第2話 本当の『特別』

「ピピピピピッ」

部屋に目覚ましのアラームが、鳴り響く。僕は、目覚ましのアラームを叩きつけるように止める。

「ふぁぁー。」

でかい欠伸を一つ。…そうだった。今日からお母さんは、家にいないんだ。さっさと朝食の準備をするか。だが、僕は、そこで自分の家の異変に気付く。…誰かいる。僕は、昔は今よりもよっぽど特別という言葉に弱くてよく掲示板に書かれている

『君も強くなって特別になろう!』

という広告に釣られいろんな武術をしていた。母さんも最初は、微笑ましく見守っていたのだが僕が、音を立てずに母さんの後ろに立って驚かせたり、母さんが、どこにいるかを気配で察知したり、2メートルぐらいの距離を僕が、一瞬で移動するのを見てから武術の習い事をやめさせ、今後武術の習い事をしないことを誓わされた。それから習ってはいないが僕は、今でも人がいるかは気配でわかる。今、誰かが、一階で何かを漁っている。警察に電話をかけるのは、後で面倒くさいんだよな…。この漁り方からして素人だし…。よし。行くか。たいていの人なら対処できるし。僕は、自分の部屋のドアを開け、そこから音を立てずに一階まで下りていく。その誰かは、居間にいる。泥棒だったら1000円ぐらい渡せば、帰ってくれるだろうか?僕は、そんな馬鹿なことを考えながら居間のドアを開ける。すると中には、

「あっ。起きたんですね。霧也。おはようございます。もうそこに朝食作ってあるので一緒に食べましょう。」

…僕の幼馴染の未来留がいた。僕は、今、目の前で起こっている現象が理解できず呆然となる。

「どうしたんですか霧也?そんな呆けた顔で私のことを見つめて。私の顔に何かついていますか?」

「いや、どういう状況なのかさっぱり呑み込めなくて…。」

僕は、かろうじてそう答える。えっと本当にどうして未来留が、朝から僕の家にいるんだ?

「あぁなるほど。そのことでしたらちょっと待っていてくださいね。」

未来留は、そう言って自分の携帯電話を取り出した。

「…はい。これを見て下さい。」

未来留は、僕に自分の携帯電話の画面を見せてきた。そこには

『未来留ちゃん、これから3日間霧也のために朝食を作ってくれなーい?どうせあの子のことだから面倒っていう理由で朝食は、手抜きにすると思うの。だからお願いね。』

…母さんのメールだ。えっ母さん何してんの?

「昨日、届いてそれに『いいですよ。』って答えたメールが、これなんですけど…。」

未来留は、自分の携帯のボタンを押し別のメールに切り替える。

『ありがとうニャーン。未来留ちゃんマジ天使。大大大好きニャーン。』

…本当にやめてくれ。滅茶苦茶恥ずかしいんだけど。未来留も顔は、真顔だけど方が震えているから笑いを堪えているんだろう。

「いや、でも未来留は、大丈夫なのか、それ?だって自分の家のこととかあるし…。」

これ以上母さんの恥ずかしいメールの話を続けると嫌なので強引に話を変える。こうしないと僕の心がもたない。

「それは、大丈夫です。パパも仕事が忙しくてこれから何日間かは、家に帰れないらしいので。」

…なるほど。やっと理解した。僕と未来留のどちらとも今親がいない。家に一人でいるのは、寂しいから、だから母さんは、僕と未来留の両方を一人にさせないように未来留を僕の家に来させたのか。…母さんらしいや。ただ、あのメールだけはやめてほしい。

「分かったよ。そういうことなら僕の方からお願いしたいぐらいだし。」

そもそも僕が、朝食を手抜きにしようとしたのは本当だ。朝は、面倒だからな。

「はい。これから少しの間宜しくお願いします。」

……その後未来留と一緒に朝食を食べ、学校へと向かう。そうそう未来留の料理は、おいしかった。さっきそう言ったら

「美味しいって端的に言い表しますね。」

と言葉は不服そうだが表情は、嬉しそうだった。可愛い奴だ。僕は、未来留が、もっと嫌々登校すると思っていた。髪を切って美少女になった未来留を学校中の生徒が注目するはずで未来留は、人に注目されるのが苦手だから。

