第6話 原点にして頂点①

 ――ボクは何をしているのだろう。


 初めは純粋な疑問からだった。


 ボクの頭は今、ぼうっとしている。脳には定期的にひゅんとパルスが走る。それは少しくすぐったくて、気持ちの良いものだった。胸はしきりに脈打って、少し興奮しているようだ。現状については、良く分からない。


 次第に景色が見えて音が付いてきた。五感の情報が後付けされていくので、それを順に追っていくことにする。


 目の前に映し出されたスクリーンの中で、自分側から伸びている白い機械腕マニピュレーターがしきりに動いていた。


 向かい側には、ボロボロになった汎用機の魔導兵器ワイズローダがいて、胸部の装甲は剥がれてコックピットはむき出しになっている。


 白い機械腕マニピュレーターは、そのコックピット目がけて拳を振り上げては下ろし、拳を振り上げては下ろしていた。


 無機質に、淡々と。


 見れば、拳を下ろす度にそのコクピットからあかい液体がぴゅうと噴き出している。


 それで、理解した。


 ボクは死体を殴り続けているのだ、と。


 それに気が付いたが、不思議とぞっとしなかった。動かなくなった相手を攻撃する必要性も疑問に思わなかった。ボクは無我夢中になっているのかもしれない。


 魔導兵器ワイズローダの胸部周りに、あかの飛沫がかかる。あかが流れて筋を描いて、灰色の身体は徐々に痛みで彩られていく。


 拳を下ろす度に、衝撃で相手の魔導兵器ワイズローダ動力装置アクチュエータが刺激されて、機体が痙攣する。無機質な機体が、感情的な挙動をする。


 ボクはそれに魅入っていた。まばたき一つできなかった。何もかもが混ざり合った感情が頭の中を渦巻いて、意識を制御できないでいる。


『もう……止めて……!』


 ボクの頭の中に声が響く。


 関係ない。


 ボクの邪魔をする事を、誰にも許すつもりは無かった。


 その感情の理由わけを思い起こして、少し、今の気分を理解した気がした。


 ボクがこの魔導兵器ワイズローダを殴り続ける理由。


 それは、次に見えるときには、『彼女ソレ』が跡形もなく消えて欲しいと思うからだ。


 それが二度と見えなくなって欲しいと思うからだ。今その手を止めれば、見えてしまうかもしれないから。


『お願いだからっ……!』


 関係ない。


 ただ、その言葉でボクは、殴る度にぐちゃぐちゃになっていく『彼女ソレ』を思い浮かべて、ひどい嫌悪感に襲われた。


 けれども、それも今更だ。


 コックピットの中はよく見えないが、とろとろになった『彼女ソレ』の体液が溜まっている。


 もう、そろそろだろうか。いや、まだだ。まだ、殴り続けなきゃ。


 殴る度、頭にひゅんとパルスが走って、脳が刺激される。


 疲弊していく心と、とろけていく脳。


 次第に感覚が麻痺して、何が何だか分からなくなって、ボクは全てを流れに身を任せることにした。


 だからボクは終わりなく、何度も『彼女ソレ』を殴り続ける。


 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も 、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も 、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も 、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も 、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も 、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も 、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も――


 ――2079年8月28日。


「……ハァッ……ハァッ」


 ライルは目を見開いたままでいた。意識が覚醒したことを理解して、息を整えはじめる。


 時計を見れば日付はもう変わって、朝日がカーテンから差し込んでいた。


「……夢、か」


 ライルは深くため息を吐き、そして安堵した。ぐっしょりと濡れたシーツを見て、どれだけ自分がうなされていたかを知る。身体はわずかに震え、頭がふらふらする。


 あんなものを見たから、嫌な夢を見てしまったのかもしれない。


 メイスから渡された『GEN』のデータ。その情報はライルの感情を強く刺激した。


 『GEN』。それは人類と魔法族との大戦時、人類を救ったその魔導兵器ワイズローダだ。その機体は大戦後に廃棄されたと報告されていた。その機体は平和の象徴である一方で、平和条約の規定から大幅に外れた能力を有するからだ。誰かの手に渡れば大変なことになる。


