第12話 魔導動力源彼女《メインエンジンカノジョ》①

  ――2079年8月29日。


「何だぁ……あれ……」


 夜も明けはじめた頃、ユニバーサルポートの一画で異変が起きていた。何かが、地面の中からゆっくりと、ゆっくりと何かがせり上がって来る。


 それを目撃した、とある警備員の男は眉間にしわを寄せた。何が動いているのか暗くてよく見えない。しかし、こんな時間帯に、搬入ハッチを使用する申請など無かったはずだった。男はおかしいなと思いながら、コンピュータの管理記録を確認する。するとどうやら申請が出され、認可されていたようだ。


「ふぅん……」


 警備員の男は疑問に思いながらもそのデータを見て、納得せざるを得なかった。しかし、その承認された時間について確認しなかったのがこの男のミスだった。


 8月29日23時。警備員の男は、そんな夜遅くに承認されたことに、それを自分の勤務時間内に代理操作で承認されたことに気が付かず、呑気にその徐々に姿を現していく悪魔の姿をぼうっと見届けていたのだ。


 次第にコロニー内に陽が差し始めた。コロニーは自然を振る舞うため、わざとらしく東から差す淡い光が、綺麗な夏の朝焼けを映し出す。


 それは次第に大地にうつり、地上にあるありとあらゆるものの姿に赤く、色を着けていく。その過程で、男はようやくその姿に気が付いて、戦慄した。


 その頃にはすでに、全身が見える様になっていた。堂々とコロニー内に足を着けたそれは、人を殺す前だと言うのに、すでにこの空によって真っ赤に染め上げられていた。血染めの天使が、大地に降り立ったのだ。


「ハァッ……ハァッ……!」


 頭がどうにかなりそうだった。


 GENを起動させてまだ間もないが、ライルは息を荒くして、額に汗を流している。パイロットスーツもすでに汗でぐっしょりしていて、身体に張り付いて気持ちが悪い。ライルは今までに感じたことがない圧力プレッシャーを感じながら、GENのコックピットに座っている。


 ただ、この機体を動かすだけなら、こんな気持ちにもならなかっただろう。しかし、この機体はただ動かすだけで消費してしまう。大切な人の、命を。


「アリス……大丈夫か……?」


「だい……じょうぶっ……!」


 大丈夫とは言っているが、少しだけ苦しそうに思えた。ライルはその些細ささいな変化でさえ、胸が痛くなる。


 ライルは脇にあるサブモニターに視線を落とした。そこではGENの稼働状況を確認できる。そして画面の脇では、無機質に時を刻む電子タイマーが、淡々とアリスの余命を報告していた。


 何をしなくても、ただ生きているだけで命は減る。見ているだけで息がつまる様だった。しかし、生きる上で命が消費される事は当たり前の事だ。ただ、可視化されただけで、これだけ無機質で残酷に感じてしまうのは、命について、恐らく考えも向き合いもしてこなかったからだろう。


 黄。


 ぱっと、コロニー内にある掲示物は一瞬にしてその色に塗り替えられた。危険を告げるその色は、一瞬にしてコロニー内の人間を不安に陥れた。


 次に、サイレンがけたたましい音を出す。それはコロニー内に響き渡り、まだ何も始まっていないのに、この世界は一瞬にして世界が終わる一歩手前のようになった。


 コロニー内の住人たちは住居から飛び出して、何が起きたのか分からない様子で、皆はGENを見上げている。


「何だ何だ?!」

「ん? あれは魔導兵器ワイズローダ?」

「お、おい! あれはもしかして『GEN』じゃないのか?」

「バカ言え! そんなもんは存在しないはずだろ?」


 いろいろな声が聞こえてくる。ただ、ライルは何も分からず呑気な事を口にする彼らを見て、無性に腹が立った。


「お前らは何も知らないで……何も考えないで……良いのかよ、ボクはお前らをこれから殺そうとしているんだぞ……?」


 そして、ライルは息を呑み込んだまま、震える手を操縦桿そうじゅうかんの上に乗せた。そう、メイスがライルに与えた指示は、ただ一つ。


「私が終わり言うまで人類を攻撃しなさい」


 ドクンと、胸が大きく脈を打つ。


 どうしようも無いくらいに、不安そうにGENを見上げる人々。そんな彼らを殺せるはずがない。しかし、ぼおっとしている場合ではない。この機体が稼働する限り、アリスの命は使われてしまうのだ。


