話があるかと言われても、実際にあるのだから仕方ないことなのだろう。でもそれを仕方のないのひと言で、淡々と片付けられてしまう私の存在とは一体なんなんだろうかと、私は常々思っていた。


 つまるところ、私はどうでもいい、生きていなくてもいい存在なのだろう。


 だから、極端な事を言ってしまえば、この運命が嫌ならば私はそのまま死ねばいいのだ。けれど人は不思議なもので、死ぬことを恐れてしまう生き物なので、どうしても生きることは諦められなかった。


 幸せに生きるためにはどうしたらいいか、私は私なりに考えてみた。その時にふと、一生懸命に魔導兵器ワイズローダの訓練をして、強くなって周りの大人に認められれば、私はもしかしたら助かるのではないだろうかと思いついた。こんなに頑張っている人に、こんなひどいことはさせられないと皆は考えるだろうと。


 けれど、それは逆効果だった。余計に、有能な殺人者として未来を期待されるばかりであった。そうして、私は頑張ることの意味の無さを知り、同時に自分の持てる力について知ってから余計に生きたくなってしまった。


 だから私は魔導兵器ワイズローダのことを心から憎んでいたし、そんなことの為に生きなければならない自分の人生を常に呪っていた。こんなにも頑張っても、私はロクな目に逢わないんだと。


「いつか魔導兵器ワイズローダのパイロットになりたいんだ」


 一方で、そんなことを大真面目に語る子と出会うことになった。それはアリスからの引き合わせで出会った、アズマ・ライルと呼ばれる少年だった。


 私はその言葉をひねくれた気持ちで聞く一方で、自分と彼の思考を比較して、私がそんな初心うぶなことを考えつかないことに寂しくも思っていた。


 初めにライルと出会ったときは、彼のことをすこし羨んでいた。純粋で、真面目で、熱心で。ライルは私から欠落した感情を持っていた。


「ライルはね、すごく頑張り屋さんなの。だけどね、みんなにはそれが分かってくれないの」


 アリスはそんな事を口にしていた。当時、アリスは自分の行く末など知らなかった。この後に起こることを知っているのは私だけだ。だから、アリスは本当に素直な気持ちでライルを私に紹介したのだろう。ライルを本気でどうにかして欲しいと思っていたのだろう。これからライルが私に利用されることなど知らずに。


 そうして、私は大人とライルに指導することで彼をGENのパイロットにする約束を取り付けた。これでよかったのだと思いながらも、肩の荷は以前として軽くなることはなかった。ライルに責任を押し付けたことは胸のなかにしこりとして残り続けていた。だけれども、こうでもしなければ私は助からない。こうしなければならなかった事なのだ。


 それから、私は罪の意識を消すことに必死になった。


「メイス姉はやっぱすごいや!」


 ライルは尊敬のまなざしを常に私に向けてくれた。ただ、それも当たり前のことだった。何故なら、そうなるようにしていたのだから。


 私は、ライルとその周囲の人間を最終的に裏切る時、誰かすこしでも私の事を想ってくれるように、どんなことでもするようにしていた。魔導兵器ワイズローダの戦闘訓練だけでなく、彼と彼が言う大切な仲間たちと一緒に暮らして家事から何から率先そっせんして行うようにしていた。更には、世間からも私の存在の価値を高めてもらうようにとにかく目立つようにした。辛くも苦しくもあったが、やりがいは確かにあった。まぁ、結果的にはそんなことうまくいくはずもなく、失敗に終わったのだが。


 ライルの私に対する信頼は日に日に強くなっていた。そのおかげか、ライルは私の教えたことを素直に聞いてくれた。そして、私も彼に悪意を押し付けていることを忘れてしまう時さえあった。


 今思えば、その時はとても楽しくて嬉しかった。この日々がずっと続けばいいなと、ふと思う日がときどきあって、その度に胸の奥がズキンと痛んだ。


「なんでこんなにいい子に育ってしまったのだろう」


 こんなあまのじゃくなことを口にするのは失礼なことなのだけれど、そう思わずにはいられなかった。別れの時がくるにつれ、その想いは日に日に強くなっていた。


 私の持てる技術をすべて教え終えたときに、私はライルをただの道具にしか使えなくなってしまう。今までの、家族のようなあたたかな関係ではいられなくなってしまう。そう考えると、ひどく胸が苦しくなった。


 だから、あるとき私はこんな事をライルに聞いた。それは、星空が綺麗に輝く夜のことだった。この街が一望できる丘にある公園の、小さなベンチに二人で腰かけて。


「ライルはさ、どうして魔導兵器ワイズローダに乗りたいと思ったの?」


 私は質問の答えから、そこまでに至るまでに私が教えたことについてどう思っているのかをライルから聞き出そうとしていた。我ながらあさましい考えだったと思う。私は、彼の願いを懸命に叶えようとしている私の姿を称賛させて、私の罪をやわらげたかったのだ。


 だけれども、そんな考えはいかに浅はかだったかを私は知った。それによって私は、私の罪深さをより痛烈に感じなければならなくなってしまった。


 今でも忘れない。返ってきたライルの言葉はあまりにも純真なもので、宝石のような輝きがあった。いくつになってもくすませてはならないとさえ思わせるほどだった。


 それは思わず目をそむけたくなるほどで、私はそれに何も言葉をかぶせることができなくなってしまった。ライルを騙そうとしている自分が、余りにも愚かしくて。馬鹿らしくて。


