第10話 原点にして頂点⑤

「ライルはさ、どうして魔導兵器ワイズローダに乗りたいと思ったの?」


 メイスは不意に、そんな事を問いかけてきた。メイスはじっとライルへ視線を向け、何かをうかがうようにしている。それは、何だか試されているような気がして嫌な気になった。


「それは……魔導兵器ワイズローダがかっこいいからだ。そして自分の好きなそれを自在に扱える、自分の力を皆に認めて欲しいからだ。けどさ……」


 ライルはそれ以上の事を口にできなかった。


 GENの構成を知ってしまった今では、そんな事を堂々と言い辛くなってしまった。自身の考えが自分勝手に思えてしまったからだ。


「良いのよ、口にしたってさ。自分が正しいと思えば、それが正になる。間違いなんてない」


「メイス姉……」


「私はね、こう思うの。やるべきことは、やりたい人がやればいい。その人が望むようにしてあげることが、一番みんなが幸せになるんじゃないのかなって」


 メイスの気持ちはライルも共感できるものだった。しかし、メイスにはその言葉を口にできる資格があって、ライルにはない。その立場に至っていない事にライルは少し寂しく感じたが、一方でメイスがライルに近い立場で物事を考えてくれている気がして、嬉しかった。


 その態度に憧れて、ライルはメイスの後ろを追いかけた。メイスは決して驕ることは無く、常に寄り添ってくれる優しい人なのだ。信頼に足りる人なのだ。


「一方でさ」


 そんな人だからこそ、メイスがこんな事を口にするなど思いもしなかった。 


 メイスは一拍挟んでから、口を開く。


「なりたくないのに力を授けられた人はどんな気持ちで生きているか、分かる?」


「……え?」


 今まで見ていた世界が、がらりと変わってしまうような気がした。


 何故そんな事を口にするのだろうか。何故いまさらそんな事を言うのだろうか。だってそうだろう。その問い掛けは、『なりたくないのに力を授けられた人』というのはメイス以外の他に考えられないのだから。


 つまりは、


「何だよ……メイス姉は……魔導兵器ワイズローダに乗りたくなかったのか?」


 不意を突いたようなメイスの言葉は、メイスはライルへ伝えていた想いを平気でひっくり返したのだ。


 ライルはメイスの顔をまともに見ることができなかった。何故ならメイスは余りに平然としていたからだ。今まで通りの優しい顔をしていたからだ。ライルはメイスから今からでも嘘だと言って欲しくて、その一方でそんな事を口にする様子が一切見受けられなかったからだ。


 そうしたら、メイスは淡泊にもこう告げたのだ。


「うん。私、嫌だったんだ」


 メイスの一言で、ライルの胸はきつく押さえ付けられた気がした。


 ライルは混乱するばかりで、状況を飲み込みたくても飲み込みたくなくて、ただ、それを聞いている事しか出来なかった。


「でも私には力があって……力がある人はそれを行使する責任があって……本当に辛かった」


 メイスはまるで自分が被害者だと告げている様だった。その言い回しは、さながら悲劇のヒロインのようだった。自分の良さは全く以って迷惑な事で、呪いのように感じていたのだ。そしてメイスはダメ押しするように、


「ライルはさ、よくこんなモノに乗りたがるよね。人を殺す為の機械にさ」


 ライルが憧れていたものは、そんなものだと言い放ったのであった。


 寒気が止まらなくなった。今まで向けられていた温かさをひっくり返されたのだから。もう、あの時のメイスは居ない。いや、初めから居なかっただけなのだ。


「なら何で……ボクに、メイス姉が言うそんなモノへ乗せる事を教えたんだ……!」


「代わりを探していたの」


 意味こそ解らなかったが、何だか核心を突いてしまった気がして、ライルの胸は一層と苦しくなった。


「それは……どういう事だよ……!」


 ライルがそう告げた時、昇降機はGENの胸元付近に到着する。メイスはライルの話を無視して、昇降機から出て行ってしまった。


「ここにいる職員達が殺されている事。私がライルを招待した事。こうしてGENの近くへ近づいている事。分からないことだらけだと思う。でも、付いて来れば分かるわ」


 ライルはメイスの言葉通り、その後ろを付いて行く。ライル達はGENの正面に架けられた橋を渡り、GENの正面に向かう。改めて近くで見ると迫力がある。


 二人はGENの正面に立って、歩を止めた。そしてメイスはライルの方を向き、こんな事を問いかける。


「この世界をライルはどう思う?」


「終わってると……思う」


 ライルは自身の置かれた状況から、率直な感想を述べたつもりだった。するとメイスは感心した様に、こんな返事をする。


「流石はライルね。確かに、私達の生きている世界は終わっている」


「……どういう意味だよ」


 少し、会話が噛み合っていない気がした。メイスの発言は、ライルが思っている事よりも、規模の大きい出来事に思えたからだ。するとメイスは、ライルの想像を超えたことを話し出す。


