第六章:夢のディストピア

 こんな夢をみた。

 夏目漱石が書いた小説、夢十夜の始まりはこうである。

「……国語でやった」

 心は自分の状況を組んだ後そんなことを思い出していた。確か小説内では主人公が神代、鎌倉、100年後の世界を夢の中で体験していくというものだ。

 その昔から、夢というものは人々を色々と考えさせられる。ことわざでもある胡蝶の夢。心理分析の一つでもある夢分析。人は夢に意味を持たせ現実に意味あるものと変えてきた。

「……道具の暴走。『夢幻回廊むげんかいろう』……夢の最後は何階だろう?」

 ここで零ならば難解なと前振りをしていたことであろう。

 今回、夢幻回廊に囚われたのは10名。

 心、零、光、そして名も知らぬ7名の一般人。

 零は今頃どうしているのであろうか。さすがにこの世界が夢幻回廊で作られたものであることぐらいは認識しているだろうが、階段を上ることが出来ているのか、いないのかわからない。そもそもこの階段は上っているのか降りているのか。

 光はこの状況に戸惑っているのかもしれない。気づけているのかも怪しいところだ。いや、光も十分クロネコに染まっていることであるし、夢幻回廊に気づかないでいたとしても矛盾に困惑している可能性はあろう。

 他の7名は、恐らくおかしさにしら気づいておらずふわりと浮かび続けていることかもしれない。夢の中で夢と気がつくのは難しいところだ。

「……とりあえず、まずは2階を目指そう」

 目の前にあるのは霧。

 白白白白白白。

 足下すらおぼつかない。

 その中でも一段一段上っていき、2階に降り立つ。大きな扉の前に書かれたプレートにはフロア名が書かれている。『桃源郷』。それがここの名前だった。

「……男の欲望?」

 キィーと、音を立てながら扉をあけて、一歩足を踏み入れただけでそう思わされる。全体が薄桃色に包んだ霧で、派手な香水の甘ったるさがある。その薄霧を目をこらしながら歩いているとある程度腫れてきて、この桃源郷の住人がやってくる。

「……童貞の夢?」

 セパレートタイプというよりは、三角形のビキニである。半ば見えそうになっているが、ギリギリのところで見えないのは、その双球がスイカやメロンかと揶揄されるような大きさであるからだろうか。

 その中央には大きめのソファーがあり、そこに貧相な大学生ぐらいの男が足を組んで座っている。堂々としているようでその実、足先、手先が震えていることから緊張していることがうかがえる。夢の中でぐらい緊張しなくてもいいのにと心は呆れた。

 なにはともあれ彼がこの夢の主人公であろうことは容易に推測できる。

 爆乳ココに極めりといわんばかりに、豊富なそれを持ち出して、男の顔を沈めさせる。見ていてこちらが恥ずかしくなるほどだ。

 このままココで観察してその男の馬鹿さ加減を見ているのも悪くはなかろう。だが、クロネコの使者としてそうも言ってられない。それに妄想がエスカレートしてアダルトビデオのようなことをし出したら気まずさがあるし、爆乳を見ているだけでも、小さな苛つきを覚える。

「……結局おっぱいなのかな?」

 巻き込まれただけの人と知りつつも毒を吐きたくなる。

「……童貞」

 一応はスッキリした。心は薄霧の世界をまた歩いて行くと階段が現れる。白い霧が一面を覆う。

 三階は『ウミノキオク』。

 薄い霧を乗り越えていくと、そこにあったのは古く大きな船だった。

「……新品だけど古い」

 その古いというのは使い古されたという意味ではなく新旧のことをさしているわけだ。

「……あれ? ユウ来てたの? ふーん、今合流したんだ……。ユウは自由に行き来できるの? 便利だね、うん。そっか」

 気がついたら合流をしていたユウ。夢幻回廊の世界が気になりやってきたらしい。心としても、一人はやや心細い、ということはないが仲間がいると事件解決に役立つ可能性が高い。また、ユウはこう見えても博識である。知らない知識を埋め合わせることができるかもしれない。こう見えてと評したが、ユウが見えるのは心だけなのだが。

「……ふ~ん。これ、いなづまっていうんだ。駆逐艦? そう」

 ユウがこの船の知識を補強してくれる。仮に知らなくてもこの夢の主人公さえわかればいいのだが……旅は道連れ世は情け。先ほどの童貞はともかく夢の内容をよく把握することで夢幻回廊を抜けやすく出来る。

「おぉ、アヤハ殿。アヤハ殿生きてられたのか」

 キィーと車いすを引きながら心を認めると、嬉しそうに声を漏らすおじいさん。人は年をとると昔に戻ると言うが、それは本当だなと感じさせられる。いや、これはボケというよりは夢の世界だから昔に返っているだけなのかもしれない。そっと視線を落として思考を巡らせる。

