第24話 戦闘制御装置―阿修羅②

『……どう……して?』


 メイスの消え入りそうな言葉を聞くと、ズキズキと胸が痛む。ただ、こんな事をしたくはなかったと言えば、嘘になる。


 これらの事は、すべてメイスが悪いわけではないが、悪い事をしていることは変わらない。ただどちらにせよ、メイスとの関係を断たねば、ライルはメイスの裏にいる何かに縛られつづけられることになる。だからライルは、メイスを消さなければ一生自由はないと思っていた。


 ただ、そうやって割り切れば簡単だったのに。メイスはこんな言葉を口にする。


『……もう、私のことが嫌になったんだよね』


 試すようなその言葉は、ライルにはずるいように思えた。


「それは………!」


 そんなことはない。そう言ってあげたいけれど、それはライルにはできかねた。それを口にすれば、もうメイスを殺せなくなりそうな気がしたからだ。感情が介在すると、途端に判断が鈍る。今までの関係が邪魔をする。


 ライルは自身に言い聞かせた。生きるためにこうしなければならない。大切な人、アリスの命をこれ以上減らしてはならない。それを前提として行動しているわけで、好き嫌いで人を殺そうとしている訳じゃない。


「すぐに……楽にしてあげるから……!」


 だからライルは、メイスの言葉を無視することにした。聞く耳など持たない様にした。けれど、心にはしこりが残る。


「……一体どうすれば良かったんだ……どうすれば皆を助けられたんだ」


 ライルは、GENが手を向ける方をながめながら、小さく呟いた。何が正しくて正しくないか、今はもうライルにはわからない。ただ、もっと何かできたハズだった。


 アリスが人質に取られたからと、人類が決めた事だからと、そうして諦めることは簡単なことだった。メイスのおこないが間違っていると分かっていたのなら、はっきりと言えばよかったのかもしれない。


 自分たちが不幸だと嘆く前に、メイスの不幸に気が付いてあげればよかったのだ。こんなひねくれた真似をしないで、一緒になって考えればよかったのだ。しかし、そんなことは今更なのだ。


「……いくぞ、メイス姉」


 そうして、ライルが攻撃する合図をしたときに、


『ごめんね』


 メイスは、ぽつりと言葉を漏らしたのであった。


 ライルは、その言葉でハッとする。本当は、メイスにはライルを呪う言葉を口に欲しかった。メイスが自分の行いについて、間違っていたと思っていて欲しくなかった。メイス自身が受け入れて行った事だと信じたかった。しかし、


「……もしこれがメイス姉の意思じゃあなかったらどうなるッ……! 本当はそれを指示した人がいて……その人が間違っているというのに、すべてをメイス姉に押し付けたことにッ……!」


 しかし、嘆いたところでもう遅い。GENはもう、思い出メイスを消す準備ができている。腕には魔法陣が展開され、手のひらは輝きを放っている。


 やってしまえば、あっという間のことなのだろう。ただ、これが済めば楽になるはずなのに、これが済んでも胸の痛みは続きそうな気がした。でも、これは自分が望んだことであり、しなければならないことでもある。だから、もう終わりにしよう。


