特別

@sato-shi

第1話 『特別』

僕たちの生きているこの世界で生きているときに歴史に名を残せた人間は何人いるんだろう?死んだ後ではなく生きているときだったら案外少ないのかもしれない。じゃあ、その人たちはどう思っているんだろう?生きているときには、散々馬鹿にされ死んで何年もたった後に称賛される。その人たちは、裏切られたと思うのだろうか?今日も疑問に疑問を重ね、意味なんかないのに考えてしまう。特別って何だろう?

「何か考え事ですか?霧也。」

と後ろのほうから声をかけられる。振り向くとそこには、小柄で髪の毛が全体的に長く前髪も長すぎて目が隠れてしまって周囲に暗いどんよりとした雰囲気を与えてしまっている僕の幼馴染の未来留がいた。

「強いていうなら登校の道で考えるようなことではない意味がないことを考え中かな。」

「うん。 霧也か今日もいつも通りですね。」

未来留はそう言ってクスクスと笑う。こうやって話していると普通の女の子なのだが、見た目のせいで話しかけづらく、また未来留のほうも過去のトラウマがあるせいで人と話すのが怖いみたいだし。見た目が怖いだけだと思うから、髪を切ってくれればいいんだが、

「未来留、今日さ放課後、髪切りに…」

「いやです、お金がもったいないですし…」

少し前からこうなのだ。確かに未来留の家は裕福ではないが散髪代を渋るほどじゃない。となると、

「未来留、まさかお前まだ『髪を切ると運が逃げる』っていう嘘信じてるの?」

「えっ、あれ嘘何ですか!」

…あぁやっぱり。いやー高校入試が終わってついテンションが上がっちゃってね。未来留にそんなこと言ってたわ。…未来留の僕を見る目がだんだん鋭くなる。

「本当にごめん。だけど、未来留。」

「何ですか。言っておきますが私、結構怒っていますよ。」

まぁそうだろう。信じて髪を切らず、高校入学してからのクラスで避けられるようにしたのは、僕だ。だからこそ、言わないといけない。

「散髪代貯金できただろう?」

「本当にくずですね。」

そういって未来留は、僕を置いてさっさと行ってしまう。だけど、僕は、慌てることはしない。この手のパターンは…。ピロリン。僕の携帯電話にメールが届く。やっぱり来た。

『フルーツ盛り合わせパフェ、それに散髪代で許してあげますけど、どうしますか?』

…僕の幼馴染は、本当に優しい。すぐさま僕は、返信を打つ。今月は節約しないとだ…。

『お願いします。』

これが僕と未来留の日常。ありきたりで平凡で当事者たち以外にはつまらない、どこにでもある平凡すぎる日常。本来ならこの日常に何の疑問も思わないだろう。だけど、人には、平凡を忌み嫌う人もいるんだ。そうだよ、僕にとって平凡なんて…。

その日の放課後、僕と未来留は、一緒に女子高校生に人気の店『コシラ』に来ていた。理由は簡単で、ここで、今日未来留に約束したフルーツ盛り合わせパフェを奢るからだ。未来留のほうは、今日のことが嘘みたいに、

「楽しみ、楽しみ、楽しみです。」

と上機嫌だ。そんな未来留とは対称的に僕は、フルーツ盛り合わせパフェの値段を見てからテンションはダダ下がりだ。あぁ…そうだ。思い出した。ブッダさんが、残した『一切皆苦』という言葉を。今、実感しました。その言葉は、本当だったんだと…。

「お待たせいたしました。こちらフルーツ盛り合わせパフェでございます。」

あぁ申し訳ございませんがこの店は、返品可能でしょうか?

「凄いですね、霧也。ほら、ちゃんと見てくださいよ。フルーツがぎっしりですよ!」

そうだね。未来留、喜んでるところ悪いけどそれには、僕のお金もぎっしりなんだ。でも確かにこのパフェ屋が、女子高校生に人気の理由は分かる。生クリーム以外が全部様々なフルーツを可愛らしく、またバランスよくトッピングしている。僕は、あまり甘いものを食べないが、実に美味しそうではある。その払った金が、僕の金じゃなければだけど。