「未来留大丈夫か?無理しているんだったらそう言えよ。」

「いえいえ、大丈夫です。無理なんかしていません。だって…」

そこで未来留は、僕の方に体を向けて

「霧也が、絶対に私のことを守ってくれるんですよね?」

と悪戯に成功した子供のような顔で僕を見る。くそ、僕が昨日言った恥ずかしいセリフをここで言って来るとは…。こいつ性格悪すぎだろう。…まぁだけど、約束したものはしょうがない。

「うん。未来留のことは、僕が絶対に守ってあげるよ。」

僕は、未来留に強く宣言する。顔が、赤くなっていくのが分かる。すげー恥ずかしい。未来留は、僕の宣言にはにかみながら

「ありがとうございます。霧也。」

そう言ってくれた。……その笑顔を見た時に僕の今までの人生を支えてきた柱が一瞬ぶれた。僕は、自分の心のぶれに戸惑い、足を止める。

「どうかしましたか、霧也?」

未来留のが、不思議そうにこちらを見ている。僕は、すぐに

「いや、何でもない。意味のないことをまた考えていただけだからさ…。」

と取り繕う。未来留は、僕のその答えに納得したのか

「霧也は、意味のないことを考えすぎですよ。」

優しく言葉をかけてくれた。僕達は、また一緒に学校への道を歩き始める。いつもと同じ道いつものような僕らの掛け合い。だけど、絶対に同じという事はなくて。どこかは、すこしずつ変わっていく。さっき僕の心に起きたぶれみたいに。このブレは、何なんだ?変化は、僕自身が願っていたことなのに、いざ現れると受け止めることができそうにない。

……学校につき、それから自分たちの教室のドアに前で少し止まる。隣を見ると未来留は、

「どうしたんです、霧也。私のことなら大丈夫ですよ。今更逃げ出すなんて有り得ません。」

力強い言葉を返してくれる。だけど、注意深く見ればたいして暑くもないのに汗をかいている、肩が小刻みに震えていることから決して大丈夫という事はないだろう。未来留は、過去のトラウマ…未来留が、まだ中学1年生の時、未来留の母親が逃げ出した時から人間不信になってしまっている。あの当時の未来留は、今でも鮮明に思い出せる。世界の全てに絶望し、世界の全てを憎んでいた。僕は、その時の未来留が昔の僕と重なって何度も未来留の家を訪ね、未来留に会いに行った。最初は、頑なに僕に心を閉ざしていた未来留だったけど何度も何度も会いに行くにつれ僕に心を少しずつ開いてくれた。今では、昔ほど人が信じられないというほどではないけど、今も囁かれている「あの子誰?すげー可愛いんだけど。」とか「あんな可愛い子、この学校にいた?」などの言葉が、未来留には恐怖にしか感じられない。…今からこの教室に入り好奇の目で見られることを未来留は、望んでいないかもしれない。それでも僕は、未来留に友達が出来てほしいんだ。僕は、ドアに指をかけガラガラッと開ける。……静寂。今まで騒がしかった教室が、一瞬で静かになった。僕は、動じず教室に入り、自分の机へと向かう。未来留も僕にトコトコとついてくる。ちなみに僕と未来留の席は、隣だ。これは、運とかではなく僕たちの担任が、まぁ適当で

「席は、お前らで勝手に決めておいてくれ。」

と言って投げだしたので僕は、未来留の隣に座ることにしたのだ。僕と未来留が、席に着くや否やヒソヒソと囁かれる。全部好意的なのだが、噂の張本人は、今にも泣きだしそうだった。

「柏木未来留さん…でよろしいかしら?」

「ひゃっ、ひゃい!」

未来留さんびっくりしすぎてよくわからない言葉になっていますよ。

「私の名前は、本田真央。この教室の学級委員長をしているのだけれど…。ふふっ。驚かせてしまったみたいね。でも、安心して。別に貴方に危害を加えるつもりはないから。」

「ほっ本当ですか?」

「本当よ。だから『貴方のことは一切信用していません』という考えをしないでもらえるとありがたいわ。」

そう言われると未来留は、本当に驚いた表情をしていた。まぁ今未来留が、思っていることは『何で私の考えることが分かったんですか!』だろうな。未来留は、感情をすぐに表情に表すからなそれで未来留の考えは、世も取れる。

