第13話 魔導動力源彼女《メインエンジンカノジョ》②

 ――シイナが目を覚ましたころには、既に事が始まっていた。


「何、これ……」


 シイナは家の窓から外を見て、こう呟いた。今まで見た事の無い景色だった。テレビから携帯から外の大型電光掲示板からスピーカーから、何もかもが何かしらの警告を垂れ流している。良く分からないけれど、直感がこう告げている。この世が終わりに向けて動き出していると。


 どうやら所属不明の魔導兵器ワイズローダが出現したらしく、所定の避難所へ移動する指示が出ているらしい。それを知ってから、シイナは急いで家を飛び出した。


 表に出れば、人々が必死になって避難所へ向かって駆けていた。それもそのはずで、遠くを眺めれば、今まで見た事も無い純白の魔導兵器ワイズローダがそびえ立っていたのだから。道は逃げ惑う人でごった返していて、誰もかも指定避難所にあたる各地域の学校に向かっている。


「……ライル、無事でいて」


 シイナは自身の携帯を取り出した。誰からも連絡はない。さっき、ライルへ一年ぶりに送信した、『大丈夫?』のひとことにも、返事がない。シイナは寂しく思いながらも、携帯をぎゅっと握り締めてポケットにしまい込んだ。


 すると、その純白の魔導兵器ワイズローダは背中から白い粒子を噴出したのちに、向かい来る魔導兵器ワイズローダに片手を向ける。


 次の瞬間、閃光が走り、強烈な爆発音とともに熱風が吹いた。街の建物はびりびりと震え、窓ガラスは割れて、人々は悲鳴を上げた。人々はよりパニックに陥る。


 恐ろしい。ただ、今は逃げる事しか出来ない。シイナは人垣を分けて、ただただ前に進む。


「……これは……戦争なの?」


 シイナはポツリと呟いた。今までの生活とはかけ離れた出来事が、突如起こったのだから、シイナだけでなく誰もかもがそれを受け入れられずにいた。厄災の前で人々は、ただ泣き叫び、怒りや悲鳴を上げる。赤ん坊と同然だった。


 そして、次の瞬間のことだった。


「……え?」


 目の前に何かが落ちて来る。そして、衝撃が地面に走って、地震動のようなものがしばらくあった。シイナはその時、咄嗟に目を閉じて身をかがめていた。そして再び見開いて、正面に広がっている光景を目にして、


「あぁ……」


 シイナは力なくその場にへたり込んでしまった。


 目の前に落ちてきた物は灰色の鉄塊。魔導兵器ワイズローダの上半身。それは物理の法則にしたがって、落下してからずるずると地を這っていった。つまりは、その下敷きとなった人々は、ローラー式にぶちぶちとつぶされていったのだ。


 地面には瓦礫がれきと血のりと潰れた肉塊にくかいが、一直線に引き延ばされて描かれていた。それは、シイナの目の前で起きた出来事だった。


 嫌なにおいがした。鉄分と埃のかおり。追って、蒸れた空気が肌を撫でる。


 また悲鳴が一層強くなった。しかし、声が大きくなっても、事態は変わらない。恐怖は皆へ平等に分け与えられた。そして、シイナはその場で震えあがる事しか出来なかった。


「誰かッ! 誰か助けてくれ!」


 近くで困っている人がいる。ふと考え無しに振り返ってから、シイナの身体の芯は一気に冷え切った。よく見れば、その叫ぶ下半身は潰れて無くなっているではないか。シイナは思わず目を伏せる。


 シイナは現実を逃避するため、また携帯を見る。まだライルから連絡はない。余りの虚無感に、シイナは携帯を強く握り締めて、目を瞑ってそれを額に当てる。


「……ライル……怖いよ……助けてよ……」


 何かにすがるしかなかった。そうでもしなければやっていられなかった。


 しかし一方で、逃げてばかりの、変わらないままの自分が居る事に気が付いて、自分の弱さに悲しくなった。


『シイナは変わったよ』


 ふと、昨日にライルから告げられた言葉を思い出す。


 あの言葉はきっと、変われないでいる自分に対する皮肉だったのだろうと、改めて思った。フィリップに自分が逃げる様になって、変わってしまったと言ったのだろうと思った。


「……私は……私は!」


 そんなつもりではなかったと、言える時はもう既に過ぎていた。フィリップと出会う前の頃に戻れたら、と切に思った。今あの時をやり直せたら、きっとこんな時、ライルは傍に居て、一緒に逃げていたのだろうと思ってしまう。


