第23話 戦闘制御装置―阿修羅①

 GENのないボクは余りに無力で、何もすることができない。ボクの代わりに戦ってくれるロボットがいなければ何もできない。でもそれは、大人になっても変わらない事なんだろう。彼を見ていて、そう思うようになった。


「本当は、『泊って行かれては』なんて言葉は私の本心ではなかったのであります」


 応接室に戻ってから、ニシはそんなことを口にした。


「大佐がそれを望んでいたのであります。准尉をそのままお返しするようなことをすれば、私は大佐に殺されかねない。だから、私はお伺いを立てた。そこでメイス殿がそれを断ってくれたので、私は救われたのであります」


 ライルには理解不能な感覚だった。それに、理解したくない感覚でもあった。


「私をクズだと思ったでありましょう。実際に、私は自分自身を憎んでいる。どうしようもない奴であります」


「……ニシさん。大人になるって、どういうことなんでしょうか」


 その問い掛けに、ニシは困った顔した。どうやら答えが浮かばないようらしい。ただ、こんな事を彼は口にした。


「……分からないのであります。私はただ、死なないように生きているだけでありますから。生き延びて、機会を伺って、残った牙で差し違える為に生きてきたのであります」


 それは的を得ない回答だったし、求めていた答えとも違っていた。だから、ライルはニシなど所詮こんなものなのだろうと思った。


 すると、がちゃりとドアが開く音がして、そこからメイスがあらわれる。


「……あ」


 メイスはそれ以上何も言わなかった。うつむき加減のライルと、目を真っ赤に腫らしたアリスを見て、言葉を失った様だった。ライルは、わずかに乱れたメイスのシャツが気になった。それを見るとなんだか、むかむかするし、やるせない気持ちになる。


「……もう、行こう。ここに、もう用は無いはずだろ」


 ライルはそう言ってから乱暴に席を立つ。ニシにも目を向けず、アリスの手を引いて部屋を出ようとする。こみ上げてくる怒りが、もう抑えきれなくなっている。


「ま、待ってよライル……!」


 メイスの言葉をライルは無視した。部屋を出る。正面にシバ大佐の部屋が見えて、蹴飛ばしたくなるが、ライルはぐっとこらえる。


「この思いをどうしてくれようか……!」


 ライルは思う。腐った根をつぶさねばならないと。


 こんな大人がいては、ボクたちまで腐ってしまうと。


 責任感も、想いもなく、ただ欲を満たすために生きている彼らを見て、今まで自分が戦うことを躊躇していたことが恥ずかしくなってきた。


「コイツらのために、魔法族は食いものにされているだなんてっ……!」


 魔法族に痛みと苦しみを押し付けて、楽でいようなんてムシが良すぎる。本来ならば、楽をした分だけ、責任を果たさなければならない。命を食らった上での今なのだから、人はいたずらに生きていいはずがないのだ。だから、


「早く、帰らなくちゃ」


 ポツリと、ライルはこんなことを呟いた。今すぐにやらなくてはならないことがあるから。


 ライルはホバーカーの駐車場に向かう間、ごうごうと怒りの炎を燃やしていた。


「らうる……こあいよぉ? どうしあのぉ……?」


「なんでもないよ」


 ライルは無表情のまま答えた。ホバーカーに乗り込んで、エンジンをかける。メイスとアリスは後部座席に座らせた。アリスは、横たわるメイスの頭をひざの上に乗せて、しきりにそれを撫でていた。


「めいしゅ……むい、ちてない?」


「うん……疲れてるだけだから……」


 しゅんとしたメイスを遠目から見ていると、いつもとは違う感情をいだいてしまう。見つめていると、思わず見入ってしまうような魅力がある。


 メイスは、少しでも刺激を与えたら壊れてしまいそうなほど繊細で、誰かに作られたかのように美しく完璧な姿をしている。ただ、完璧なものほどキズはよく目立つ。今見ると、いつもきれいに整っていた髪が、ほつれたように数本だけ乱れていた。


 メイスのこころのひびが少しずつ広がっている。そんな、気がした。もう、メイスのこんな姿を見たくない。


 しらじらしいほどきれいな夏の夕焼けが、ボクの背中をじりじりと焼いた。ボクたちは、この世界に飼われた愛玩動物に過ぎない。これ以上、馬鹿にされるのはもうこりごりだ。


「メイス姉。次の作戦はどうするんだ?」


 いやに、落ち着いた声だった。


「……明日、正規軍がユニバーサルポートに持てるだけの戦力を投入してGENの撃破を試みることになっている。私は、ユニバーサルポートに侵入して、内部から攻撃をする話をしているわ」


