第3話 『特別』な約束

……その日の夜、どうにかして言い逃れた僕は、未来留に対してこれからどう付き合えばいいにかわからなくなった。好きという感情を理解した今、前のような会話は、できそうにない。どうしたものかと考えていたら…ピロリン。メールが届いた。僕は、自分の携帯を開いてメールを確認した。差出人は、未来留だった。僕は、少しためらったが意を決して中を見た。

『すぐに学校の屋上に来てください。話があります。』

? 意味が分からない。学校の屋上?何でそんなところに未来留がいるんだ。頭は、疑問で一杯になる。…だけど、何故だ。すごく嫌な予感がする。僕は、その嫌な予感に突き動かされるまま学校への道を急ぐ。

……僕たちの学校は、機械に頼らず教師が、日替わりで夜見回りをする。だから、見つかりさえされなければ簡単に学校に入れる。だが、屋上のカギはあかないようになっているのにどうやって?僕は、屋上の階段を昇りながら、また疑問を重ねる。…屋上のドアの前までたどり着いた。ドアに手をかけ、ガチャリと回す。…ドアが開いた。未来留は、いた。

「未来留、どこに立っているんだ!こっちに来い!」

僕は、声を荒げる。だって未来留が、立っているのは、あと一歩踏み出せば落ちてしまう場所にいたから。未来留は、僕に気づきゆっくりと顔をこちらに顔を向ける。その顔を見た瞬間心臓がドクッと音を立てる。未来留の顔は、月に照らされこの世のものとは思えないくらい美しくて。だから、それがよりもう未来留が、僕の前から姿を消しそうで、

「霧也、見て下さい。今日は、満月みたいですね。とてもきれいです。」

未来留は、そう言って笑うが僕には笑えない。不安が、どんどん大きくなる。

「屋上のカギはですね。今日の夜勤が私たちの担任だったので貸してくれたのです。優しいですね、先生は。」

「適当なだけだろう、それ…。」

僕は、やっとそれだけ言葉を返す。…落ち着け、大丈夫。嫌な予感なんて当たるわけがない。

「それで、未来留もう少しこっちに来ないか?そこは、危険だから…。」

「霧也。私の話を聞いてくれませんか?」

僕の言葉を遮って未来留はしゃべる。分からない。今の未来留が、何を考えているかわからない。

「私は、ママがいなくなったあの時、私は死のうとしたのです。」

死という単語に僕の不安は、増大していく。

「本当にどうでもよかったんです。生きることが…。だから、自分の部屋で首つり自殺をしました。死ぬ寸前までいきました。」

「もちろん、死ぬことはなかったんですが、そこから私は、『死』に囚われるようになりました。」

『死』に囚われる。僕が、『特別』に囚われていたように未来留も囚われていたんだ。

「『死』は、いつも私の身近にありました。道端に落ちている虫や鳥の死体。…死んだらどこに行くんだろう?ずっとそれを考えていました。」

「そんな時です。霧也のお父さんが死んだのは…。」

僕が、『特別』に囚われるようになったきっかけ。未来留は、そこで顔を伏せる。

「あの後、誰も霧也のお父さんが死んだことを気にも留めてくれない。私は、そこで『死』は、忘れられていくのだと気づきました。」

「そのことが分かって以来私が、死んでも誰も覚えていてくれないんだと。パパが、ママのことを忘れていくみたいに。」

「どうすれば、この恐怖に打ち勝つことができるんだろう。私は、考えました。その方法を見つけないと私は、死ねないので…。」

やめてくれ。未来留、もう話すのをやめてくれ。んだけど、僕は、言葉を発することができない。未来留に飲まれていく。

「そして私は、思いついたのです。私が、死ぬ瞬間を心に焼き付けさせばいいのだと。忘れたくても忘れないようにすればいいのだと。」

「今日私が、貴方をここに呼び出した理由が、もう分かりますよね。霧也。私は、今、ここから飛び降ります。貴方には、私という存在を貴方に刻み付けます。…本当にごめんなさい霧也。貴方にこんなこと頼むのは酷ですよね。…ですが、私が頼めるのが貴方だけだったんです。…最後に何かありますか?」

最後、今そう言ったのか?どうして、どうして、どうしてだよ、未来留っ。僕は、やっと気づけたんだよ。君以外いないんだ。代わりなんていないんだ。だから、

「お願いだ、未来留。死なないでくれ…。僕は、君が好きなんだ、大切なんだ。だから、だからっ!死なないでくれ!」

僕は、力の限り声を出す。未来留の心に届くように、死ぬことをやめてくれるように。

…けど、

「ありがとうございます。霧也。私からも最後に一つだけ…。」

月の光が、未来留の姿を照らす。この場は、今まさに未来留の独り舞台で、誰の介入も受け付けない。未来留が、ゆっくりと僕の方に体を向け顔を見せる。死ぬ前とは、思えない晴れやかな顔で、ぱっと笑顔を咲かせる。その笑顔は、僕が今まで見たどんな笑顔より美しく、儚く幻のようで、僕の心に焼き付いた。そして、

「今夜は、月が綺麗ですね。」

は、僕の視界から消えた。

「あぁああ…。」

自分の無力さを噛みしめる。未来留との思い出を噛みしめる。噛みしめ、噛みしめ、噛みしめ…。

「あぁあぁああ! うああぁあぁあ!」

僕は、慟哭した。未来留、未来留、未来留、僕を置いていかないでよ…。

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