 ライルも、そんな物はもう存在しないと思っていた。在ってはならないものだとも思っていた。しかしライルはその存在を証明する招待状を受け取ったのだ。


「……ふぁ~あ」


 時間と場所は変わり、ライルとアリスはいつも通り二人で学校へ向かっている。ライルはずっとうつろな目をして、しきりに欠伸を繰り返していた。


「どしたのライル? 相当眠そうだけど大丈夫?」


「……あぁ、大丈夫だよ」


 そんな事はなかった。眠さはもう限界で今にも倒れそうだ。


 昨夜確認した、『README』と名付けられたテキストファイルの中身を思い出すだけで、胸がバクバクする。あんなコトを聞かされて、平然として居られるはずがなかった。


 メイスは『GENに乗せてやる』と言い切った。悔しいが、ライルの中に残る、夢の種火がまた息を吹き返してしまっている。


 しかし、何故ライルがGENの存在を知り、見る権利があるのか。誰にも知られてはならない存在が、何故こんな一般人に公開されているのか。


 分からない。ただ、行けば恐らく分かることだ。そしてライルからすれば、ライルの夢を潰そうとするフィリップの目論見が失敗する事が、何よりも滑稽だった。


 ライルはメイスの所へ向かう事を心待ちにする。早く時が過ぎてくれと、強く願う。


 ライルは考えている間、ずっと不気味な笑みを浮かべていたので、それを見たアリスは不安そうにする。


「どうしたのどうしたの! なんか今日のライルは変だって!」


「寝不足なだけだ……心配するな……」


「……はっはーん、さては私のセクシーバディーに興奮して寝れなかったな? このオオカミさんめ!」


「そうしたらボクは毎日寝不足だし、そもそもクソガキ体型のお前にそそられるヤツなんかいない」


 それを聞いたアリスはショックを受けた様子だった。次に少し涙目になって、頬を膨らませて、アリスはライルを指差して反旗を翻す。


「……それでも一緒にお風呂に入っていた時はチラチラ見てたクセに! 興味はあったクセに!」


 ライルは思わず吹き出してしまった。更には周囲の人々ももライル達をみてざわつき始めたので、ライルは慌ててアリスを制止する。


「いつの話をしているんだお前は! ……そもそもあれはそーゆー目で見ていた訳じゃない! 目のやり場に困っただけだっ!」


 確かに十歳にもならない位はライルはアリスと一緒に風呂へ入っていたが、ライルはそんなことは当時は当たり前だと思っていた。


 しかし、成長するにつれて、ライルはだんだんとそれが当たり前ではない事を知る。そして次第にライルは恥ずかしくなっていき、その頃にアリスを意識して見てしまったのだ。


 だから、アリスに気が向いてしまったのは事実だ。指摘されると、めちゃくちゃ恥ずかしい。やはりアリスは、抜けているようで侮れない。


 ただ、一緒に入ったのはアリスどころではない。お姉さん役のメイスを陣頭に、セリアやシイナとも共にしている。


 ライルはそれを思い出して顔を真っ赤にする。ライルは、セリア達がいない事を願いながら辺りを見渡した。


 全く、余計な事をアリスは言うものだとライルは思う。


「いいか、アリス。こんな話をセリアに聞かれたりでもしたら、セリアは恐らくボクに理不尽な暴力を浴びせるだろう。いつもそうだ。ボクが言った言わず関係なく、ボクの関わる記憶がセリアの頭をかすめた瞬間に、ボクは不条理にも殴られ……」


 ライルはある事に気が付いて言葉を止める。アリスの真後ろ。そこには少し顔を赤らめて、ライルへ視線を向けるセリアがいた。


「ぎゃあ!」


 余りに急な出来事なので、心臓が飛び出すかと思った程だ。ライルは悲鳴を上げると、目をつぶって両手で身を守る体勢を取る。


 殺される。


 そう思っていたのだが、中々身体に痛みが走らない。ライルは恐る恐る目を開くと、セリアはただ立っているだけで、それどころかこんな言葉を口にしたのだ。


「お、おはよう……ライル……!」


 ライルはキョトンとした。さっきの会話を聞いていなかったとしても、セリアが自分からライルに絡んで来ることなど、ほとんどと言っていい程ないからだ。


「…………偽物か?」


 ライルはつい、ポツリとそんな事を呟いた。


 すると途端にセリアの表情はいつもの凶悪なものに変わってゆく。


「へぇ、失礼ね……それはどう言う意味なのか、ライルが身をもって教えてくれるのかしら……?」


「分かった、分かった、分かった! その拳をお納めください! ただボクは、お前から普段無い挨拶が飛んできて驚いただけだ!」


「そう。ならいいけど」


 ライルは目をパチクリする。


 え、もうおしまい? おとがめ無し?


 ライルはつい拍子抜けしてしまう。いつもであれば冷酷な言葉で徹底的に責められ、気持ち悪いだ産業廃棄物だなんだとボロクソに言われるのだが、どうも今日のセリアは様子が違う。


「……お前、本格的に頭がおかしくなったんじゃないか」


「そう? なら、相対的に貴方の頭を殴っておかしくすればとんとんになると思うのだけれども、どうかしら」


 そう告げて、またセリアは拳を構える。この行動はいつものセリアなので逆に安心してしまう。ただし、危険な事には変わりない。


「どうかしらも何も、全て力で解決するのを止めろ!」


 ライルは必死の抗議をすると、またセリアは落ちついてしまう。どうもキレが無い。


 ライルはセリアを訝しげに見つめていると、一方のセリアは意を決した様に、ライルに問いかける。


「……聞いたわ。ライル、フィリップに喧嘩を売ったんだって?」


 もう話が伝わっているのか。


 道理でセリアが気を使う訳である。ライルは一瞬、苦い顔をした。


 聞かれたくない事を突っつかれたライルは、感情にフタをして、大げさ気味に話をする。


「おぉ、良く知ってるなぁ。その通りだ。かくして、晴れてこのボクはクラスメイトのフィリップ君によって更生され、善良な生徒として生きていくことを決めたのさ。擬似戦闘装置シミュレータをもう使えなくなった今のボクだったら何でもする。今まで授業を抜け出して擬似戦闘装置シミュレータにしけこんでいたが、これからはこの時間に花壇の花に水をやったり、ゴミ拾いだってなんのそのだ」