「それで、本題に映るのだけれど…。あなたが、髪をいきなり切った理由を知りたいの。…正直髪を切るなんて個人の勝手だし聞くようなことじゃないんだけどね。皆気になっているようだし…。」

そう言って本田真央が、ぐるりと見渡すと皆が、うんうんと頷いていた。当たり前だよな、これは。そりゃ今まで髪の長さが異常だった奴が、いきなり髪を切ってそれに美少女だったなんて、誰もが気になる。で、その問いに未来留は、

「うぅ。あっ。えっと…。」

凄いキョドっていた。出来ればここから頑張ってくれればよかったんだが、それは、無理みたいだ。…じゃあここからは僕が、頑張ろう。

「本田さんちょっとすいません。未来留が、会話することを放棄しちゃったんで、ここからは幼馴染の僕が、質問に答えますね。」

「確かにこのままだと質問の答えが返ってこないですね…。お願いするわ、霧也君。」

これで皆の視線が僕に集まる。未来留、今のうちに少し休んどきなさい。君には、最後に一言話してもらう作戦なのでね。

「では、お言葉に甘えて。…未来留が、髪を何故切らなかったのかは、ずばり。」

「ずばり?」

僕は、ここで一拍置く。皆が、好奇の目で僕の次の言葉を待っている。

「髪を切ると運が逃げるという迷信を信じていたからです。」

その瞬間皆が、ポカンとした顔をする。(未来留は、周知で悶えていたが。)よしここで畳みかける。

「可愛いですよね。本当に未来留は、可愛いんですよ。未来留のことを皆さん誤解しているかもしれないですが、未来留は、とんでもなく可愛いんですよ。ほら、未来留。」

より顔を赤くして悶えていた未来留が、僕の言葉で顔を上げる。

「まだ、皆に言っていない言葉があるだろう?」

今度は、未来留の方に視線が集まる。頼むぞ、未来留一言でいいんだ。その一言で未来留の印象が、劇的に変わるんだ。

「おっおはようございます。皆さん。」

消え入りそうな声だったが、みんなの耳にもちゃんと届いたみたいだ。何故なら、

「柏木さん、おはよう。柏木さんって可愛いんだね。」

「おはよう、柏木さん。柏木さんの髪サラサラね。どこのシャンプー使ってるの?」

皆が未来留の挨拶を皮切りに未来留に話しかけるようになったから。未来留は、終始戸惑っているだけだったけど、今の皆には、それすらも可愛く映るんだろう。

よかった、よかった。

「流石ね、霧也君。あれだけの話でここまで柏木さんの印象を変えるなんて。」

本田さんは、僕を褒めてくれるが、僕は、何もしていない。

「いいえ。違います。今回のことは、未来留自身の魅力に皆が気づいてくれただけですよ。」

そう、今回は、未来留自身の手柄だから。

……学校が終わり僕は、未来留と一緒に学校を出る。いつもの帰路。だけど、いつもと違う。

「霧也、私は、今日本当に疲れました。毎回、毎回休み時間皆が、私に話しかけてくるせいで休み時間なのに満足に休めませんでしたよ。」

言葉だけ聞くと不機嫌そうだが、実際はそうじゃない。顔を見れば少し口元が、にやけているのが分かる。全く素直じゃないやつだ。

「よかったじゃないか、人気者で。…おっと、ごめん、未来留、先に帰っていてくれない?僕学校に忘れ物しちゃったみたいでさ。」

「えー。まぁ分かりましたけど。…学校じゃあんまり話せなかったからここで話をしたかったのですが…。」

最後の方は、小声だったから聞き取れなかったが、了承はもらえた。僕は、学校へと歩き出す。もう少し、もう少し。未来留が、あの角を曲がったら。…よし。僕は、歩みを止め、僕と未来留を、正確に言うと未来留の後をつけている人間に背後から音を立てずに近づく。