「ほら、どうしたんです?一緒に食べましょうよ。」

「はい?」

そう言って未来留は、無邪気に僕にスプーンを差し出してくる。何を言っているこいつは。

「それは、お前が全部食べるんだろう。それに、これは僕の奢りだし。」

「いえいえ、女の子一人にこんな量食べられるわけないじゃないですか。ほら、他の席の方も見てください。」

そう言われて見てみると、ふむ確かに。男女で一緒に食べているな。

「いやだけどさ…」

なお渋る僕に未来留は、少し考え、

「じゃあ、分かりました。…このままだとせっかく貴方のお金で買ったパフェが食いきれずに無駄になってしまいます。無駄にしたくはありませんよね?」

未来留は、こうなると本当に頑固だ。このパフェだって本当なら一人で食えるはずだしな。だって前、ラーメン一人で五杯くらい食ってたからな。本当に未来留は、優しいな…。

「じゃあお言葉に甘えて…スイーツなだけに。」

「あっもういいです。一人で食べますので。」

…僕の幼馴染は、洒落には厳しかった。

その後、本当に一人で食った未来留と共に次は、散髪をしに行く。場所は、小学校の時から行きつけのお店『骨々』。これで、『コツコツ』というらしい。仕事を真面目にコツコツ頑張りますという意味で名付けたようだ。…僕の洒落好きもここから始まった。(未来留の洒落ぎらいも。)ここは、どちらの家も近いし何より店主のおじさんが、僕たちの境遇を知っているのに未来留や僕に対しての態度を変えなかった。そのことが、僕たちには、どれだけうれしかったか。どれだけ救われたか。だから、僕たちは口に出して入ったことはないけど本当におじさんには感謝しているんだ…。

「いらっしゃいませ。『骨々』と書いてコツコツ散髪にようこそ。一生懸命コツコツやっています。」

バンッ。未来留が、扉を勢いよく閉めた。…五秒後、未来留は、意を決して中に入る。

「おじさん、お久しぶりですね。お元気そうでよかったです。」

「うん、本当に久しぶりだね。未来留ちゃんに霧也君元気だった。おじさん君たちに会えなかったから寂しさが骨身に染みちゃって…。『骨々』だけに。」

「あぁそうですか。では、私はこれでさよならです。」

未来留は、そう言って店から出ていこうとする。僕は、その瞬間未来留の腕をガッチリホールドしそれでも逃げようとする未来留を尻目におじさんに挨拶をする。

「お久しぶりです。おじさん。未来留が、逃げようとしたのは、おそらくですがおじさんのダジャレにこおりごおり(こりごり)しているからだと思いますよ。」

「おいおい、未来留ちゃん。おじさんには、髪切りとダジャレが生きがいだというのに…。このままだとおかみさんにも切られちゃうと思ってるのかい?」

ここで二人揃って「ガハハッ」と笑う。お決まりのパターンだ。未来留も真顔だけど多分どこかでおじさんが、変わらないようでホッとしているようだし。

「そうだ、そうだ。用件は?…まぁ聞かなくても分かるけどね。じゃあ未来留ちゃん席座って。」

まぁそうだろう。未来留の髪の長さは、女子の中でも異常だからな。ふぅー。今月は、本当に節約してかないと…。未来留が席に座る様子を見ながらそういえばと僕は、思う。未来留って散髪に行ったとしても前髪は全然切らないんだよなー。いつも金がもったいないと思ってたんだよなー。それに今回払うのは、僕のお金だし…。よし。

