魔導動力源彼女。 《メインエンジンカノジョ》

海 豹吉(旧へぼあざらし)

第1話 嫌な話。

 ――人を殺せますか?


 そう問いかけられ、誰もが『いいえ』と口にするだろう。普通はそうだ。


 でも、誰かのためにと言われたら、どうだろう。半分の人は首をひねって考えるに違いない。


 ボクは『はい』と答えることになった。大切な彼女ヒトのためだけに、ここまでのことを起こしてしまった。


 夏の終わりの一週間。宇宙ソラに浮かぶコロニーの中で、ボクは人型兵器に乗り、殺人と破壊を繰り返した。


 ボクには幼馴染の女の子達がいた。4人いた。2人は殺すことになった。1人はこれから手をかけることになる。そして、もう1人はボクの大切な人だ。


 今となれば、何を言っても誰もボクに同情はしないだろうし、ボクの行動について誰にも理解されないだろう。


 当たり前だ。分からなくていい。ただ、事実だけは知って欲しいんだ。ボクは誰かのために戦っていたと言う事を。


 それだけで、いいんだ。


「本当にボクは終わっている」


 アズマ・ライルはふぅと息を吐き、コックピットに深く座り込んだ。


 正面には見つめているだけで吸い込まれていきそうな暗闇が、あたりをおおう球状のモニターに映し出されている。


 脇には稼働状況を表示するサブモニターがあり、黒地の画面には赤い警告文が何行もつらなっていた。


「それで、ここまでもってくれるんだから、流石は大戦時の遺物だ。量産機と違って真面目に造られている」


 ライルは改めて操縦桿そうじゅうかんを握ると、画面の右端から白い機械腕マニピュレーターが姿をあらわした。手には銀色にかがやく、10メートル程長さのある高周波ブレードが握られていた。ブレードの柄からはケーブルが伸びて、腕に接続されていた。


 高周波ブレードの切っ先が向けられた先に、漆黒にカラーリングされた人型の機影が見えた。それはとてつもない速さでこちらに近づいてきている。その機体の両足には円盤状の魔法陣が幾重いくえにもなって展開されていた。


「どうしてこうなってしまったんだろうな」


 ライルはそれを見て悲観的につぶやいた。しかし、もう引くことはできない。神経を深く集中させて、戦いの中へと心身を沈めていく。ライルの腹はもう決まっていた。


 あの機体の中にいるのはボクの大切な人だ。


 ボクはまた大切な人を殺さなければならない。


 何故ならこの機体の動力源メインエンジンは、これもまたボクの大切な人で、ボクたちが生きていくには来る敵を討つ必要があるからだ。


 だから――


「ボクは……お前を殺すッ……!」


 ライルは足元にある加速装置アクセルを力強く踏むと、エンジンが低くうなり出して、コックピットがびりびりと振動してから、機体は漆黒の機体のもとへ一気に加速して翔けて行った。


 その機体は人をかたどっており、純白のフレームをまとっていた。背中からはとめどなく光りがあふれて羽のようになっていて、その出で立ちはまさしく天使のようであった。


 そして、この話にいたる経緯を、徒然つれづれなるままにここに記すことにする。


 ――2079年。


 人類は新たな段階ステージへと歩を進め、宇宙に生活拠点を移していた。それを実現できたのは人類が新たなエネルギーを手にしたからに他ならない。


 その新エネルギーは安全、安心、高効率。『魔法』の様な、理想だけを描いた『モノ』だった。その理想を描くにあたって、人類には何のデメリットもなかった。人類には、だ。


「このままこの仕事を続けていたら、私も人間じゃなくなっちまうと思うんです」


 無精にひげを伸ばした中年男性が気の抜けた様子でそんなことをぼやいた。


 彼は灰色の薄汚れたツナギを着ている。服のシワも酷く、しばらくは洗濯もしていないことがうかがえる。


「いきなり何を言い出すと思えば、今更」


 それを聞いた仕事仲間の男は乾いた笑いをした。彼は腕に黄色の腕章をしている。現場の責任者らしい。愚痴をこぼした男はその部下のようだった。


 確かに愚痴をこぼしたくなるほど、職場の環境が悪い。まず、作業現場が暑いのだ。作業員達は高い位置にあるデッキにいて、その下には真っ赤な釜口を大きく開けた炉が構えているのだから。


 釜の中はマグマの様な、どろどろとした灼熱の液体で満たされている。周囲は塵埃じんあいにまみれていて、かいた汗でそれが肌や髪にまとわりつく。


 しかし、それだけでは部下の男が思い悩むとは言いがたい。それに、彼が自身の人間性を否定するような内容とは、理由がかみ合わない。


「しかし、こんな仕事もう私には……」


 責任者の男は、部下の男の神経が衰弱した様子などを気に留めない。かんこんと鉄の床板を鳴らしながら、責任者は扉の前へ向かう。


「いいから、次のグループに取り掛かるぞ。後がつかえているんだ。最近は急に生産を増やすようになったからな」


 責任者の男はけだるそうに脇にあるボタンを押して扉を開く。


 するとどういう訳か、そこには裸に剥かれた十代ぐらいの少年少女が一列になって立っていた。そして手は錠で拘束され、一人一人が数珠状じゅずじょうになって、鎖で繋がれている。


