第16話 (シイナルート)『今日もあなたと共に』②
こんな事は嘘だと思いたかった。
ライルが人類へ戦いを仕掛け、人々を殺して回ったことを、シイナは受け入れられずにいた。何故なら彼はシイナに戦う勇気をくれた人だ。シイナを変えてくれた人だ。ライルがそんな事をできる人には到底思えない。
シイナは慌てて虎徹弐式のハッチを開き、シイナはコックピットを飛び出す。
「うっ……!」
コックピットを出て直ぐに、周囲から嫌なにおいがした。蒸し暑い空気から生臭い鉄のかおりがして、少しだけ吐き気を催す。コックピット内の清浄された空気とは大違いで、そんな事も知らずに自分は戦いを続けていた事を思うと、少しぞっとする。
そして、目の前にはこの惨劇を生み出した人が、シイナをうつろな目で見つめていた。
「ライル……一体どうして……!」
アズマ・ライル。今や
そしてシイナはライルの腕の中でうなだれているソレについて、分かっていても口に出さずにはいられなかった。
「それ……は……」
「アリスだよ。死んでいるんだ」
ライルは淡々とそう答えて、言葉を止める。もう、それ以上の事を話したくない様子であった。
ライルが言葉を続けない理由について、シイナは何となく察していた。それはアリスが死んでシイナが生かされていることを考えれば分かる。ライルは虎徹弐式を倒せなかったのではなく、シイナを殺せなかったのだ。
「ライルは……こんな結末を望んでいなかったんでしょ……?」
シイナは自分でその言葉を口にして胸が痛くなった。
シイナは戦いの最中に、何処かに居ると思っていたライルに言葉を何度も投げかけた。ライルがその言葉を耳にする度に、どんな気持ちでいただろう。考えれば考えるほど、自分の行為はライルを苦しめていたことにシイナは気が付く。
一方、ライルはシイナの言葉に答えることはなく、黙ったままでいた。恐らくシイナの言った通りなのだろう。しかし、シイナはライル本人から答えを聞きたかった。未だにライルは自分の事を隠そうとするのだから、少し寂しい。
「何とか言ってよ……言わないと分からないよ……」
しかしシイナの言葉は、
「ボクは、人殺しだから」
ライルの一言で一蹴されてしまう。
「人を突き放すような事を言って……」
だがシイナがいくらそんな事を口にしても、ライルは言葉を返さない。諦めた様な表情をして口をつぐんでいた。だが、シイナもこのまま話を終わらせる気持ちは無い。
「私はライルがいたから戦えた……困っている誰かを見捨てない、ライルがいたから……私はっ……私はっ!」
しかし、シイナの言葉も途中で遮られてしまう。
『抵抗するな! お前は既に我々に包囲されている!』
その呼びかけと共に、GENの周囲を囲うようにして
『これから、然るべき所へお前を連れて行く。お前がやったことを考えれば、黙って付いて来てもらえるな?』
ライルは、それを黙って見ているだけだった。視線もどこか遠くへ向けられていて、ライルは目の前にある現実と向き合えていない様に見受けられた。しかし、この状況でも一人だけ、現実から目を逸らさずに立ち向かう者がいた。
「やめて下さい……ライルを連れて行かないでっ……!」
シイナはライルの元へ向かい、両手を広げ、彼を背にして庇うようにした。それを目にした虎徹肆式のパイロットは不愉快そうにする。
『何の真似だ』
それはもっともな言葉だった。だが、シイナはこのままライルを悪人のままで終わらせたくなかった。
「彼には……事情があるんです!」
苦しい言い訳だった。
しかし、本当は相手を納得させられる程の理由があるはずなのだ。そうでもなければ、ライルがここまでの事をする訳が無い。しかし、シイナはそれ以上の言葉を思いつけず、気持ちも汲めず、言葉も引き出せないでいる。シイナは自分の無力さを呪った。
『事情がある……? だとしたらキミは、彼と同じ立場なら同じ真似をするのか? この大量虐殺を』
その言葉でシイナは気圧され、言葉を詰まらせてしまう。シイナはそれを意地悪な問い掛けだと初めは受け取ったが、事実、ライルはその決断をした。そして大勢の人を殺すことになった。しかし、それは強い意志があってのものだ。
ライルの気持ちが分からないと、理解せずに責め立てる事は、ここにいる誰にでもできる。大多数の声にうずもれて、一時の安堵を得て、一人を悪だと決めつける。一人に全てを押し付ける。
簡単な事だ。
しかし、それが何になる。何の解決になる。何が未来に繋がる。
シイナはもう嫌だった。フィリップの後ろに隠れて逃げていた過去。そんな事をもう繰り返したくは無かった。
だからシイナは、
「…………私も、やります」
苦虫をかみつぶした様子ではあったが、シイナは強い口調でこう言い切ったのであった。
――どうして。
何故、シイナがそこまで自分を庇うのかライルには理解できなかった。
『よしてくれ。これ以上変な事を口にすれば、私はキミを罰しなければならなくなる。キミはこの世界を救った、英雄なんだぞ』
虎徹肆式のパイロットがそう告げた。
――そうさ、その通りなんだ。お前は黙っていればいい。ボクの過ちを見届けていればいい。
だけれどもシイナは、
「そんな肩書き要りませんッ……!」
それを力強く否定する。
――何でだ。
こんな悪人は見捨てればいい。
『全てコイツが悪かったんです』
そう言えば済むはずなのだ。なのに、どうしてシイナは声を大にしてそんな事を主張するのだ。