「こんなところで何をしているの?大谷愛兎君。」

「何、霧也君。」

こいつの名前は、大谷愛兎。あだ名はラビット。なぜラビットというあだ名なのかは下の名前に兎の文字が、入っているからじゃない。あだ名の理由を語るためには、少し過去を振り返る。こいつは、昔は、女性に人気があり彼女もいた。『いた』と過去形なのはある事件をこいつが起こしたから。人の噂だから正確なことは分からないが、愛兎は、ある日彼女とその友達の女子と愛兎の家で一緒に遊んでいた。その彼女が、トイレに行くといって部屋から出た。この時に愛兎の部屋にいるのは愛兎と友達の女子だけ。そこで、事件が起きる。いきなり愛兎が、友達の女子にキスをして無理やり押し倒そうとした。自分の彼女がいるのに。正直、頭がおかしいとしか思えない。もちろん、その女子も抵抗し愛兎から逃れ愛兎の彼女と一緒に家から出て事なきを得た。愛兎は、その後、学校の生徒全員にその事件が伝わりいじめられ、学校側からも厳しい罰を与えられたが、全く反省の色が見えない。端的に言い表すとクズ、人間のごみと言えるだろう。そうそうあだ名の理由だが、兎のオスは、脳の7割は性のことしか考えていないようだ。だから、愛兎にぴったりのあだ名ってわけ。

大方、未来留が可愛いから未来留のことをつけ回しているのだろう。本当に救いようのないクズだ。

「ねぇ、そっちこそ何の用?こっちも忙しいんだけど…。」

ストーカーしているのが、ばれたのに神経図太すぎるだろう。

「いや。警告しに来ただけさ。…これ以上未来留をつけさせないためにね。」

僕は、それだけ言って自分の家に帰る道を歩き始める。未来留は、もう家に帰り着いただろう。それだったらもうこいつと会話をする必要はない。…今日の昼食どうしようかな?…僕は、愛兎が、僕に送っている殺意に気づいてはいたが、振り向くことはなかった。

……その日の夜夕食も食べ、すべての家事を終えた僕は、自分の部屋に戻り、自分の携帯を操作していた。メールの確認をするためだ。…母さんからのメールもないし、未来留からは、『明日も朝食を作りに行きます。楽しみにしていてください。』

というメールが来たことも確認した。後は、クラスメイトからのメールが来ていないか確認するだけだが…。僕は、気になったメールがあったためそれを開く。そこには、

『死ね、死ね、死ね、死ね、死ね………」

と死ねという文字が無数に羅列されたメールがあった。メールアドレスを確認すると…ははぁ。ご丁寧にrabitと書いてあった。馬鹿な奴だ。僕は、すぐさまそのメールをコピーし明日学校にチクろうかと思いながらベッドに入り目をつぶる。…いつもと違う日常に少し興奮しながら。

……次の日の学校で、僕は、すぐに愛兎の送ってきたメールを教師に見せた。その教師は、僕に「辛かっただろう。」と労いの言葉をかけ、愛兎を呼び出して、僕を教室に帰らせた。…僕は、こんなので愛兎が、反省するわけがないかと嘆息しながら自分の席に着き、相変わらず隣でクラス中から注目されている未来留に目を向ける。すると、僕の視線に気づいたのか未来留が、こちらをちらっと見て、小さく笑う。僕は、その笑顔を見てまた、自分の心の柱が、ぶれるのを感じる。それも前回のブレより大きく。…もう分かっている。この気持ちが何なのかを。だけど、僕は、認めたくないから、何だ?と自分の心にさえ嘘をつく。そうしないと自分の今までの人生が無駄になってしまうから…。

……その日の放課後、僕と未来留が、一緒に帰路についていると昨日と同じ気配を感じた。警告はしたからな。

「未来留、ごめん。今日も忘れ物しちゃったみたいでさ。先に家に…。」

「嫌です。」

…すいません、未来留さん。今何とおっしゃって?