 やらなきゃいけないなら、早くやらなくちゃ。


 しかし、これから無抵抗な人々を襲う。その恐ろしさと言ったらこの上なかった。何もしない彼らを、理由もなく殺すなんて真似ができるだろうか。


「できるはずがないだろうよッ!」


 ライルが叫んだその時に、はるか遠くに何やら大きな人影らしきものが見えた。それは3つほど、見ればライルの方へ高速で向かって来ている。


『これから所属不明機体の排除を開始します。住民は直ちに避難所へ移動して下さい』


 そんなアナウンスがコロニー内に響き渡った。


 そして、ライルの方へ向かってくるそれは、魔導兵器ワイズローダだった。それは、一昨日ライルが学校の屋上で見た最新機種だろう。恐らく、シリーズの流れで言うならば、あの機体は第四世代の『虎徹肆式コテツヨンシキ』だ。それらは編隊を組み、手には身長程ある槍が握られている。


「ボクを……攻撃する気か?」


 ライルはそう呟いた。もう覚悟を決めるしか無いのだろうか。ライルは操縦桿をぐっと握り締める。しかし、中々それを動かすに至らない。


「これを動かせば……アリスの命はどうなる……?」


 身体の芯から凍り付いてゆくような感覚に襲われる。どうしても誰かの命を行使する恐ろしさを、感じたくないままでいた。


 勿論、今だってアリスの命が減っている事位、知っている。このままではいけない事だって分かっている。けれども、このままでいたい自分がいる。


 しかし、もう時間がない。


 もう虎徹肆式は目の前まで迫ってきている。そして、それらはそれぞれ散らばって、GENを取り囲もうとしている。槍をGENに向けている。このままでは、そのまま袋叩きにされてお終いだ。


 ドクドクドクと脈が刻まれて、頭に大量の血液が流れ込んで、ライルの脳も思考もぐちゃぐちゃにしていく。


 そんな時、ポツリと、こんなメイスの通信がライルの耳に入ってきた。


『ここまで来ても、ライルは変われないままなんだ』


 その言葉は、ライルの心に触れるものがあった。思考を一気に冷やし、そして再加熱させる。


 やかましかった。うるさかった。うっとおしかった。ライルの心に、加速的に苛立ちが募っていく。


 ボクは変われないんじゃない。自分を変えようとすると、いつも邪魔が入ってしまうだけなんだ。だから、どうしてもボクは今のままで居ることしかできないのだ。


 ――けれど、その為にボクはGENに乗ったんじゃなかったのだろうか。


 ライルはそれに気が付いて、一層息苦しさを感じた。


「ボクは……ボクはッ……!」


 ボクはきっと、変われない理由を、いつまでもいつまでも誰かのせいにしている。自分の力で自分を変えられないでいる。今あるもので生き残るために、自分の頭で考えて、何とか解決するための思考を放棄している。