 でも、彼は今ここにいない。


 それは自分の所為せいだと、分かっていても簡単に片付けられるものでは無かった。


 その時、シイナは、ふと思う。


「……私は何を今までライルにしていたんだろう」


 彼にすがるばかりで、何もできないからと決めつけていた。


「私はいつまでもライルから何かを貰ってばかりで……何も、していなかった」


 胸の奥底が、ずきりとした。


 自分の為にしてくれた事を、自分は何も返せてはいなかった。求めてばかりだった。昨日の行為も、押し付けでしかなかったのかもしれない。好きでもない人に向けられる好意は、相手から見たらどうなのだろう。


 だから、こんな事になったのかもしれない。


 またシイナは胸を痛めた。けれど、これ以上、このままでいる事も嫌だった。


「……今からでも、遅くはないのかな」


 そうだ、自分の所為として片付けてはダメなのだ。


 シイナは足に力を入れる。


 自分自身がしたい事。そのためにできる事。それを成すために考えることは、シイナにもできるはずなのだ。


 シイナはゆっくりと腰を上げる。


 頭があるのだから。人として生きているのだから。だとしたら、それを実行する為に必要なものは自分の意志だけだ。


 そして、シイナは純白の魔導兵器ワイズローダを見つめて呟く。


「変わらなくちゃ」


 シイナは意を決して立ち上がる。


 圧倒的な戦力差を見せつけられて、諦めて逃げ出していた昔とは違う。それをライルに見せるため、彼女は動き出す。



 ――その頃、ライルは必死に心を落ち着かせるようにしていた。


「ボクは……一体何をしているんだろう」


 自分のせいで多くの人が死んだ。そんな事は嘘だと思いたかった。しかし現実はここにある。地面に描かれた殺戮さつりくの情景は、見たライルの心を強く揺さぶった。アリスの命を使って得られた結果は、この大虐殺だった。


 胸の動悸がおさまらない。精神こころが安定しない。気持ちを鎮静ちんせいする薬があるなら飲みたい位だ。今すぐこの風景を忘れてしまいたい。


 現在、GENの背中の羽は消え、高周波ブレードも背中に収めていた。ライルは戦闘が終了してから、GENを直ぐにスタンバイモードに移行させていた。スタンバイモードと言えども、歩いたり、腕を動かしたり、基本的な動作はできる。


 何故そんな事をライルはしたのか。


 ただ、嫌だったからだ。GENがジリジリとアリスの命を削っていくことが、ただ怖かったからだ。


 しかし、スタンバイモードでも多少はアリスの命が奪われてゆく。その様子を見ていて、ライルはもどかしくて仕方がなかった。


「メイス姉……まだ終わらないのか……」


『まだダメよ。政府との交渉が終わらないの』


 そのメイスの返事に、ライルは何も返す気が起きなかった。


『そのまま演じ続けて』


 ライルは歯を食いしばった。これ以上、何をしたらいいのだろうか。これ以上の事をして、何があると言うのだろうか。


 自分には分かる。一方的に攻撃される者の、痛みと恐怖が。何をされたら怖くて、どうしたら相手が嫌な思いをするのか。逆に、そんな事を知った上で尚更ひどい真似ができるはずがなかった。


「……ボクはそんなつもりでこの機体に乗りたかった訳じゃないのに」


 しかし、何かしらアクションを起こさなければならない。ライルは仕方なしに街を徘徊はいかいすることにした。


 無意味に鳴り響くサイレン。いくらGENが動いたとしても、この世界が何も対応する訳でもない。つまり、悪魔を放し飼いにしたままでいる。まるで狼に生贄を差し出しているかのようだった。


 ライルは操作に集中しようにも、どうしても頭が疲労でふらついて、建物を踏みつけてしまう。その拍子に、たまに叫び声が上がって、ライルはそれに気が付いて、頭の中にひゅんと刺激が走って、また神経が衰弱した。


 踏みつけたものを、見直す気さえ起きなかった。


「アリス……大丈夫だ。大丈夫だからあと少しだから持ちこたえてくれ……」


 ライルはアリスに元気を出すように声を掛ける。しかしアリスからは返事が無かった。ただ聞こえてくるのは苦しそうな吐息だけ。ライルはもう、祈る事しかできなかった。


「早くこんな事は終わってくれ」


 ただひたすらに、そんな事を呟きながらライルはGENを操縦する。


 頭がおかしくなりそうな状況の中、ライルはふと、ある事に気が付く。視線の先、そこにライルの通う高等学校が見えた。そして、そこへ向かうある人影が見えたのだ。


「……フィリップじゃないか」


 金髪の青年。普段は余裕たっぷりの彼も、この時に限ってはかなり焦っている様だった。そしてライルは、その出会いに何か運命的なものを感じてしまう。GENはその姿に惹かれる様に、歩を学校へと進めていった。


 そして、GENが学校の目前にたどり着いた時、そこに避難していた人々は青ざめた表情をして、校舎の窓に張り付いていた。ただ、ライルはそんな有象無象など目にも留まらなかった。校舎へ必死に向かうフィリップの後ろ姿しか見えなかった。


