第2話 半分終わった世界から①

 ――2079年8月27日。


 人類は宇宙へと躍進やくしんし、コロニーで人類は安定した生活を送っていた。


 その中で際立って特殊なコロニーがある。それは『フロンティア』。このコロニーの特別さは人口の内訳にあり、全体の三分の二が魔法族、残りは人類がこのコロニーに収容されている。


 つまりこのコロニーは、人類が持つ最先端フロンティアの技術の源となる魔法石を一番多く生産している。そして、このコロニーに住む人類は、魔法石工場の作業員と、戦争で身寄りをなくした子供たちがほとんどであった。


『フロンティア』。


 聞こえの良い響きに対して、その内部にある現実は綺麗にまとまるものではなかった。ある学校の教師はこんな事を平然と言うのだから。


『魔法族は言わば、家畜の様なものです』、と。


 ――この世界は終わっている。


 この学校の教員が平気な顔をしてこんな事を口にしたときに、ボクはそう思った。


 こんな歪んだ思想を、公衆の面前で口にできるのは恥ずかしくないのかと思ったからだ。


 さて、ややこしい話にはなるのだけれど、始まりがあるものには等しく終わりがあるのだから、始まりと終わりを抱えたこの世界の半分は終わっているようなものなのだ。


 世界が半分終わっているならば、この教師だって恐らくは半分、いやそれ以上に終わっているに違いない。むしろそうであって欲しい。


 だからこの半分以上終わった教師の話など、半分は真面目に聞くとして、半分は聞かなくて良いと思っている。かくして、ボクは午前中の授業に出席して、午後は授業に出席しないようにしたのだ。


「だからと言ってアンタに授業をサボって遊ぶ権利なんて無いのだけれど」


 クラスの委員長であるヤスカワ・セリアはひとしきり御託ごたくを聞いてから、冷たい言葉をアズマ・ライルに突き刺した。


 セリアはライルの話を聞いている間、鬱陶しそうに何度も長い黒髪をかき分けて、ひどく退屈そうにしていた。ライルもそれに気が付いて話をやめれば良かったのだが、彼は反省することはなく、前のめり気味になって必死に長々と反論する。


「あのな、これは遊びじゃない。訓練であり、来るべき日に向けての投資さ。将来のために無駄な時間を過ごしたくないのは皆同じだろう。与えられた時間を有効活用したいと考えるだろう。そう思ったら居てもたってもいられなくなって授業を抜け出してしまったんだ! ボクは悪くない。先が見えない将来を見せ続けるこの学校が悪いんだッ……!」


 ライルの見た目は至って普通、と言うよりも悪くはない方だ。ぼさぼさになった黒髪を整えれば、周囲からの評価は変わるのだろう。しかし当の本人は無頓着なのだから、残念極まりない。更にはこんな性格なのだから余計に残念だ。


「ふーん。それで、やってたのはゲームって訳ね。だとしたら、将来の夢はプロゲーマーかキモオタってとこ?」


「何だ、キモオタってジョブは! 逆にそんなのあったらむしろなってみたい位だ! それにこれはゲームではない! 魔導兵器ワイズローダー擬似戦闘装置シミュレータなんだ!」


 ライルは部屋の隅にいくつか置かれている球体の装置を指差しながら力説する。しかしセリアは聞く耳など持たず、より一層ライルに向ける目線を冷たくする。


「何だっていいわ。気持ち悪い。存在も」


 暴論だよそれは。ライルは心の中で嘆く。自身の存在を責められたらどうしようもない。


「それよりも……」


 セリアはため息を吐いてから、この部屋にいるある人物を指差した。


「アリスさん……貴女はライルさんを連れて戻る様に先生に言われたのに、どうして一緒になって遊んでいるんですか!」


「えぇと……どうしてでしょ~……」


 ヒダテ・アリスは指摘を受けて、ふわふわの金髪を指にくるくると巻いていじりながら、目を逸らす。仕舞にはへたくそな口笛を吹き始めた。


 アリスは色白で、細身で、小さくて、彼女はまるでおとぎ話に出てくるような少女の様な姿をしている。しかし言動がどうもアホっぽい。


「でもさぁ! 大体さぁ! 私がライルを連れ戻すなんて無理なんだよぉ! ライルってすんごい難しい事ばっかり喋るからわっかんないんだもん。無理なんだもん!」


 本当にアホっぽい。こんな事を必死に言ってしまうところが、そこはかとなくアホっぽい。


「二人は一生喋らなければまともな生活を享受きょうじゅできたかもしれないのにね」


 セリアはそんな事を口にして、また深くため息を吐く。一方、ライルはマイペースで、気が付けば教室に戻ろうとするどころか、また擬似戦闘装置シミュレータの中に潜り込もうとしている。


