幕間

 いつもどおり店番をしていると、いつもとは違う鐘の音が鳴った。それは『クロネコ』のお客様であることを示している。

 目線を向けるとそこには少女がたっている。

「また、ね」

 ばれないようにこそりと呟く。少女は気づいた様子がない。

「あ、あの……!」

「ようこそ、『クロネコ』へ。あなたのお悩みお受けしましょう」

「じゃあ、やっぱりクロネコの噂は」

「えぇ、本当ですよ。どうぞこちらへ。あぁ、私はここの店主……霧桐梢です」

 ひとまず大げさに礼をしてみせる。少女はこちらの大げささに気がついていないのか緊張して面持ちだ。

「あっ、初めまして。凪杉光です」

「ようこそ、

「は、はい」

 光を奥の事務所へと先導して適当にお茶菓子を渡す。用意と心構えのために一息ついているとまたもや黒猫の鐘が鳴る。そうだ、確かこの後は。

「あら、零。おかえりなさい」

「ただ今戻りました、母さん」

 自分の息子。それでいてまだまだ未熟な部分もあるとはいえ立派な『クロネコ』の技術士でもある彼。

 ここは零に任せている。それならばたまには自分が動くことも考えるべきかもしれない。

「母さん?」

「今お客様来ているの。だから接客のほうしておくから零は着替えたらでいいから、店番よろしくね」

「えぇ。かしこまりました」

 零をおいて書類を手に光の下へと戻る。光の相談を聞かねばなるまい。

 まぁ、内容は聞くまでもないが。

「では、改めまして依頼の方を……どうぞ」

「実は私――――」

「「意識を失ったような気分になって、そしてフッと気が付いたら全然知らないところにいるんです」」

「……って、えっ?」

 自分の言う内容をそっくりそのままとられてしまい呆けてしまう光。なぜこの人は自分の頼みたい内容を知っているのか、それどころか一言一句間違いなく答えられるのか。

「失礼しました。私は人の心を……読む力があるんですよ」

「さ、さすがなのかな……?」

「お好きなように。それに『クロネコ』にて、この力があるのは私だけと思っていただいた方がいいですので」

「そ、そうですか。とにかく、私訳がわからないんです。動機が突然どこかへと消えてそれなのに、どこから来たとかそういうことは理解しているんです」

 ほお、最初に少し遊んでみたらこのような形で話が進むのか。新たな発見だ。

「大丈夫ですよ。クロネコはその依頼お受けしますから」

「本当ですか!?」

「嘘なんてつきませんよ。では、こちらの書類に手続きを……」

 さっと書類を出す。梢はその間にさて、どうするかと考える。彼女の問題は動機が消えると言うことではない。

 光は自分自身に生霊をまとわせることで、動機を作らなくさせた。そしてふと、なぜここにいるのかと疑問を感じるようにした。こうすることにより、色々考えることもせず進むことが出来るようにした。その結果、この動機を喪失したと勘違いすることにより深く悩むことになってしまったのは皮肉な形ではあるのだが。とにかく、そのような解釈をして以前までの世界のほとんどはクリアをさせてきている。今回もそれでいいだろう。

 ともかく、一番簡単な方法は『真実の鏡』をみせることだ。だが、どのタイミングでやるかも大切。このままでは今までの”二の舞”になってしまう可能性が高い。

「あの……」

「なんですか?」

「私のこれって本当に動機を喪失している……その線で考えていいんですか?」

「と、言いますと?」

 眉根を寄せる。さすがにここまで考えることが出来るとは考えがたい。

「実はこの動機喪失に伴ってもう一つ感じることがあるんです。胡蝶の夢というか……似たような体験を夢の中でしている気がするんです」

 思わず目を細めてしまう。胡蝶の夢? デジャヴュというのは確かに往々として一度や二度は経験した子があるだろう。しかし、それをこの場で現わすなんてイレギュラーの動きすぎる。

「霧桐梢……さん」

「どうしました」

「私は最初、あなたを見たとき年下の女性だろうと感じました。でも、違う。あなたは私より年上……うぅん。二児の母」

「なぜ、そのことを」

 必死に押し隠そうとするも動揺をしてしまう。なぜ知っているのか、なぜ迷いのない瞳をしているのか。

 そんなはずないのに。何を思いここにいているのか。

「わかりません。でも、知ってるんです。あなたがそうであるって。子供の名前は……そう。零と心。そして主人の名前が――――」

「待って。うん、少し時間ちょうだい。そこにいて」

 返事を聞かずして自室へと走って戻る。そして日記を調べる。

 ドクンドクンと心臓がうなる。

 まさか、光がここに来る前にホットリーディングをしていたとは考えづらい。となれば、考えられることが1つだけある。

「時間が……重なった」

 42回目の4月25日。それまでの日記をさらってもこんなことは書いていない。それどころか旦那の名前まで知っているなんて記述は一切ない。

 つまり、これで――――。

「ようやくスタートできる」

 梢の瞳が大きくらんらんと輝いた。





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 時の重なりを確認――――。修正を開始。時間軸を戻します。

「時空の砂時計は、今壊れた」

 日記の横に置かれた砂時計はころころと転がりそして落下する。内容物の砂が床に散らばり一汚れてしまう。

 そして、この世界は今一度こわれ――――。

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