「……お久しぶりです。あなたも生きていられたのですね」

「私はスラバヤ沖から帰ってきたばかりです。あぁ、あなたに出会えて、再び出会えてよかった」

 視線でユウに送る。ユウからの返答は丁寧なものだった。

 駆逐艦電。スラバヤ沖海戦に参戦。その際に撃沈した敵艦の救出作戦をおこなったことで有名らしい。捕虜目的の捕縛ではなく、純粋な救出作戦など、その戦績は語るに尽くさない。

「……大変でしたね。しかし立派です」

「そんなことない。私は何もしてないさ。上官の命令に従ったまでさ」

「……しかし生きていてよかった。生きて現世でお逢いしましょう」

「あぁ、そうだな」

「……失礼します」

 頭を下げてこの場を辞する。おじいさんは敬礼をして心を見送った。

 ウミノキオク……。確かにそれにふさわしい。

「……ユウはなんでそんなに詳しかったの? 趣味? ミリオタだったの? ……ふ~ん、そうなんだ」

 ミリオタではなかったらしい。とはいえ、オタクの人の言うオタクでないという発言ほど信用できないものがない。

「……3階。『悩み波』。また……海?」

 白い霧からまがまがしさを感じる黒い霧になっている。

 それとともに潮の香りがあたりを漂う。そういえば、先ほどのウミノキオクでは潮の香りがなかったことを思い出す。ということは記憶を元に作成したが、匂いの記憶は薄れていたということだろうか。。対して2階の童貞――――もとい桃源郷では、甘い匂いがしていたがあれは想像で作り上げたものであろう。そして今回の階層は誰がどんな部屋にしているのか、少し楽しみでもある。

 そう思い歩いていると。

 ざざぁん、ざざぁんと波の音が寄せては引いていく。そのどこまでも青しかない海を眺めるようにしながら一人の少女が砂浜に裸足で体育座りをしていた。

「意味分かんないよぉ」

「……何が?」

「この空間が……って、心ちゃん!?」

 ガバッと立ち上がる光。霧でわからなかったが近づいてみたらその姿はワンピースタイプの水着であった。童貞の時といい、水着はブームなのであろうか。今回は、悩みという主軸の物を海と例え、その海と関連して水着としているのであるだろうから無理はないと思うが。

 光は心に抱きつくと「なにがおきてるのぉ?」と尋ねてきた。

 どうやら光は訳がわからないことに巻き込まれているということ自体には気がついているらしい。さすがはクロネコのアルバイトというべきところであろうか。先ほどの二人とは違いパニックになっているのが残念ではあるが。

 その結果がこんなところで黄昏れるという結果になっていたようで、どこか違和感のあるこの世界で不安で仕方がなかったようである。

「……うちの道具『夢幻回廊』が暴走したみたい」

「夢幻回廊が? なんで……?」

 自分で言ってから無限回廊のことを知っているのかと疑問に思ったが、その道具について尋ねてこなかったことから考えるに零辺りがすでに教えていたらしい。

「……わかんない。それは脱出してから調べる」

「そっかぁ……。というか脱出できるの?」

「……うん。一つ一つ階を上って、その階の主を調ることで回廊を破ることが出来る。……ここは3階。1階は私」

「そうなんだ……。あっ、これって私ここで待ってなきゃだめなやつ?」

「……ううん。移動しても大丈夫。一緒に……来る?」

「うん、いく」

 頷いてようやく抱擁を解除する光。よっぽど不安だったのであろう。夢幻回廊も、もっと強くコントロールできるように改良すべきかもしれない。そうでなければ光のように道具の能力が薄い人が混乱に陥ってしまう可能性が高い。それならば順応しておく方がまだマシだ。パニックに陥ると一生涯、この回廊から抜け出すことが出来なくなってしまうかもしれないのだから。

「……それなら靴は履いておいて」

「ココ来たときから靴履いてなくって。服も」

「……大丈夫。ビーチサンダルなら出せるはずだから」

「ビーチサンダル?」

「……想像してみて」

「う、うん」

 そして目を閉じる。

「うわっ、出てきた」

 数秒後、光の目の前に桜色のビーチサンダルが現れた。光の私物であろうか、少しよたれている。大きさも少しばかり足りていないようにも感じる。

「……想像した物が出てくる。ここはあくまでも夢の世界なんだから」

「あー、そっか。うん? でも、それなら服とか出せるんじゃ? ビーサンにこだわらなくても普通の靴も」

「……たぶん無理」

「えっ? なんで」

「……その夢にあったものにしか出すことが出来ない」

「だ、だとしてもちょっとしたウェアとか。う~ん!」

 頑張ってうなってみせるが全くもって出てくる気配がない。悩み波。言い得て妙であり、彼女が出ないと悩めば悩むほど波が強くなる。光はそのことに気がついているかは分からない。今回は暴走だったために光の願いは叶えられていないが、道具そのものは確かな効果を示している。さすがは零が作成した道具だ。