「おじさんちょっとこちらに。」

「ん、なんだい?」

僕は、髪切りの準備をしているおじさんを呼び出し未来留に聞かれないように小声で話す。

「すいませんけど、ちょっと未来留の髪バッサリ切ってくれませんか?おじさんのせいにはしませんので…。」

「えっ…。まぁ僕は、別にしてもいいけど。…霧也君は、いいの?後で怒られないそれ。」

おじさんは、未来留に怒られる僕のことを心配してくれているみたいだ。だけどそこは、全く問題ない。なぜなら

「未来留は、優しいので大丈夫です。」

そう僕は、未来留を信用している。僕が何をしようとも許してくれると信じている。

「それならいいけどね…。」

おじさんも了承してくれた。後は、時を待つだけさ。…20分後

「未来留ちゃん目開けていいよ。」

未来留は、散髪をされている最中は、目をつぶる癖がある。僕は、そこに付け込んだ。

「はいっ。…えっ!」

未来留は、鏡に映った前髪までバッサリ切られた自分の姿を見て素っ頓狂な声を上げる。

「本当未来留ちゃん可愛くなったわね。おじさんも鼻が高いわ!」

「流石です。おじさん。髪切りとダジャレだったらおじさんの右に出るものはいませんね。」

銅像のように固まっている未来留の後ろで盛り上がる僕達。

「おじさん。散髪代ここに置いておきますね。ではさようなら。」

この場から華麗に逃げ出そうとする僕。

「何故逃げるんですか?霧也。」

逃げられなかったようだ。…僕は、未来留に命じられるまま正座で待っている。あぁ今なら処刑台の前に立つ気分がわかるかもしれない。

「どうしてこんなことしたんですか?」

このトーンは、本気で怒っているパターンですね。重圧がすごい。ちなみにですがおじさんは、早々に逃げ出しました。約束したとはいえ薄情ですなおじさんよ。

「…未来留に友達ができてほしかったんだよ。僕以外友達いないのは寂しいと思って。」

僕は、自分の本音を未来留に話す。ここでうそをついてもしょうがないし。

「いいです。別に友達なんて欲しくないので。私にとっては、そんなことよりもこれからいじめられることのほうが怖いです。」

…未来留は、何を言ってるんだ?未来留が、いじめられるなんて有り得ない。

「未来留さー。鏡みたよね?」

「はい見ましたけど…。」

「滅茶苦茶可愛いけど。」

「……はいっ!」

未来留は、ボッと顔から火が噴き出すぐらい、もちろん比喩だが…それぐらい顔が赤くなったと思う。

「正直未来留が、こんなに可愛くなるとは、僕も思ってなかったんだよね。今の未来留ならどんな男子もイチコロだと思うよ。かくいう僕もあまりの可愛さに未来留のことを見るだけで胸がドキドキするね。あっ言っとくけどこれは、嘘じゃないからね。僕の本心さ。もし僕にもっと語彙力があれば、未来留の可愛さを相応しい言葉で言い表せるけど…。」

おっとつい熱が入ってしまった。だけどそれほどまでに未来留は、可愛い。目が見えるか見えないかでここまで変わるとは。整った顔立ちにクリリとした目。美しいではなく可愛いいの方の超美少女。

「うぅ。えっと、その…。」

未来留が、真っ赤に染まった顔を隠そうと下を向きもじもじしている。今じゃその姿でさえ可愛いな、未来留。

「可愛いな、未来留。」

「もうっ。可愛い、可愛いって何度も言わないで下さい。心臓に悪いです!」

おっと心で思ったことが口に出ていたか。以後気を付けないと。

「それで何だけどもう未来留は、怒ってないの?」

「いいえ。怒ってはいるのですが恥ずかしさと嬉しさがゴチャ混ぜになってですね…。」

最後のほうは、ゴニョゴニョ言っていて聞き取れなかったが今は、そんなに怒っているわけではないみたいだ。ホッと胸を撫で下ろす。

「明日絶対に未来留に話しかける人がいると思う。だからそういう人を無下にせず友達を作っていこう。」

今の未来留の容姿なら高校入試分の遅れは、取り戻せるはずだ。だけど未来留の方はあまり気乗りじゃなさそうだ。こういう時は、どう声をかければいいんだろうか?…そうだ。この前見たドラマにも今の状況と似たようなシーンがあったな。確か主人公がその時言った言葉は…。

「未来留、安心して。僕が、必ず君のことを守ってあげるから。」

未来留が、僕の顔を見てそのまま数秒固まる。そして、

「えっ!えっとそれは、どっどういう意味で?」

また顔を真っ赤に染めながら何度もどもりながら僕に質問をする。意味?その未来留の諮問の意味も分らないまま僕は、答える。

「そのままの意味だけど。」

「そのままの意味!つっ。つまり…。」

そこで未来留は、ボソッと呟いたのだがまたもや聞き取れなかった。

「霧也!」

「はいっ!」

びっくりした。いきなり未来留が、ズイッと僕に体を寄せてきたんだけど。えっ。何どうしたの?

「不束者ですが、宜しくお願い致します。」

そう言ってニッコリと笑う。未来留、それは反則だよ。多分僕の顔も真っ赤に染まったじゃないか。

「えっと。こちらこそよろしくお願い致します…。」

僕は、何とか言葉を返す。…えっどうしようこの空気?こんな時おじさんが、来てくれれば。

「霧也君。未来留ちゃん。そろそろ暗くなるし早めに帰ってね。…ごめん。僕変なタイミングで来ちゃったかな。」

いいえ。ナイスタイミングです。おじさん。僕は、この機に乗じて未来留に声をかける。

「じゃあ、未来留帰ろうか?」

「…はい。おじさん。さようなら。」

未来留は、僕に少し呆れたような視線を送ってくる。よく分らない。

…その後未来留を家まで送り(その時の未来留は、やけに上機嫌だった。)僕も自分の家に帰る。自分の家のドアを開け家の中に入る。

「ただいま。」

返事は返ってこない。当たり前だ。今日母さんは、家に帰ってこない。メールにもそう書かれてある。これは、家に帰った時の通過儀礼のようなものだ。僕は、靴を脱ぎ居間に入る。電気をつける。すると居間のダイニングテーブルに髪が置かれているのに気が付いた。見ると母さんの置手紙みたいだ。朝にでも書いて置いたのかな。