「いやね、未来留。時間かかるからね。先に家に帰ってくれると…。」

「嫌です!…そもそもですね、霧也は、私に嘘をついているでしょう?」

ギクリ。何故ばれた。

「はぁー。私は、貴方の幼馴染ですよ。貴方が、嘘をつく癖ぐらいわかりますよ。…で、何でそんな嘘をついたのですか?」

うーん。この後の展開は、僕の予想だと未来留には、刺激が強いからな。未来留には、あんまり見せたくないんだけど…。嘘も未来留には、ばれるし…。しょうがない。

「わかったよ、未来留、僕の後ろにいてね。すぐに終わらせるから。」

「? 言っている意味は、理解できませんでしたが、分かりました。」

そう言って未来留は、僕の後ろに立った。これで未来留は、僕で隠れる形になる。…よし、これでいいか。

「さて、おいで大谷愛兎君。いるのは分かっているんだから。」

僕が、そう言うと愛兎は、電信柱から姿を現す。…あんなに罰を受けたのによくまぁ懲りずにつけまわせるな。

「僕は、昨日警告はしたはずだよ。これ以上未来留をつけまわさないでと。」

僕が、そう言った瞬間未来留が、後ろで驚いているのが、背中越しにでも分かった。いきなりストーカーされていましたと言われたらそりゃ驚くわ。

「…るさい。」

「えっ。何?よく聞こえないんだけど。」

「うるさいって言っているんだよ!」

うわぁ。逆切れかよ。愛兎は、自身のポケットからカッターナイフを出し、カチカチと音を立てながら刃を出す。そして、切れ始めた。…自分の自業自得のくせに。

「あの女が、俺を拒否したせいでこんな事になったんだ。俺を拒否する何て…。くそ、くそ!あの女いつか絶対にぶっ殺してやる。…だけどな、その前に霧也。てめえだよ。てめえ!」

目をぎらつかせながら僕にカッターナイフを向け切れてくる。心底気持ち悪い。

「まさか、そんないい女と一緒にいるとは。どうせ陰で俺のこと馬鹿にしてたんだ。どうせ、どうせ、どうせ!」

「そんなこと思っていないけど…。」

会話が通じない。自分が、中心に世界が回っていると勘違いしている自己中野郎。僕が、最も嫌いなタイプだ。本当に反吐が出る。

「で、何、そのカッターナイフで僕を殺すの?」

殺すという単語に後ろの未来留が、ぎゅっと僕の服の裾をつかむ。安心して、未来留。大丈夫だから。

「それでもいいんだが…。もしてめえが、その女を差し出したらてめえは、殺さないぜ。どうする?」

どうするって。そんなの聞くまでもないだろう。

「誰がするか、そんなこと。未来留は、僕にとっての『特別』なんだから。」

「じゃあ、死ねよ。」

そう言って愛兎は、カッターナイフ両手に持って僕に突き刺そうと走ってくる。僕は、すっと前に出てそれを待つ。未来留が、悲鳴を上げる。僕は、カッターナイフが、刺さる直前に右に一歩体をずらす。そして、そのまま愛兎の足を払い、体重が崩れた瞬間、顎に掌底突きをかます。愛兎は、その場で膝から崩れる。…ふぅー。終わったか。僕は、両手に顔を当て見えないようにしている未来留の近くまで行き

「未来留、怪我はない?」

と聞いた。未来留は、恐る恐る手を放し、僕の方に顔を向ける。…泣きそうな顔をしている。

「よかった、怪我はなさそうだね。これで安心…うぉっ。」

僕の言葉は、途中でかき消される。理由は、未来留が、僕の言葉の途中で抱き着いてきたから。未来留は、僕の胸に顔をうずめながら

「バカ、バカ…。」

と繰り返している。僕は、それに

「ごめん、ごめん。」

と返す。…もう認めるしかない。僕は、自分の『特別』よりも未来留の方が、『特別』になってしまったんだ。世界に対して『特別』を示すんじゃなくて、未来留さえいればいいという考えが、強まったんだ。つまり僕は、未来留のことが、どうしようもなく好きという事に気づいてしまった。これは、愛兎のおかげで気づけたことだ。…本当に救えないやつだが、そこだけは、感謝してやるさ。

「ところで、霧也。私が、『特別』ってどういうことなんですか?」

…やっぱり、感謝はしないよ。未来留が、意地の悪い笑顔を見せる。本当に性格が悪い。

あぁ。これからどうしよう…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る