「私達が生きるこの世界に脚本シナリオがあるとしたら、どう思うかな? それはある意味、終わりのある世界だと思うけれど?」


 ライルは思わず固まってしまった。この人は一体何を言っているのだろうかと思ってしまう。


「それは、冗談……?」


「冗談じゃないのよ、これが。安心安全。より良い世界。それは誰もが望む事。けれど未来は不安定で、明日でさえ、どうなるかなんて分からない。なら……そうなる様に制御してあげればいいだけだと思わない?」


「そりゃあ……そうかもしれないけれど……でも、どうやってそんな事をすればいい?」


「だからこそ、未来を執筆すればいい。政治的に力のある者同士が集まって、ああしたいこうしたいと、未来を決めごとにすればいいだけの事。でも人間同士で政治すれば互いに不都合が出る。そんなのは嫌だよね。なら責任を押し付けられる様な相手が居ればいい。でも、犬や猫や猿にそんな事をさせられない。人と変わらない知性のあるものでなければならない」


「……それが魔法族って言いたいのか?」


「その通り。人類と魔法族の戦争が特に分かり易い。どうしてGENが製造できたか、よく考えれば分かるはずよ。戦争を起こされてから、魔法族に負けそうな状況で、一万人も魔法族を確保して虐殺できるはずがない」


「まさか……魔法族に戦争を起こさせてから、仕込んでおいたGENで制圧した……?」


「そうよ。そして結果的に、それをする事で出来たことがあるでしょう」


「魔法族の……家畜化か……」


「戦時中に魔法族が人類に行った行為は確かに酷いものだった。いや、そうさせたのかもしれない。つまりは、そんな事をしたからには、戦争に負けた魔法族はマトモに生活できるハズがない。理由を付けて、難癖を付けて、魔法族は人として生きる権利を失った」


 つまり、魔法族は造られた頃から、利用される為に生きてきた。それを考えると、設計者の悪意が垣間見えて吐き気がした。


「そして、今度は魔法族がGENを使用して、革命に成功する物語になるわ。人類を救った兵器が、今度は人類を滅ぼすなんて酷い皮肉でしょう。……しかしまぁ、ここまでの文化を築き上げられたのは魔法族の命あってのもの。今度は魔法族は己の命を削ることを恐れ、生活を維持できなくなり、その後の戦争で魔法族はまた制圧される。今回はそんな、物語になるって訳」


「でもさ……どうしてまた、戦争なんかする必要があるんだよ! もう、沢山じゃないか……魔法族にこれ以上また悲惨な想いをさせて何がしたいんだよ!」


「私も嫌よ。でも人類のトップがそう言うのだから、仕方のない事。彼らの言い分は、定期的に戦争をしなければ、追い詰められなれば、人は停滞し腐っていく。戦争は常に最善を産み続ける。戦争とは、科学、政治、経済、多岐に渡って、人の生存本能をトリガーに、進化を促すものなのよ」


 狂っている。人類のトップが平気でそんな事を考えると思うと、恐ろしくてたまらない。


「だから私達はね、これから戦争を起こすの。この、GENを使用して人類を制圧する。その役目が本当は私だったんだけれども……それはやりたい人にやって欲しくて……」


「だからってそれをボク押し付けるって言うのか!!」


 ライルは反射的に叫んでいた。メイスが言っている事は滅茶苦茶で、筋の通らない話だった。そんな無責任な事を言われて、ライルがそれをまともに請け負う筈がなかった。しかし、メイスはその言葉を受けて一気に瞳を潤ませて、悲痛な声でこんな事を言いだした。


「私だって押し付けられたのよ!! ……ライルも私も変わらないの。私だって……私だって……好きでそれを決めたわけじゃないのよ……!」


 どうして、どうしてこんな事になってしまったのだろうか。やり場のない怒りが、ライルの中で燻ぶっている。


 こんな事、どうして早く話してくれなかったのだろうか。いや、話せるわけが無いか。しかし、メイスはいつそんな事を依頼されたのか分からないが、そんなもの、死刑を言い渡されたようなものだ。余りにも責任が重大で、内容が重すぎる。


「ライル……ゴメン……情けないお姉さんだって分かっていても、どうしてもライルに頼ってしまった。誰よりも魔導兵器ワイズローダが好きなライルならって思ってしまった……!」