 それを破る為のGEN。けれど、それで変えられないと言うのであれば――


「……分かったよ。ならやってやるよッ……!」


 自分の存在が嘘になってしまうから、だからボクは――


「ボクは……お前等を殺すッ……!」


 ライルの声に呼応して、GENは顔を上げる。顔の正面にあるスリットに紅い光が灯った。そして背中にある噴出孔から、とめどなく白い粒子が溢れ、それは翼を象った。


 これが、GENの真の姿。本物の天使の様だった。


 そして、虎徹肆式たちはその様子を見て一歩引いてしまう。しかし、そのうちの一機が一瞬は躊躇ったものの、槍を構えて再びGENの方へ突撃する。


『ひるむな! あんなものはハッタリだ!』


 GENは方虎徹肆式の方を向くと、あたかもそれを制止させるように手の平を向ける。何のことだろうかと思えば、GENの腕に、輪のように入っているいくつもの切れ込みから、次々と淡い紅い光が飛び出した。そしてそれは円を象って、そこに紋様を映し出す。魔法陣だ。


 そして、その次の瞬間、目を向けられないほどの強い光がGENの腕から放出され、その光が収まると、向かってきていた虎徹肆式はGENの足元でメラメラと炎を上げて転がっていた。


 その様子を見た他の虎徹肆式は、GENと距離を取ったまま、動けなくなっていた。


「……やって……しまった」


 ライルはゴミになった虎徹肆式を見て、ぽつりとそんな事を呟いた。


 その後に、悲鳴。


 コロニーの住民たちがそれを見てから、一斉に恐怖の声を上げながら逃げ回りはじめた。ライルは、ようやく気が付いてくれた事に、何故か安心してしまう。それが人として正常なんだ、と思う。


 そうだ、この機体は天使なんかでも、救世主でも何でもない。恐ろしい程よく動く、人を殺す為に最適化された、悪魔だ。おとぎ話に留めておけばよかったものを、どうしてこんな化け物を作り上げてしまったのだろうか。


 その一方で、


 「アリスの命が減っていく……」


 ライルは息を呑む。見ればサブモニターのタイマーが今までの比にならない程経過していたのだ。そして、アリスはこの世のものとは思えないほどの叫び声を上げている。


 ボクはアリスを食べているに等しい。爪を立て、指を入れて肉を抉り肉を引きちぎり、口に放り込む。そんな錯覚さえ覚えた。


 だから、早く人を殺さなきゃ。


 ライルの思考は、焦りと共に、闇へ沈んでゆく。


 この機体は人を狂わせる。いや、この機体そのものが狂っている。


 ライルはGENの背中に取り付けられている武装を掴み、それを真っ直ぐに構える。


「高周波ブレードなら……最低限の魔法量で戦える」


 それを見て、虎徹肆式は今度は二人掛かりでライルを襲おうとする。しかし、ライルからして目の前に見える有象無象はまるで、玩具オモチャにしか見えなかった。


 虎徹肆式は二機ともGENに向けて槍を構えると、槍に彫り込まれた部分が青く光り出した。どうやら魔法を使うらしい。そして槍の先端から、弾けるような音がしてから、閃光が放たれた。電系の魔法だ。


 とてつもないスピードで放たれたそれは、GENに直撃する。


『やったか……!』


 虎徹肆式のパイロットが声を上げる。しかしよく見ると、GENはその形を保ったまま、キズ一つ付いていない。加えて、周りを何か白いモヤが包み込んでいるではないか。


『翼……?』


 そうだ。GENの翼は伊達ではない。魔法から身を守る為の衣。魔法を打ち消せる、魔法族を滅ぼすために特化させたゆえの武装である。GENは羽休めする白鳥の様に、己の翼で身体を包み込んでいた。


 虎徹肆式のパイロットたちは震え上がった。魔法を使っても意味がないと言うならば、どうしたら良いのだろうか。しかし、悩んでいる間を、ライルは与えなかった。


 ライルは加速装置アクセルを一気に踏むと、GENの両足には魔法陣が幾重にも展開され、機体は空を舞う。


 そして高周波ブレードを構えたGENは虎徹肆式に急接近し、一機を一瞬にして両断すると、一気に機体を旋回させて、もう一機も切り捨てた。


 まさに化け物と言うのが正しいだろう。40年も前に生み出されたとは思えない破格の仕様スペックは、なお今でも最強であり続けていた。

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