 そして、ライルは引き金に指をかけたその時だった。


 ―—GENの身体に強い衝撃が走る。そして、GENはわけも分からないままその場に倒れ込んでしまった。


「……何だ一体ッ!」


 ライルはGENをやたらめったらに動かしてみるものの、どうにも金縛りにあったように動かない。拘束魔法を使われていたとしてもGENには魔法が効かないはずだ。


 ならば、なぜこうなっているのかと思い、ライルはGENの身体を見回してみる。すると、そこには虎徹肆式が一機、GENにしがみ付くようにしていた。


『准尉! 逃げるのであります!』


「その声は……ニシ軍曹……!」


 また、正面を見れば別の虎徹肆式が槍を構えて、突撃の準備をしているではないか。


 それを見てライルはぞっとする。GENにしがみ付く虎徹肆式は、地獄へ引きずり込もうとする死神を思わせた。何だか、嫌な予感がする。


 まさか、と思っていると、ニシはとんでもない事を口にした。


『早く私ごとコイツを貫くのであります!』


「バカ言うんじゃないよッ!」


 予感は的中した。ニシはGENとともに死を覚悟していたのだ。


 どうしてそんなことを言う。自分の存在を軽視できる。腹を立てたライルは、GENで虎徹の頭部を掴み、その腕に魔法陣を展開させた。死ぬ事が分かれば、恐怖して手をゆるめるに違いない。しかし、虎徹はGENにしがみついてびくとも動こうとしなかった。


「どうしてさ……! このままじゃニシさんは死ぬんだぞ……?」


 ライルは焦り出す。死ぬことが怖くないのだろうか。


『やめてニシさん! あなたが死ぬ必要はありません!』


 すると、沈黙していたメイスが声を上げる。軍の回線の方でニシに呼びかけているようであった。するとニシは力強く答える。


『私は……止めないのであります!』


『どうしてっ!』


『私は……これ以上の不幸を見たくないないのであります……!』


『だからと言って!』


 ニシは、これ以上のことは語らなかった。ただ、たとえメイスには理由が分からなくても、ライルはニシがどんな目に逢ってきたのかを知っている。だからライルは、ニシがメイスを自身の妹と重ねていることも容易に想像できた。


 ニシがメイスを守ろうとするのは彼の意地なのだろう。家族を守れなかったニシは、同じ経緯を持つメイスに希望を抱いている。


 だからライルはニシの行動を見て、やるせない気持ちになってしまった。ニシの事情を知りすぎたライルは、彼を討てるだけの強い心を持ち合わせていなかった。


『准尉があの子たちを守れるように……私はこの悪魔を討つ使命があるのであります……!』


 ライルは、思わず膝の上を拳で叩いた。


 どうしてそんなことを言うんだよ。腹が立つんだよ。そんなことを言われたらボクは、


「どいつもこいつも……自分の事情ばかり口にしてッ!」


 ……あなたを殺せなくなってしまうではないか。


 理不尽な出来事があっても我慢を重ね、惨めな思いをし、最後は身代わりになって死ぬ。どうして、ニシは最後までそんな人生を歩まなくてはいけないのだろうか。救いはないのだろうか。


「恨むぞ神様……ボクにこんなことをさせてッ……!」


 だが残酷にも、槍を構えた虎徹肆式がGENへ目がけて突進を仕掛けてきた。


『ニシ軍曹! ダメっ!』


『いいから准尉は逃げるのであります……! もう大佐は死んだのであります……今の准尉は……自由でありますから……』


 その会話を聞いて、ぐっとライルは唇を噛みしめる。自由を望んでいたのはニシ自身も同じではないか。この男は最後まで我慢を続けるつもりなのだろうか。本当であれば彼だって救ってあげたい。


 けれど、ライルは必死になって虎徹肆式を振りほどこうとするが、虎徹肆式を意地でも離れない。このままでは二人もろとも死んでしまう。


 ならばと思い、ライルは向かい来る虎徹肆式へ腕を向ける。しかし、それもニシによって阻まれる。GENの腕を、自分に向けたまま放さないのだ。


「……なんでそこまでする必要があるんだよ!」


 しかし、ライルが叫んでもニシには想いが届かない。そしてもう、時間もないのだ。


 だから、ライルは腹を決めてトリガーに指を掛ける。最後に指を動かすまで、心は押しつぶされそうになり、胸は焼けるような感覚に襲われた。もう、こんなことは勘弁して欲しかった。でも、それでも……