「別にまともな生活なんて欲しがってないさ。ボクはボクの生活を邪魔されなければ、それでいい」


「……そんな態度だから、周りから嫌われる」


 ひねくれていて、加えて普段の素行がこれだから、クラスの中で浮かない訳がない。だが、ライルは浮いてしまっても構わないと思っている。そうすれば、こうやって自分の好きな事を好きなだけできるのだから。


「周りは周りだ。ボクはボク」


「……意地っ張り。そうやって自分の殻に閉じこもって、言動を変えようとしない。だからアンタとは関わりたくなくなったのよ」


 セリアは少し切なそうな表情をする。その様子はまるで、中々自分の想いを伝えられず、不器用さの中にいじらしさがある。まるでラブコメに出てくるような女の子の様であったが、


「その通りだよ、怪力ゴリラ」


「あぁんっ! 誰がゴリラだって?!」


 セリアの乙女モードはライルの余計な一言で一変する。セリアはライルを擬似戦闘装置シミュレータから引き剥がし、マウントを取りながら首を絞める。


「ギブギブギブ! そういうとこだよ! このゴリラ!」


「……へぇ、どういう所がゴリラなのかしら。息のあるうちに詳しく教えてくれる?」


 全てを力で解決しようとするところだ。後は獲物を捕らえたら離さず、物理でゴリ押しするところだ。などと口にすれば、ライルの残されていた数十秒の命は瞬く間に消え、夜空の星になるだろう。まぁ、そんなことを口にできるだけの息がライルの肺に残されていないのだけれども。


「こんな事を言いながらも、昔はセリアちゃんもライルの事好きだったのにねぇ」


 ふと、アリスがそんなことを言うとセリアは噴き出して、顔を真っ赤にする。仕舞にはその顔を隠すように両手を顔に当てた。


 おかげでライルは一命をとりとめる。ライルは酸欠と興奮で顔を真っ赤にしていた。映画や再現ドラマではよくある、宇宙空間でエアロックが解放され、空気濃度が下がってしまうトラブルを味わった気分だった。


「な、な、な、な、な、な、何言ってるのアリスさんは!」


 しかしまぁ、セリアはさっきとは打って変わった態度をしている。何だこいつ、多重人格者なのだろうか。精神に疾患を抱えているとしか思えない。


 そして、ライルはアリスに余計なアドバイスを告げる。


「止めろアリス。このパワー系委員長がそんな脳みそピンクな事を考えるはずがない。それに変な事を口にして実害が及ぶのは、ボクだ」


「……どっちにしろライルには実害出すから安心してね」


 本当にひどい。ボクが何をしたと言うのだろう。そしてよく見れば、セリアの瞳の奥には確かな殺意が宿っていた。やれやれ、これだからパワー系はパワーによるパワー的な解決をしようとするから困る。


 一方、アリスは不思議がる様子で、セリアの事についてぺらぺらと喋り出す。


「だって小さいころ、セリアちゃんが私に相談してきたじゃん。『ライル君とけっこん……』」


「わーーーーーーーーーっ!」


「ん、どうしたんだセリア。変に取り乱して」


「何でもないっ、何でもないからっ!」


「でもでも! ライルがいじめっ子からセリアちゃんを守った時はカッコ良かったなぁ……」


 セリアはその話を聞いて、より一層顔を赤くする。対してライルは浅く目を閉じて、遙か昔の記憶を懐かしむようにしていた。


「確かにあの時のボクはカッコ良かったなぁ……どう思う、セリア?」


「アンタはもう口を開くな」


 えぇ……何それ……。女の子ってホントに分かんない。


 ライルはセリアから冷たいどころか汚物を見る様な視線をくべられ、心を痛めるのであった。


 ただ、セリアはライルたちと昔は常に一緒に居たのだ。しかし今はほとんど関わらないようになった。こんな関係も、つい最近までは違っていたはずだった。ライルたちは十六歳になり、高校生活を送りにあたって、いつも通りの生活を送れなくなっていた。


 何故セリアがライルに関わりたくないか、それは教室に戻れば良くわかる事だった。


 ライルがセリアに説得(物理)され、やむなく教室に戻った時のことだった。すでに授業は終わっていて、どうでもいい話を聞かなくて済んだと思っていたが、かわりに嫌な出来事が待ち構えていた。


 ライルの机は倒されて、床に教科書が散乱していたのだ。


「……くだらない」


 ライルはため息を吐いて机を戻そうとする。その時、教室中から変な視線を浴びた気がした。どこからか、誰かが小さく噴き出した声さえした。クラスの見世物にされていることにライルは苛立ちながら、淡々と教科書を拾い集める。