 だからせめて、私はライルの気持ちを忘れないように日記に書き留めることにした。そして、決してライルに忘れさせてはならないと思った。


 ……だけれども、私がライルをGENに搭乗させる前に同じ質問をして、返ってきた答えは以前と違うものだった。


 もう、ライルは昔と変わってしまっていたのだ。


 私のせいだ。今になっても、彼をこんな事に巻き込んでしまったのかと考えると、考え無しだった私を呪いたくなる。けれど、ライルに出会えたことそのものが私にとっての救いになっていたことも事実だった。


 ライルたちとの日々は、私が思い苦しむうちに終わってしまった。そうして、私は私の課された使命のために軍に所属することになった。それから私は彼たちと別れてから、彼たちとあまり連絡を取らないつもりでいた。けれど、そんな気持ちを抑えることがいかに苦しいものか、決意した当時の私には分からなかった。


 私は軍に所属するようになってから受けた扱いは酷いものだった。いわば玩具のように扱われていた。私の存在価値をないがしろにされることは、あたたかな毎日が否定されていくようで辛かった。


 何度も、何度もライルと連絡したい気持ちに駆られた。都合よく聞こえてしまうかもしれないが、ライルに助けて欲しかった。何故なら私の唯一の心の拠り所だから。でも、その拠り所はいつか壊さなければならない、かりそめの世界。圧倒的な矛盾を抱えた、私の大切な場所。


 だから堪えた。何があってもずっと我慢することにした。自分が壊れてしまってもいいから、その時まではまだ私が許される場所であって欲しかった。けれど、自分の居場所を汚すことになる日が近づくほどに、気が変になりそうだった。


 そして、私は毎日思い悩んだ。なんで彼を育ててしまったんだろう。なんのために彼を育てていたんだろう。なんでこんな仕事を彼に押し付けなければいけないんだろう。


 本当なら、もっといい形で出会えたかもしれない。別の未来があったかもしれない。けど、そんなことは今となって悩めることじゃない。いとおしい彼にこうして手を掛けている私は、本当に情けないことだ。


 ―—あぁ。


 そして私は今、空っぽのままで戦っている。大切な人からは嫌われてしまったから、もう今となっては守る人がいない。もう私は自分の為だけにしか戦う理由がない。それがたまらなく寂しくて、切ないの。


 ねぇライル。あなたは嘘かと思ってしまうかもしれないけれど、本当はね、ライルたちを守るために戦っていたかったのよ。偽物だとわかっていても、その世界はどうしても守ってみせたかったのよ。


 でも私は、もうこの結末を知っている。自分がどうなるかなど分かってしまった。だから、ここからは私のワガママを聞いて欲しい。さいごの時まで、私の想いを知って欲しい。


 ―—メイスは、しばらく俯いてから顔を上げた。少しだけ目が赤く腫れぼったくなっていたけれど、涙は見えなかった。何かを覚悟したようなその表情には、彼女の強さが映し出されていた。


 そして今。


 阿修羅は背中の腕を半分、さらに片腕と武器である槍ですら失った。阿修羅はまるで、子どもにもてあそばれた後の昆虫のような、無残な姿をしている。誰から見てもGENに敵うとは到底思えない。


 だけれども。阿修羅はあろうことか脚部の制御バーニアを点火する。明らかに勝ち目がないと分かっている。けれどもメイスはボロボロの身体で戦い、身体が粉になるまで戦い続けることを決意したのだ。


 熱くきらめく阿修羅の制御バーニアは、力強くもあり、でもどこかはかなげに見えてしまって、それはライルにある考えを連想させる。ライルは歯を食いしばり、言葉の端を口から漏らす。


「メイス姉ほどの人が……こんなの敵いっこないことなんて……すぐに分かるだろうに……でも、どうしてッ……!」


 一方、メイスはライルへ強く戦いの意思を示す。まるで、ライルに何かを伝えようとするかのように、かたくなな態度を取っていた。


『じゃあ……』


 そのたった一言でもわかる。メイスの声は僅かに震えていた。今まで聞いたことがないほど、弱々しい声をしていた。そんな声を今までライルは聞いたことが無かったので驚いてしまった。あの強い、メイスがなんでそんな声を出すのかと。


 そしてライルは、その後に続く言葉を聞き逃さなかった。決して、聞き逃せるはずがなかった。


『最後の……練習を……』


 この言葉を聞いて、あらゆる感情がライルの胸に一気に流れ込んできた。そして、二人で練習した昔のあの日々の記憶が、頭の中を駆け巡る。厳しく、怒られることもあったが、笑いあえたあの日々を。血の通ったあたたかな関係を。


 ただ、彼女メイスはライルへ宣言した。家族として、師匠せんせいとして、大切な人として、そしてライルが殺さなければならない敵として言葉を口にした。メイスはこの戦いに身を捧げると宣言しながらも、心の奥そこでは昔あった二人の関係に戻ることを望んでいた。そんなことは容易に読み取れて、ライルにはその想いを無視できるほど冷たくならなかった。


 あきらめるようで、希望に満ちた言葉だった。終わりを告げる一方で、未来に繋ぐ言葉だった。せつなくも、あたたかい言葉だった。矛盾を抱えながら生きてきた、メイスらしい言葉だった。メイスにしか紡げない、ライルに捧げるたった一つの言葉だった。


 ただ、今さらそんな慰めのために、虚構を演出するなどあまりに虚しすぎる。


 ―—ちくしょう。 


 悲しくて辛い、でも愛おしい、この時間ときは一生ボクにとって忘れられないものなるにろう。悔しいけれど、ボクたちが一緒に居られる時間はもう、おわりを迎えるまでしか残されていないんだ。


 戦い続けることが、破滅へと向かうことが二人の関係を証明する、分かり合える時なのだとこの世界は告げていた。

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