「それでもボクは……生きなくちゃいけないんだッ……!」


 カチリ。


 その引き金が引かれてから、GENの手のひらから、閃光が放たれたのであった。


 その後はあっけないもので、その場にいたはずの虎徹肆式のからだは、灰になって跡形もなく消え去ってしまっていた。


 そして、ニシは消える間際にこんな事を口にしていた。


『ライル殿によろしくであります』


「死に際に、なんてことを話してくれたんだ……」


 だが、悲しみに暮れている間も、心の傷をいやしている間もない。もう、次の敵は来ているのだから。


「くそ……くそおおおおおおおおおおお!」


 ライルは瞬時に操縦桿を操作し、GENは背中に背負った高周波ブレードに手を掛ける。そして、それを抜くと同時にそれを振りかぶり、虎徹肆式を正面から両断した。真っ二つに分かれた虎徹肆式は、GENのいる位置を中心に左右に分かれて、地面を転がっていった。


「はぁっ……はぁっ……!」


 ライルはしばらく息を荒げたまま、何もすることができなかった。ひどい虚無感がライルを襲う。


「……メイス姉……もう止めにしようこんなこと……」


 いくらこの世界のためとはいえ、いたずらに人を殺し過ぎている。メイスもきっと、こんなことを望んでいないはずだ。


 すると、不意にメイスはこんなことを問いかけてきた。


『……ねぇ、ライルはやっぱり私の事……嫌いだよね』


 どくん、とライルの胸が強く脈打った。


 メイスはきっとわかっていてこんな事を口にしているのだろうと、ライルはすぐに理解した。だから、ライルはこんな返事をする。


「……ああ……大っ嫌いさ」


 そんな訳がないよ。


 けれど、メイスはもう引き下がれなくなっているのだ。いつまでも、メイスは自由になれないままで、彼女の後ろには強大な敵がいる。だからきっと、ボクに残されている道は一つしかないのだろう。


『……そう』


 そんな声を出さないでくれよ。もう、ボクたちはこの運命をただ受け止めていくしかないのだろう。だから、


「そうさ……だからボクは……アンタを殺すよ……!」


 ライルはアリスを守るために、メイスは自分を守るために戦う。この世界に脚本があるように、この結末はきっと、誰かが決めた事なのかもしれない。そんな下らない事にボクたちは踊らされていることは、悔しい。けれど、それはメイスも同じだろう。


『回線、もう切るね』


「ああ……」


 そうして、簡単に二人は言葉を交わしてから回線を切る。


 この後は、覚悟するだけだ。ライルは深く深呼吸してから額の汗を拭った。ここからの戦いは、今までとは少し違う。次の相手は、最年少で軍に入隊したこのコロニーの英雄。そして、ライルの憧れだった人だ。


 緊張で、胸が激しく脈打っている事がよく分かる。手にはじんわりと汗がにじんでいた。


 すると、しばらくしてから、GENから少し遠くにある搬入ハッチから、何かが移動する音がした。辺りは薄暗いままでよく見えないが、何かがやってきていることはよくわかる。


『人類に反逆を試みる魔法族に告げます』


 静寂に包まれたこの世界から、声が聞こえた。


『無駄な抵抗は止めて投降しなさい』


 それは台本を読み上げた様なきれいな台詞セリフだった。どうせ互いにやるべきことは分かっている。投降すれば、三人まとめて殺されることになるのだから、そんなことが出来るはずがない。


『そこまでよ』


「メイス……姉……」


 そう、その声はメイスのものだった。そして、彼女が搭乗する機体の全貌が見えてから、ライルは目を凝らす。


「何だあれは……虎徹肆式? いや違う?」


 それは普段見る虎徹肆式の姿とは異なっていた。背中から関節を持つ、細いマニピュレータが四本余計に生えている。その先端は緑色の光を放っており、その光は鎌の刃をかたどったていた。


戦闘制御装置バトルスタックの起動を確認……システムオールグリーン……!』


 その言葉の後、虎徹肆式の顔にあるスリットから淡い青色の光が走る。背中から生えた腕はそれぞれが独立して挙動する。その独特なシルエットはまるで―—


虎徹肆式改こてつよんしきあらため―—阿修羅アスラを出します!』


 ―—神話における英霊のごとく、神々しい姿をしていた。

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