「ふぅん……そうか。ユニバーサルポートには魔法族がいっぱい潜んでいることになっているから、その掃討をメイス姉ひとりに任せたんだね」


 心底、嫌になった。また、面倒なことは丸投げか。


「それで、ボクはどうしたらいい?」


「ライルは迫り来る正規軍の魔導兵器ワイズローダを迎撃するだけでいいから。敵がいなくなってから、魔法族が囚われている監獄を解放する。マップと、解放するためのシステム介入用のプログラムは準備してるわ」


「なるほどね」


 ライルは落ち着いた口調ではあったが、心底は穏やかでなかった。軍のやり方を聞いて、一方でこの世界が考えている作戦ことをメイスから耳にして、いかに知らない人が馬鹿を見ているかを知ったからだ。


「……ニシさんよく分かったよ。そういうことなんだね」


 ライルは薄ら笑いを浮かべながら、辺りに聞こえない程度の声で呟いた。


 だから、ボクは子供のままだけれども、


「ボクは大人になることにしたよ」


 ――ユニバーサルポートに戻ると、設備内にはびこる死臭がよりキツくなっていた。今すぐにでも、GENの中に閉じこもりたい気分になる。ライルはすぐパイロットスーツに着替えた。


「この戦いで全て終わりにしてやる」


「いい、意気込みね」


 メイスは苦笑いした。まだ、戦いが続くものだと思っているからそんな態度を取るのだろう。


 けれど、ライルは大真面目でいた。これ以上、アリスの命がなくなることを承知できないのだから。そして、だったからだ。


 次の朝、その次の朝を迎えることなど、もう怖くはない。何故なら、道はもう開けているから。


 ライルとアリスはGENの腹の中に潜り込む。しんとして、真っ暗なその内部は、心を許せば闇に飲み込まれそうになる。


「アリス……大丈夫か……?」


「らいじょぶよ! あたしあ、らうるのみかたよ!」


 アリスは明るくそう答えてみせた。本当に健気で良い子だ。ライルは、自分にはとてもじゃないが、もったいないと思っていた。


「そうか……」


 ライルは寂しそうに微笑んで、アリスの頭を撫でる。そうすると、アリスはとても嬉しそうにした。

 

 これから、彼女の命を使うことになると思うと、ひどく胸が痛んだ。それも、ライルが考えることのために使うのだから、余計に苦しかった。


「ボクのやることを許してくれよ」


 ライルはそれだけアリスに告げた。その時に見つめたアリスの無垢な瞳は、ライルを疑うことなどしなかった。また、ライルは一層、生きることに息苦しさを感じるのであった。


 ――2079年8月31日。


 新しい朝が来た。


 やることは、されることはもう、知っている。下らない、決め事の戦争を淡々と行うだけだ。


 午前5時ちょうど、敵機の虎徹肆式がGENのモニターで捕捉できてから、ライルはGENをスタンバイモードに移行させた。


 そして、GENは搬入ハッチからコロニー内部に姿を現した。まだ、辺りは少しだけ暗い。この暗闇に乗じてユニバーサルポートを攻めるつもりだったようだが、そうはさせない。