 学校の校門は多くの人が押し寄せていて、入口はぎゅうぎゅうに詰まって、フィリップは中々学校内に入れずにいる。加えてGENがやって来たことから、皆はかなり焦っているように見受けられた。


 そんな光景を見たライルは、不意にこんな事を口にする。


「……今ここで、これを攻撃したらどうなってしまうんだろう」


 そして、直ぐにライルはハッとして我に返ると急に恐ろしくなった。自分は何てことを考えているのだろう。狂った思想が、自分の精神を冒し始めている。


 しかし、ライルは人類を攻撃するように使命を受けている。誰かしらを殺せと言われている。その前に、もう既に幾多いくたの人間を殺してしまっているのだ。その内訳の中に、たまたまライルが憎む人間が混ざっていただけのことだ。


 ライルの額から汗が垂れる。息が荒くなる。操縦桿を握る手の平は冷え切って、もはや誰のものか分からない。


 そして、ライルの頭の中に悪魔の声がささやく。


 や れ 。


 ライルは必死に頭を振って、その声をかき消そうとする。しかし、その声は頭の中に焼き付いたようにして離れない。


「やめろ、やめろ、やめろ、やめてくれ……こんな事は……もう沢山だ……」


 しかし、GENの身体は静かに前へ歩を進める。設定した目的地に自動的へ勝手に身体が動いているのだ。ライルはそれを止めることができる。だがライルは現状を維持したままで、それを止める事をしなかった。何故か。


 口で言っている事と、本当にやりたいことは違うんだ。


 今までライルは惨めな思いをしてきたのだ。いじめられ続け、自分の好きな事は自由にできず、居場所さえ奪われたのだから。それを、たった一人の人間の圧力で、羽根切りされて、何もできなくなってしまったのだから。


 そんな残酷な事をするのだから、分かっているよな。


「そうさ……だったら、それをされる覚悟だって……あってのことなんだよなぁッ……!」


 ボクはヒーローでも何でもない。


 ただの、人だ。


 だからこんなに弱くって、こんな真似をする。


「だから神様はボクから魔導兵器ワイズローダを遠ざけた……だから悪魔はボクに魔導兵器ワイズローダを授けたッ……!」


 呪うなら悪魔を呪え。


 GENは電源の入っていない高周波ブレードに手を掛ける。そして真っ直ぐそれを構え、振り降ろそうとした、その時だった。


『……降伏しなさい。こんな事をしても、魔法族に未来はない!』


 声が、聞こえた。


 そして、その声は聞き覚えがあった。


「なん……で……?」


 ライルはその声を聞いて、固まってしまった。GENはその声が聞こえてきた方向を向くと、そこには灰色の魔導兵器ワイズローダが立ちはだかっていた。


 それは虎徹肆式とわずかに似ているが、少しだけ外装フレームが多いのと、機械品のサイズが大きいのか大柄になっている。


虎徹弐式こてつにしき……旧世代の機体……あんなのを正規軍が使うわけが無くて……あんなものがあるのは……」


 すると、虎徹弐式のパイロットはスピーカー越しにこんな事を口にする。


『聞いてライル! もし、生きていたら私のところに来て! 学校から拝借してきたわ!』


「シイナ……お前……何でッ!!」


 そう、その声の主はミツビ・シイナ。そして、虎徹弐式はこの学校が保管している訓練機だった。


『ライル……それまで私が繋ぐから……一緒に戦って!』


 ライルは震えあがった。なんてことを言ってくれるのだろうか。その当の本人は目の前で、その倒すべき機体に搭乗している。シイナのところには、彼は来ない。


「馬鹿野郎がッ! そんな機体でGENを止められる訳が無い!」


 どうして、今になってそんな事になるのだろうか。


 ライルはきつく目をつぶった。ライルが望んでいた世界は少しずつ時差をもって、すれ違って、こんな悲劇をもたらした。


『私がこの学校を守るんだ……!』


「止めろよ……投降しろよ……この兵器の危険さを理解してくれよ!」


 しかし、ライルのつぶやきも虚しく、虎徹弐式は槍を構え、脚部のバーニアを吹かしてGENへ突進を仕掛けてきた。対してGENは電源の入っていない、なまくらの高周波ブレードを正面に構える。


 GENが起動すれば、こんな虎徹弐式など相手にならない。一瞬で撃破できる。しかし、ライルにはそれができない。何故なら相手のパイロットは、


「ボクたちの仲間なのにッ……!」


 ライルにとって大切な人だから。


 もう、悲しみに暮れている時間はない。戦いの火蓋は切られてしまった。物語は始まった。両者の機体が、それぞれの想いを持って激突する。

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