「普通に授業へ出なさいよ」


 ぐうの音が出ないほど正論である。実際、その通りだ。


 しかし、今のライルからすれば擬似戦闘装置シミュレータを使用できない事などどうでも良い事だった。何故なら、ライルには実機に乗れる権利があるのだから。フィリップにされた事も、それで多少は気が紛れるものだ。


「でも、ライルからしたら、辛いよね……」


 セリアは悲しそうな表情をした。しかし余りにも態度が一変し過ぎていて、逆にライルは不安になってしまう。


「……何だ何だ、急に優しいじゃないか。セリアはボクなんかどうでも良いかと思っていたよ」


 ライルは考える。


 セリアからすれば魔導兵器ワイズローダに乗れなくなったボクはもう終わった存在だ。前よりもどうでもいい存在になったはずだ。なのに、セリアは前以上に突っかかってくる。そもそも、ボクとは関わりたくなかったんじゃなかったのか。


「そんなことは無いわ。ただ私は……ライルにはこれを機会に、もう魔導兵器ワイズローダに乗ろうと思わないで欲しくて……」


 ライルは目を丸くする。その発言は何を思って口に出来たのか、ライルは理解に苦しんだ。そしてライルは少し俯いてから、押し殺すような声で告げた。


「……ボクに、夢を諦めろって事か?」


「だって……それでお姉ちゃんはどこかに行ってしまったじゃない……!」


 その言い方は、ライルの心に触れるものがあった。その考え方は余りに短絡的な発想に感じたからだ。


「セリアは今までボクの夢に関して何も言わなかったじゃないか。じゃあ、今までセリアは離れ離れになって傷付く事を恐れて、ボクを予め突き放していたとでも言うのか……?」


 それでまた、一緒に居たくなったと言うのだろうか。


「そう言う訳じゃ……でも、こんな言い方じゃそう思われても仕方ないよね……」


 何だその言い草は。


 するとライルの頭の中に、ある答えが浮かぶ。それでライルはセリアを睨み付けた。


「……まさか、フィリップの差し金か?」


「違う! そんな理由じゃない! ただ私は、今のライルを思って……私はまた、みんなでやり直したいだけなの……!」


 ライルはその言葉で頭に血が上り始めた。


 何を今更言い出すんだ。そもそも何故、そんな事をセリアが言うのだ。


 意図も読めず、まるで思い付きで話されたような気がしてならなかった。


 セリアは、フィリップに全てを奪われて、何もできなくなったライルを憐れんでいるようにしか思えなかった。実際はライルにまだ希望が残されているのに、頭ごなしに無理だと否定された気分だった。


 そして、


『みんなと一緒に居たい』


 その言葉は、ライルが最も掛けたかった言葉なのに……何故セリアが言ってしまう。言えてしまう。こんなその場しのぎで、その言葉を使って欲しくなかった。


「お前は身勝手だ……離れたと思ったらまたそんな事を言って……!」


 悔しくて、辛くて、切なくて。ライルはつい感情的になってしまう。


 何故なら、お前は、お前は、お前は……


「そもそも、お前はボクから逃げていたじゃないかっ……!」


 つい、ライルは言い放ってしまった。


 そんなつもりは無かった。勿論、ライルも本心では皆と一緒に居たいに決まっている。


「そう……なんだよね……」


 セリアは悲しそうな表情をして他所を向いた。しかし、セリアは自分の行いが分かっているならば、どうしてそんな物言いになってしまうのだろうか。ライルはまた頭を悩ませた。


「また、クラスでね」


 セリアはそう告げるとその場から立ち去ってしまった。


 魔導兵器ワイズローダに乗らないで欲しい。みんなと一緒に居たい。


 セリアの想いは分からない。


 何故、今になってそんな事をライルに告げたのか。今にならなければ告げられない理由があったのだろうか。


 分からない。


 ライルからすれば、何も魅力の無い自分と一緒に居て何が良いのか理解できなかった。魔導兵器ワイズローダにしか興味の無い人間が、魔導兵器ワイズローダに乗れなければ、他に何が残ると言うのだろう。その残りカスと一緒に居て楽しいものなのだろうか。


 自分以外の考えは分からないことだらけだ。


 ライルは思い悩んでいると、一方でアリスは横で立ち尽くしたままでいた。アリスはやけに物悲しい表情をしていて、よく見ればその瞳から、何故か一筋の涙が流れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る