 ただ、何だかGENの様子が変だ。どこか遠くを眺めたまた、ぼうっとしているのだから。


『……ライル? どうしたの? 敵はもう来ているわよ?』


「あぁ、そうだね。……そろそろ、やらなくっちゃ」


 すると、GENは起動した。頭部のスリットには紅い光が走り、背中からは白い粒子が噴き出して翼を象った。


 ここまでは、メイスが描いた脚本シナリオ通りだった。ただ、それについて、ライルはこれ以上、つまらない三文芝居を演じ続けるつもりはさらさらなかった。


「ねぇメイス姉。ボクたちは魔法族の代理で戦っているんだよね」


『……不服よね』


「いや、その逆さ」


『……?』


「ボクはね、魔法族の気持ちに立ったなら、彼らはこうすると思うんだ」


 その不穏な台詞は、嫌な出来事を予感させた。


 ライルの体中からは汗が噴き出す。胸の鼓動も早くなっている。ライルは、こんな事をしていいのかと思いながら、悪魔に魂を売る行為を、始めるのであった。


 そして、GENは、ゆっくりと手を伸ばした。それはなんの変哲もないこと。ただ、その向けられた先がまずかった。メイスは事態を理解して、焦りの声を上げる。


『ラ、ライル! バカな真似はやめなさい! あそこにはまだ、何の罪のない人もいる……!』


 何故ならその手ひらは、正規軍支部の方を向いていたのだから。そして何より、メイスはライルが無意味な殺人を犯すとは思いもしなかったし、信じたくもなかった。


 けれどもライルは、メイスの言葉を聞いて苛立ったように言葉を返す。


「バカな真似? その時じゃない? ……何を言ってるのさ。ボクは魔法族の代表として当たり前のことをしているだけだ」


 だってそうだろう。あの場所は、この世界に戦争をはらませるところなのだから。


 それなのに、攻撃したくない理由があるのだろうか。だから、ライルは嫌味を込めて非道いことを口にする。


「それとも、そんなに大佐が好きかよ……!」


『バカ……言わないでッ……! あぁでもしなければッ……ライルたちだって殺されかねなかったの……!』


 メイスは泣きそうな声をしていた。メイスは思う。ライルはこんな事を口にする子ではなかったはずで、優しい子で、いつも自分を慕ってくれていたはずだった。


 しかし、現実は違うし、一方でライルも意に反したことを口にして、メイスを傷つけている事など理解していた。お互いの想いはどんどんすれ違っていく。


 ライルも分かっているら、そんなことを言いたくは無かった。ただそれだけ、シバ大佐を討たないと気が済まなかったのだ。


 きっと、メイスもまだシバ大佐を利用できるのだと思っているだろう。けれど、もう我慢の限界だ。


「メイスの脚本シナリオ真実味リアルさが足りないよ。のらりくらり、戦争をするやつがどこにいる……!」


 その言葉の後に、GENの腕に入っている、いくつもの切れ込みから、次々と淡い紅い光が飛び出して、魔法陣が形成された。


『……ライル、やめて』


 ただ、そんな悲しみの言葉は届かない。


「……アイツらは生きていちゃダメなんだ」


 そうだ、殺せ。


 全員殺してしまえ。


 人類は死んだ方がいいヤツらばかりだから。


「人類は変わらなければいけない。今いるところから羽ばたかなければならない」


 しがらみから解き放ち、悪意を吹き飛ばす。


 そのためのGENなのだから。


「……何も生み出さず肥えるだけならば……お前らはとっととゴミになれ!」


 そして、GENの手のひらから悲鳴のような音がする。次に、真っ白な光線が、向けられた方へまっすぐ照射された。それは正規軍支部に当たると、それを一瞬で灰にし、周囲を無に帰した。


 ユニバーサルポートに向かっていた虎徹肆式たちは、それを茫然と眺めていることしかできなかった。ライルも、それをしばらく眺めたままでいた。


「あぁ、よく燃えてるな……シバ大佐も、そろそろ天に登っただろうか……」


『……どうして?』


「どうしてもこうしてもないよメイス姉。甘いって。指示したからには、徹底的にやらなくちゃ。ボクは、戦いを産む存在を根絶しなければならないと思っているくらいだ」


 メイスは強い虚脱感に襲われる。そうだ、彼をここまでしてしまったのは、紛れもなく自分のせいなのだ。かわいい弟分を、自分がここまで追い詰め、稀代の殺人者に仕立て上げたのだ。


 ただ、それでもメイスはすがるように、気づいたことを口にする。わずかな、優しい心が残っていると、切に思いながら。


『でもライル……あなた……』


「……なんだよ」


『泣いて……いるの……?』


「うるさいな……」


 そう、ライルの声は震えていた。涙は、抑えたつもりだが、どうしてもこぼれてしまったようだ。だから、あたかもそんなものは無かったかのように、流した涙は乾くまで放っておくつもりだった。


 ライルはひどく後悔していた。


 人類は悪いやつだから殺していい。それも、言い訳だって分かっていた。ライルの本心は、ただ逃げたかっただけなのだ。誰もかも殺してしまえば、ボクを縛り付けるものは何もいない。


 いけないことなど、分かっている。だからこうして涙が止まらない。


 けれど、こうでもしなければライルもアリスも助からない。そして、もう引き返せないところまで来てしまっている。


「……もう、ダメなのさ。来るところまでボクは来てしまったんだ。だからさ、メイス姉……」


 ライルの声はまだ震えていた。次に行うことを、恐れているようにも思えた。しかし、GENはあくまで無機質に挙動する。標的へと、殺意を向ける。


「ボクは……お前を殺すんだ……!」


 悪魔の腕はユニバーサルポートに向けられた。戦いを産む存在を、ヤスカワ・メイスの命を消すために。


 嫌な話だけれど、ボクもまた、ダメな大人になろうとしている。

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