 そう言ってから、メイスはライルに抱き付いて、泣き続けた。


 泣きつくな。喚くな。ライルは心の底からそんな事を言ってやりたかった。自分の憧れだった存在は、もうここにはいない。


 けれど、メイスの気持ちは痛い程分かってしまうのが辛かった。誰しもこんな役目をやりたくないに決まっている。


「どちらにせよ……将来的な人類の繁栄のために、人類を裏切って魔法族に加担しろってことか?」


 必要悪になって、人類へ歯向かう事。それがGENに乗る条件だった。


「……ふざけんなよ! そんな事を誰がするかよッ……!」


 ライルは怒りで手が震えていた。


 追い詰められると人は何を考えるか、良く分かった。自分が助かる為に責任を押し付け合うものなのだ。


 一方で、メイスは困っている事には変わりない。ライルもそれを承知している。そして、メイスの願いを断ることは、メイスを見捨てようとする事と変わらない気もした。メイスも無理難題を吹っ掛けられた一人なのだ。最早、何が正しくて、何が正しくないのか、ライルにはもう分からない。


 すると、メイスはこんな事を言いだした。


「でも、ライルにはきっと断れないわ」


「どうしてッ……!」


「順を追って説明するわ。この機体にはコックピットが二つある。一つの座席は操縦者パイロットの物。もう一つは魔法族が座るところなの。普通の魔導兵器ワイズローダは動力源に魔法石を使用するけれど、GENはいかんせん仕様が古くて……使


 その為に設けられた二つ目のコックピット。魔法族を乗せて、この機体をコントロールする為のモノ。しかしそシステムには致命的な問題がある。


「GENを操縦するには、魔法が使えなくてはならない。身体に魔導回路が構成されていなければならないわ。しかし、困ったことに魔法族は成人する前に命を絶たれてしまう」


 魔導回路が体内で構築された魔法族などが居れば、人類はまともに太刀打ちなどできまい。そのせいで、人類と魔法族は戦争をした際に、人類は圧倒的に不利になったのだから。その為に魔法族は管理して育てられ、若くして殺される。しかし、


「ライル。バレずに魔法族を育てるには、どうすれば良いと思う?」


 メイスはそれを覆す問いを投げかけてきたのだ。


「分からない。と言うよりも、そんな方法があったら……」


「『かっこう』よ」


「かっこう? 鳥の、かっこうか?」


「そう、鳥のかっこう」


「……良く分からないな。それに何の意味がある?」


 メイスは少し俯いた。ライルから目を背けて、こんな恐ろしい事を口にする。


「ライル。托卵たくらんって言葉を知っているかしら? かっこうはね、他人の巣に自分の子を産むの。そして巣の持ち主のヒナより早く生まれてから……」


 メイスは一度息を吸ってから、一拍置いて、こう、言い切った。


「かっこうのヒナは『持ち主の卵を巣の外へ落とす』の」


 ライルの頭の中に、衝撃が走った。


 同時に、いろいろな事を考えてしまう。


 魔法族は十代の後半から次第に魔導回路が構築されること。かっこうは他人の巣に自分の子を産みつけて、他の子どもを殺す事。


 本当は信じたくもないのだが、メイスが告げたその言葉の意味を手繰っていくと、どうしても一つの答えにしか結び付かなかった。


 ライルは震える声で、恐る恐る、たどり着いた答えを口にする。


「もしかして、あの学校内に……魔法族が紛れていた?」


 嘘だよな。


 ライルはそうだと言って欲しかったのだが、希望は叶わなかった。


 メイスはライルの問い掛けに、小さく頷いたのであった。


「嘘だろ……一体誰が……」


「見た方が早いかもね」


 その言葉の後に、急にGENのコックピットが音を立てて開く。メイスはライルの手を引いて、その中へと向かう。


 まだシステムの電源が入っていないのか、少し薄暗い。内部は狭く、ようやく二人が入れる位だった。正面にはシートがあり、恐らくここに操縦者パイロットが座るのだろう。しかしそれは一人用だ。では、動力源の魔法族はどこに座るのだろうか。


「魔法族の人がこの裏に座れるようになっているわ」


 そう言われて、ライルは暗がりの中で目を凝らす。シートの裏に無数のケーブルが垂れ下がっているのが見えた。そしてその奥に、何やら人影らしきものが見える。


「……誰だ、お前は」


 その問い掛けに相手は答えることは無かった。その一方ですすり泣く声が聞こえてくる。それは、女性のものだった。


「…………?」


 ライルはそれを聞いて訝しげな顔をする。この声は、どこか聞き覚えがあった。つまりは自分の知っている誰かだと悟って、ライルの額からじわりと汗がにじむ。


 だから、嘘だよな。


 ライルはメイスを押しのけて、前に乗り出す。その声の主の方へ近づけば近づく程、胸が高鳴って、息が苦しくなっていく。何故ならもう、分かってしまったから。


 そして、その人影をライルは目の前にして愕然とする。


 なぜこうなったかは、理由も経緯も分からない。ただ、目の前にあるものは事実で、変わりようの無いものなのだ。


 色白で、細身で、小さくて、ふわふわとした金髪を持つ彼女は、


「お前まさか……アリスか……?」


 紛れもなく、ヒダテ・アリスだった。

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