少女となった世界で何を見るか?
早乙女らいか
第1話 世界を創る青年
思春期症候群、という言葉をご存知だろうか。
他人の心の声が聞こえる、人格が入れ替わる等、思春期の少年少女たちに起こると噂される不思議な現象の事だ。
普通ならばただのまやかしだと思うだろう。
しかしこれは事実であり今、現実に起きているのだ。
これは思春期症候群が引き起こした、普通のようで普通でない日常の物語である……。
◇◆◇
「でさー、そんな事があったのにあいつってば……」
「ギャハハ」
お昼時、授業も終わり多くの生徒が昼ご飯の準備をしている中、教室の中心から女子二人の汚い笑い声が聞こえた。
事前に買ったであろうパンをむさぼりながら、金や茶といった派手な髪色したギャル共の騒ぐこの光景はもはやこの教室の名物となっているだろう。
えーと、金髪が須藤美咲でもう一人は……まぁいい、俺には必要ない情報だ。
「……やるか」
教室の片隅にある席で俺、片宮総悟は一人、目をつぶり集中する。
思い浮かべるのは須藤美咲、ただ一人のみ。
頭の全神経を須藤美咲という人物に集中させ、ひたすらに時間がたつのを待つ。
そして3分くらいだろうか、突然頭がクラクラしだし周囲の声が段々聞こえなくなってきた。
「きた……」
その時がやってくる。
周囲の音は一切聞こえなくなり、何を考えようとしても“須藤美咲”というワードしか思い浮びあがらない。
そして須藤美咲、というワードすら浮かばなくなった時、目を閉じた筈の俺に眩しいほどの光が差し込み俺の意識はそこで途絶えた。
◇◆◇
「美咲―? 急に黙り込んでどったの?」
「え、ああ咲。少し頭がフラっとしただけ。気にしなくていいよー」
「そーお? ならいいけど……あ、んでさっきの続きなんだけど……」
目の前にいた上条咲、という茶髪のギャルとの会話が再開される。
内容は最近のイケメン俳優だとか、彼氏がどうのこうのだと、物凄くつまらない話。
が、これはあくまで俺の感想。
今、上条咲が話しかけている須藤美咲という人物はこの内容をとても面白く感じているのだ。
「咲、ごめんトイレ」
「おーいってらー」
少しして上条咲との会話を切り上げ、教室の突き当りにある女子トイレに向かう。
別に尿意なんて一切ないしこの須藤美咲という人物は授業前に念入りにトイレへ行く、という人物ではない。
では何故トイレに?
それはさっき俺が引き起こした現象が原因である。
「誰もいない……か」
珍しく誰もいない女子トイレ。
普段なら女子達の話し声が廊下にまで響いてくるのだが、あいにく今日は気分ではないようだ。
ま、その方都合がいいか。
「ふぅ……今日の下着はっと……」
個室に入り自身のスカートをめくりあげて下着を確認する。
淡いピンク色で中心にリボンの刺繡が入った可愛らしい下着。
もっと派手なランジェリーでも履いているかと思っていたが、流石にキモオタの妄想が過ぎたようだ。
……ん? なぜトイレまで主観が俺になっているかって?