「私は臆病者です……弱虫です……。私がこうなれたのは……」
――何を言っているんだ。
何で自分をそんな風に言えるのだ。折角上がった自分の株を下げるのだ。
全てボクが悪いのに。ボクをダシにすればいくらだって自分の評価を上げられるはずなのに。どうして……。
「……彼と一緒に居たかった、その気持ちがあったからなんです!」
「もう喋るんじゃない!!」
ライルは思わず叫んでいた。
今までにない形相をして、シイナをきつく、叱りつける様に。
――だってそうだろう。
悪はボクで、シイナはそれに対して正しい行いをしたのだから。
彼女には与えられるべきなのだ、
「……お前は……頑張ったんだろっ!」
正当なる、評価を。
そして気が付けばライルは、
「ボクは何もしていない。お前が変われたんだ……泣き虫だったお前が、こんなに強い敵に立ち向かえたんだ……!」
涙が、止まらなくなっていた。
あの泣き虫だったシイナが、ボクを止めてくれたんだ。
ボクにできなかった事を、シイナはできたんだ。
ボクはできないままだったけれども、シイナはできるようになってくれたんだ。
だったら、それはこれ以上なく嬉しいことなのだ。
だから、ライルはこんな事を言い放つ。
「ボクは……やったんだ。ボクがアリスを守りたくて……お前ら人類達を殺したんだッ!」
だからもう、ボクはどうでもいいのだ。
あくまでライルは、この大虐殺を自身の為にやったことだと結論付けた。
ただ……
ライルは視線を手元に落とす。そこには静かに眠りについている彼女がいて、今までの行為が無意味だった事を思い出して、また目頭が熱くなってしまう。
アリスは冷たくなってしまった。もう、彼女はここには居ない。ライルは戦いの意味を失い、生きる意味さえ、もう見出せなくなっていた。
ボクは一体、何だったんだろう。
そう、思っていた時だった。
「ライルは間違ってなんかいない!」
今度はシイナが声を大にするのであった。
「ライル、お願いだから自分の行為を過ちだっただなんて認めないで……間違っていないって言って……!」
こんなにシイナが強く主張する姿を、ライルは初めて見た。
――そんな事は、自分がよく分かっている。だってアリスを守りたかったから、ボクはそれが正しいと思ったから戦おうとした。
だけれども、
「この惨状を見て、誰がボクが間違ってないと言えるんだ……」
ボクが戦う理由なんて、誰にも理解されるはずがないんだから。たかが自分の大切な女の子の為に、これだけの人を殺せるだなんて、誰にも分かるハズがないんだ。
しかし、
「私が間違っていないって言っているじゃないっ!」
シイナは力強くライルを肯定する。
「ライルがどうして戦ったのか、そんな事くらい分かるよ……! 私だって、アリスちゃんと長く一緒にいたんだから! ライルがアリスちゃんと一緒に仲良くしていた姿だって分かるから!」
アリスはライルの大切な人。それを裏付ける光景を、シイナは嫌になるくらい見てきたのだ。遠くから想う人を見つめながら、その横に寄り添う彼女の事を、張り裂けそうな思いで。
「だからっ、私はっ……!」
シイナはライルの方を振り返って、顔を向けた。その表情を見て、ライルは驚いてしまう。
「今……こんなにも涙が止まらないのよ……」
泣きじゃくっているのに、なお立ち向かうシイナは、ライルの胸を強く打った。こんなに意志の強い子だったとはライルは知らなかった。
ボクの知らないシイナがいる。いや、知らないのではなく変わったのだろう。
自力では何もできなかったシイナは、知らずのうちに自分の意思で動く、立派な存在になっている。強い想いは意思を実らせ、彼女の中で
「シイナ……」
「私はライルがどんなに頑張ってきたのか知っている……! この世界の誰もかもがライルを否定したとしても、間違っていないって胸を張って言える! 私が言えるのに、ライルはどうしてそんなに自分の事を否定するのよっ!」
シイナはそう言い切って、息を切らしたのか膝に手を置いて激しく呼吸する。シイナは自分の想いを、全て吐き出したつもりだった。
だが、
「ありがとう、シイナ」
ライルの中ではもう、肚が決まっている様だった。
「ボクは分かってくれる人がいるだけで、十分幸せなんだ」
ライルはもう、それ以上言葉を続けるつもりは無かった。その言葉を聞いてシイナは茫然としていたが、自分達の所へ寄って来る正規軍の兵士に気が付いて、状況を理解したのか、シイナも言葉を口にしなくなった。
事の決着は、もう大人の間では着いていた。もう、いくら何かを口にしても無駄だったのだ。
そして、ライルはシイナに優しく微笑んで見せてから、片手を上げて抵抗をしない旨を兵士に伝えた。ライルはそのまま拘束され、兵士に連行される。頭には灰色のコートをかぶせられ、俯いたままライルはゆっくりと歩を進めた。
地面にはGENに破壊された建物の瓦礫が散らばっている。周囲からは色々な怒号や悲痛な叫び声が聞こえて来る。ライルは自分が犯した罪を、踏みしめながら、浴びながら、歩み続けた。
ただ、ライルはその間ひたすらに、ある事を考えていた。
――どうして、こんな人に自分の事を思ってくれる人に気がつけなかったんだろうか。
悔しくて、悔しくて、ライルは護送されている最中、無表情のまま、つうと涙をこぼした。
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