『ごめんなちゃい。今日から3日間ぐらいは、家に帰れないスケジュールになっちゃってるの。…もしあなたが、大人の階段を上ってもあなた自身が責任を取りなさい。愛しているわ。ママより。』

「ハハッ。」

母さんらしい置手紙につい笑いがこぼれてしまう。僕には、母さんしかいない。父さんは、僕が、小学校4年生の時に自動車事故で死んだ。葬式の時は、記憶があいまいでよく覚えてない。唯一覚えてることとして母さんにしがみついて泣いていたことぐらいだ。母さんは、そこから忙しくなった。女手一つで子供を育てるから忙しくなるのは当たり前だけどそれだけじゃなかった気がする。母さんは、仕事で悲しみを紛らわせてたんだ。父さんが、いなくなった現実を母さんも受け止め切れてなかった。そのせいで母さんは、僕が、中学生に

上がった時倒れて入院した。入院した原因は過労。それしかないに決まっている。僕は、母さんに泣きつき

「もうそんなに働かないでくれよ。母さんまで死んじゃったら僕は、どうすればいいんだよ。」

と言った。今思うと少し恥ずかしかった。だけど、それから母さんは、昔ほど仕事を入れなくなった。だからといって少し心配だ。母さんが、無理しなきゃいいけど。…あれ、まだ裏側に何か書いてある…。

『PS、大丈夫。今回の仕事は軽いから。心配ご無用!』

僕の心配も母さんにはお見通しか。母さんには、何一つ敵わないな。僕は、家に母さんが、いないことが多いから家事は、まぁまぁ出来るけど母さんとは月とスッポンぐらいの差がある。口に出しては言わないが、僕の母さんは自慢の母さんだ。

…全ての家事を終わらせ僕は、自分の部屋のベッドに入る。今日もさして変化のない日常だった。変わったといえば未来留の散髪ぐらいか。このまま毎日未来留と一緒に登校してクラスメイトと雑談をして、そして一緒に遊ぶ。平凡な日常。…くそ食らえ。そんな日常なんて。平凡だから幸せなのか?じゃ死んだ後は?平凡に生きたところで、すぐにその人が生きた記憶は、風化してしまうんだよ!…僕の父さんがそれだった。僕の父さんは、平凡な男だった。年収も平均的、身長も体重も。誇れることは一つ『優しい』だけ。けれども僕は、父さんが好きだった。平凡な父さんだからこそ人が集まりやすく、だれにでも優しい父さんは、父さん自身は、気づいてなかったけどみんなに好かれていた。…その父さんが、交通事故で死んだ。僕の父さんが、運転していた車に反対車線のトラックが突っ込んできた。父さんは、即死。トラックの運転手は、軽傷で済んだ。それに、トラックの運転手が反対車線に突っ込んできた理由が、居眠り運転によるもの。本当にやり切れない。…だけど僕が、この残酷な世界にやられた絶望は、これだけじゃない。葬式の後僕は、悲しみに暮れる中新聞を開いた。その時は、小さいながらも父さんの記録が欲しかったんだ。後は、父さんを殺した奴を知りたかった。知ってどうするのかも考えてなかったと思うけど…。だけど、探したはいいが全然見つからなかった。長い時間をかけてようやく見つけたが、それは隅の方にあった。それも小さく。もうこの時点で父さんを殺した奴もどうでもよくなった。父さんが、今まで生きてきた人生の最期がこんな隅の小さい場所で埋まるなんて到底信じがたかった。TVにも取り上げられたが次の日から取り上げられなくなった。一週間もすれば、葬式であんなに泣いていた奴らもピンピンしていた。父さんは、世間の奴らにとっては、どうでもよかったんだ。

僕は、そこで決意した。この残酷な世界で死んだ後も名を残せるぐらいに特別な人間になってやるって。平凡に生き、平凡に死んで、誰からも忘れられた父さんにはならない。特別を求め、特別に死んで、この世界の人間に僕が生きていたという記憶をねじ込んでやる。そのために努力した。そのかいあってか成績優秀、運動神経抜群になれた。だけど、こんな平凡な日常は、うんざりなんだ。変化が欲しいんだ。それもこの日常を根本から覆してくれる変化が…。はぁー。だんだんと眠たくなってきた。僕は、すっと目を閉じ、眠りへと誘われていった………。

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