別にこっそり覗いて感想を述べている訳ではない。
主観が俺なのは今の俺が“片宮総悟“ではなく”須藤美咲“だからだ。
「思春期症候群……めっちゃテンションあがるねー」
自分の手を見つめながら独り言をつぶやく。
思春期症候群、俺が発症? したのはつい数か月前だった。
美人で有名な生徒を一人、想像し続けていたらある日、自分がその美人になっていたのだ。
始めはただの夢かと思ったが何度も続き、ある法則性やルールが存在することからこれが現実であり、噂されている思春期症候群の一種であるということが分かった。
俺の思春期症候群は別の女性として生活することが出来るという物だ。
憑依、に似ているかもしれないが少し違う。
実は俺が須藤美咲になっている時、元の片宮総悟という存在は何故か消滅しているのだ。
恐らくパラレルワールドみたいなものだろう。
理屈や原因はわからないが色々出来る、という事で俺は数か月前から数々のパラレルワールドを引き起こし、別の女性としての生活を送っていたのだ。
「ん……でもこの口調は……慣れないねー」
自身のセリフに不快感を覚える俺。
別の女性として生活している際、その女性本来の口調や性格になってしまう、これがただの憑依ではない証拠である。
ある女性がハイテンションなら俺もハイテンションに、変なギャル語を使っているなら俺もギャル語を話す、といった感じだ。
これが女性になっている間ならいいのだが元の身体に戻った際、この余韻を若干受けてしまい、恥ずかしい思いをしてしまうのだ
ま、俺友達いないから傷はそこまで深くないがな。
「続きは家でしよっ。咲を待たせちゃダメだしね」
トイレを出て上条咲の待つ教室へ向かう。
幸いな事に思考上の口調まで女性になる事はなかったようだ。
まぁそこまで影響されると色々とわかりづらい部分があるし……って何言ってんだ。
「須藤美咲さん、ちょっといいかしら」
「ん? なーに?」
後ろを振り返るとそこには銀髪の美少女がいた。
クールで自信ありげな赤い瞳がこちらを見つめ、ふふっと微笑む彼女。
学校全体で見ても恐らくトップクラスの美貌だろう。
そのあまりのオーラに俺は圧倒されていた。
「あんたはえーと……あれ」
「不治城結城。結城でいいわ」
「ん、でユーキなんのよう?」
富士白結城か……聞いたことがない名前だ。
いくら他人と交流がない俺でも、ここまで目立つ美少女の名前くらい耳にする筈だ。
……ん? どういうことだ。
今の俺は須藤美咲だ。
記憶や思考、隠している事全て把握している。
社交性が高く、学校内の人物と多く交流を持つ彼女が知らないなんておかしくないか?
「いえ、あなたは本当に須藤美咲なのか疑っていて」
「え……」
一瞬、冷や汗が出る。
片宮総悟としても須藤美咲としても彼女とは初対面だ。
なのに何故彼女は俺を須藤美咲でないと疑う?
「アハハッ! なーに言ってんの。アタシは美咲だよ! いくらなんでも存在否定とかマジ傷つくわぁ……」
「嘘……ね」
「!?」
「別の人間を感じる。須藤美咲ではないもう一人……」
「は……? どういう……っ!」
「ビンゴ……思春期症候群も不思議ね」
身体中が何かに押しつぶされそうな感覚に襲われ、頭がクラクラしてしまう。
ありえない。
何故、彼女は俺の存在に気付いた?
何故、思春期症候群だと見抜いた?
何故……今まで彼女を知らなかったのか。
「ア、ンタ……一体……?」
「今は時間がないから教えない事にする。でもそのうちわかるわ」
「どういう……」
答えようとする間もなく俺は無に飲まれ、元居た世界から消え去った。
意味深な不治城結城のセリフと共に。
「また会いましょう。片宮総悟……」
◇◆◇
「っ!?」
目を覚ますとそこは教室だった。
お昼時で多くの生徒が弁当の準備をしている。
騒がしくも慣れた、いつも通りの日常だ。
「でさー、そんな事があったのにあいつってば……」
「ギャハハ」
教室の中心を見れば須藤美咲と上条咲が大声で話していた。
どうやらさっきまでの時間に戻ったらしい。
しかし、さっきのはなんだったんだ。
パラレルワールドで今まで自分の正体を見破られたことはない。
なのに彼女は……。
ピロン!
「ん?」
スマホにSNSの通知が入る。
公式サイトの通知か? と思いスマホの電源を入れると……。
「っ!」
『次は誰になるのかしら?』
身に覚えがある文。
さっきのは夢じゃなかったってことか……。
俺の普通じゃない日常が更に普通ではなくなる。
彼女との出会いが、俺にそう予言させたのだ。
少女となった世界で何を見るか? 早乙女らいか @kasachi-raien
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