 彼らは皆、震えていた。寒いからではない、怯えているのだ。


「この人でなし」


 ある少年が、掠れた声でそんな事を口にした。


「お前等は人でもないだろうが」


 対して責任者の男は淡々と告げた。


 その言葉を聞いて、ある子はより怒りをあらわにし、ある子は大きな声を上げて泣き出した。それ以上、少年少女が作業員に対してどうこう言うことはなかった。もう、あきらめていたからだろう。


 部下の男は遠方操作機リモコンを手にする。操作を始めると、天井のクレーンが唸り声を上げて動き出す。


 同時に、クレーンの動作に合わせて軽快な音楽が流れだした。曲名は『かっこう』だ。歌詞はなく、同じフレーズを永遠にリピートしている。


 私が神父だったら良かったのに。私に教養があれば良かったのに。そうすれば彼らに掛けられる言葉も見つかっただろうに。


 クレーンを操作している間、部下の男はそんな事を頭の中でしきりに考えていた。ただ、そう考えている間にも、クレーンは皆の元にやって来た。同時に『かっこう』の歌は鳴り止んだ。クレーンの先端には鳥かごの様な檻がついていた。


「2030年代にお前ら『魔法族』が起こした戦争がまずかったんだ」


 そう呟いて、責任者の男は泣き叫ぶ少年少女を檻の中へ押し込み、鍵をかけた。その後、部下の男に指示をすると、再びクレーンは動き出した。そしてクレーンは自動操縦モードに切り替わり、少年少女を連れてゆく。その行く先は、灼熱の釜口の方だった。


「目を背けない事だけが彼らへの唯一の手向たむけだ。ちゃんと見届けろ」


 責任者の男がそう告げた。部下の男が目を逸らしたからだった。


「冷たい事を言ったが、彼らだって生きている。魔法族だって命はあるんだ」


「そうですよ。あんなにまだ若いのに。私達と変わらない様な姿をしているのに……」


 部下の男は悔しそうにしていた。責任者の男はそれを見て、どうにもならないような、さびしそうな表情かおをしている。


「ただし、魔法族の奴らは十代後半で、魔法力が成熟し魔導回路が構築される。成長して、魔法を使われて反撃でもされたらたまったもんじゃァない。仕方のない事なのさ」


「十代で子供を産ませ、役を終えた後はエネルギー源の『魔法石』にする。こんなの畜生と変わらないですよ……!」


「あぁ。ただ仕方のない事だ。魔導回路が出来上がるガキの頃に石にしちまわねぇと、俺たちはコイツらになすすべなく殺されるだろうよ……。だから奴らは人間として扱っちゃいけないんだ」


 責任者の男の言葉を聞いて、部下の男は息を呑んだ。ひどい話だと思ったが、それは仕方のないことだった。それにこんな話は以前から何度も聞かされたことだった。これは人類が求めたことなのだ。だから、仕方がないのだ。


『クレーンを投入します』


 良く通る、録音された女性のアナウンス音が周囲に響きわたった。その時にはクレーンは釜の上にいた。檻の中で少年少女たちは大声を上げて怒り狂い、泣き叫び、暴れまわっていた。まともに見ていると、聞いていると、頭がおかしくなりそうだ。


「釜の中、落ちた瞬間、直ぐに抜け出せれば助かるらしいな。肌の水分が蒸発して膜ができるんだとか。ただ、全身やけどどころじゃ済まないだろう」


 責任者の男は希望の無い事をポツリと呟いた。そしてその後、クレーンは無慈悲にも落下し、少年少女たちは灼熱の炉へ呑まれていった。


 呑まれた瞬間に周囲に響き渡った声は、この世のものとは思えないほど痛々しいものだった。それは作業員二人の耳にしか届かなかった。この声を大多数の人類が耳にすることは無く、豊かさだけを知って一生を終えるだろう。


「……申し訳ねぇが俺たちは、こうでもしなければ生きられなくなっちまったのさ。嫌な話だ」


 人類が作り出した新たなエネルギーは、安全、安心、高効率の理想を描くことができた。代わりに、その代償と責任を全て人類以外に押し付けていた。


 それは『魔法族』。彼らは人類の手によって生み出され、かつては新人類と呼ばれ人類と共存していた。しかし現在では彼らは炉で煮詰められ、魔法力だけを固めた石にされ、エネルギーとして人類に利用されている。


 この関係に至った原因は、はるか昔に起きた人類と魔法族間で起きた大戦争によるものだった。『魔法族』が引き金を引き、『魔法族』が大敗したことによって、『魔法族』の存在は『モノ』に成り下がった。


 人類はその大戦を、ある最終兵器によって終結させた。


 その機体は人を象っており、純白のフレームを纏っていた。背中からはとめどなく光りが溢れて羽のようになっていて、その出で立ちはまさしく天使のようだったとの話である。


 ただ、その最終兵器はその動力源は……魔法族の命だった。


 その名は『魔導兵器ワイズローダ』。機体名称は『GEN』。


 当時は非人道的兵器と批判を受けたそれは、今となっては魔法石を使用することによって標準化及び量産され、それのパイロットになることは少年少女の憧れになっていた。


 本当に、嫌な話である。

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