「気にしない方が良いよ」


 そう言うと、アリスも少し怒ったような表情でてきぱきと一緒になって教科書を拾い集めてくれた。ライルはそれで曇っていた気持ちが少し晴れた気がした。


「オイオイ、アリスちゃん。そんな奴に関わらない方が良いって」


「そうさ、コイツさぼってトイレでシコってんだろ?」


 そんな事をクラスの男子が口にすると、教室ではどっと笑いが起こった。


 とにかく、ライルとアリスは下らない事を言う彼らを無視した。そして教室の隅でセリアはそれを見て見ぬふりをした。


 そう、皆がライルに関わらない理由は関わる価値がないからだ。そして関わると自分の価値に傷が付くからだ。だからきっと、皆も、セリアも、ライルから離れるようになったのだ。


 だからこそライルは思う。何としてでも魔導兵器ワイズローダーのパイロットにならなければならないと。


 ライルは自分自身に価値を付けたくて魔導兵器ワイズローダーに乗ることを夢見ている。魔導兵器ワイズローダーのパイロットは誰もが憧れるものだ。きっとパイロットになれば、皆はライルを認めてくれる。単純な気もするが、それが一番分かり易いのだともライルは考えていた。


 もちろん、授業を抜け出してまで練習する事は正しくないことはライルも知っている。しかし、そうせざるを得ない理由がライルにはあった。


「よぉ、ライル。また俺たちの部室を勝手に使ったんだって?」


「……フィリップ」


 ライルに近づいてきたのは、金髪で狐目、爽やかな容姿をした男子だった。張り付けた様な笑顔を浮かべている彼はマツシタ・フィリップ。優しくて、賢くて、このクラスでは人気者だ。


 ただ、ライルは彼に全く別の面がある事を知っていて、不貞腐れた態度をとる。しかし、フィリップはそんな事は気にも留めない様子でライルに調子よく話し掛けるのであった。


「全く、そんな真似をしなくても入部申請して、放課後やればいいのに」


 フィリップの言うように、この学校には魔導兵器ワイズローダに関する部活がある。実機に乗る事もあるが、毎回乗る訳では無く、普段は先ほどライルが勝手に拝借した擬似戦闘装置シミュレータを使用して訓練している。


 しかし、ライルはそれに混ざる気はさらさら無かった。


「嫌だね。お前等、真面目に練習もせずに適当に身内で回して、奇声あげながら盛り上がって、ゲーセンじゃねぇんだぞ。とにかくボクはそんな動物園みたいなところにお世話になりたくない」


「つれない事を言うなよ。お前の友達だったシイナだって居るのにさ。仲直りに来ればいいじゃないか」


「……ほんとにお前はくだらねーな」


 ライルは平静を装いながらも握った拳を震わせていた。その話はライルが最も聞きたくない話だった。だがその心情へフィリップはずけずけと入り込んでくる。


「まぁ、そう言うなって。それにシイナも話したいことがあるみたいだしな。なぁ、シイナ!」


 すると教室の隅に居た、短髪を銀に染めた女子が、フィリップの声を聞いて怯える様にびくりとした。スカートを短くして、耳にピアスを付けて、一見チャラついて見えるが、随分とおどおどとしている。


 彼女はミツビ・シイナ。フィリップが言う通り、シイナはライルと仲が良かった。ただそんな事を表面上で語って欲しくなかった。シイナは、ライルとアリスとセリア達と一緒に育ってきた。だから、家族同然のように一緒に育ってきた彼女を軽々しく扱って欲しくなかった。


 ただ、今となってしまってはどうでもいいことなのかもしれない。


「……お前、シイナを大切にしてんのかよ」


「もちろん。大切な彼女だからな。ちゃんと可愛がってるよ」


 最後の一言がとにかくしゃくにさわった。聞きたくもない言葉を聞かされて、ライルの心が落ち着いていられるはずがなかった。


 とにかくライルはこの男が許せなかった。フィリップはライルから色々なものを奪っていった。好きなものから、友達から、立場から、何もかもを、だ。


「とにかく、放課後に部室へ来いよ。それに……来なければどうなるか、分かるよな」


 そう言って、ライルの肩に手を重く乗せる。そうして爽やかに笑って、ライルから離れるとシイナの元へ歩いていく。遠目に見えたその二人のやり取りは普通の彼氏と彼女の関係の様だった。


「勝手にしやがれ」


 ライルはそんな言葉を吐き捨てた。


 別のところでは二人が何をしているか皆は知らない。


 それをライルは知っているから、見ていて胸が苦しかった。


 ライルは思う。


 ボクたちはいつまでも同じではいられない。そんな事は分かっている。今まで緩やかだった成長がある日を過ぎてから加速するようになって、どんどん大きくなっていく身体に小さな自我を膨らませることを強いられた。


 その中でボクは、子供の頃の思い出を上手く消化できないままで今を生きているのだろう。ボクは昔に取り残されたままだ。


 魔導兵器ワイズローダのパイロットに憧れるがゆえに、未だに幼い子供の様な真似しかできないままで居る。やはりボクも世界と同様で、半分以上は終わっている存在なのだ。

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