「……今回の夢には不適応と判断されただけだと思う」

「そんなぁ。じゃあ、この格好で?」

「……うん」

 ガクリと肩を落とす光。気持ちは分からなくもない。出来ることなら私もなんとかしてあげたいが、この世界に干渉できるのは現状光だけだ。

「なんか肌寒いし服ぐらいほしいよ……」

「……肌寒いのは後ろにユウがいるせい」

「ユウ!?」

「……こっちおいで」

「あっ、肌寒さなくなったって。えぇ……」

 その言葉に小さく引いた声を出してからとぼとぼと歩き出す。ユウの情報によると、階段の方向と合っている。

「確か、こっちに階段合ったはず」

 なるほど、階段は見つけていたらしい。だが、実際に上っていいかわからないので海で黄昏れていたのであろう。さすがは悩みの波の主人公であるところだ。

 光を連れ添って四階へと昇る。ここで光と出会うことが出来たと言うことは近くに零とも出あることが出来るかもしれない。あるいは零はすでに夢幻を上りきっているかもしれないが。

「えっと、……『恐怖の間』? これって何?」

「……このフロアの説明。基本的な設定もわかる。たぶんこれは悪夢」

「悪夢かぁ。夢幻回廊もやっかいな物を見せてくれるね」

「……普通は見せないように設定できるけど、暴走しているから」

「そっか、なら仕方ないのかな?」

 暴走に巻き込まれた方は仕方ないで住む者ではないのだが。不運以外のなにものでもないが。しかも恐怖で目を覚ますと言うことも出来なず、パニックに陥っていると永遠に解けない悪夢となる。死んだ方がマシにさえ思えるがここは夢の空間、死ぬことすら出来ない。

 白い霧はこのフロアでは晴れることはなかった。全体的に薄暗く見通しも悪い。仮に見通しがよかったとしてもここは森の中。木々が邪魔をして遠くまで見渡せないであろう。

 それでも歩みを進めていると、歩みを進める。歩みを進めていると、歩みを進める。歩みを進めていると、歩みを進める。歩みを進めていると、歩みを進める。歩みを進めていると、歩みを進める。歩みを進めていると、歩みを進める。歩みを進めていると、歩みを進める。歩みを進めていると、歩みを進める。歩みを進めていると、歩みを進める。

「おかしくない? おかしくない? おかしくない? おかしくない?」

 言葉が何重にも交差をして、全体が暗くなり今がどこなのか何を歩いているのかもわからなくなる。

 ぐるりと世界が一周して全てを恐怖に埋め尽くす。そんな様子に心は小さく息を吐いて思考を巡らせる。

 この部屋の主はぐるぐると回る世界で迷っているらしい。その迷いに自分たちもとりこめられようとしているということであろう。この部屋で主を見つけ出すのは至難の業だ。

「……ユウ。お願い」

 その言葉とともにユウが光のそばを離れてどこかへと走り出す。走るという表現が正しいかはわからないが。

 ともかく、ユウは走り出す。ユウであればこの不可思議な空間を意にも介せずココの主人公を見つけ出してくれることであろう。

「心ちゃん? どうにかなるの、これ」

「……なるならないの二択ではなかなか答えることが出来ない。ここは夢の中の世界だから主人公がどう動くか、考えるかで世界が一気に変わる」

「ユウはそれに反応するの?」

「……最悪幽霊のいない世界、受け付けない世界ならこの夢幻回廊から外に出されると言うことも考えられるけど、なかなかそんなことにはならないと思う」

「それなら安心、なのかな?」

 やはりよくわかっていない様子である。とうの心も、概念は理解しているがその仕組みまでは理解していないので、やはりのところ運任せになってしまうのだが。

 しばらくの間木陰に寄りかかって一息を着く。

「あれ? 夢幻回廊って階段上って……だったら、建物のはず。木陰?」

「……回廊ににたてているだけで実際はそうでもない。夢の中で太陽が必要なら太陽を生み出している。それだけ」

「太陽を生み出すって天照あまてらすもビックリだね」

 神話も大概な話が多いがそれ以上にこの道具も大概である。

「……ある意味今も天岩戸にこもっている主人公を探しているような物」

「探している人物が幽霊だし、こもっているというか迷子になっているんだよね、たぶん」

「……うん。私たちも離れすぎると迷子になる可能性がある」

 この部屋の主がどのような設定をしているかによって、そのあたりも変わってしまうが、先ほどの何度も同じ場所を回るこの部屋の性質上、出口は案外近いところにある可能性が高い。まっすぐ進んでいるつもりが実は曲がっている錯覚に陥っている可能性や、この部屋の構造がドーナツ型になっている可能性もある。どちらにしろ、こういうパターンの場合一番手っ取り早いのが空から道を確認することである。

「……おかえり、ユウ」

「返ってきたんだ」

「……ユウ、お姉ちゃん好きだよね、やっぱり」

「人に好かれることがこんなに微妙な気持ちになることもあるんだね……」

 恐ろしやというべきか訳がわからないと言うべきか。ともかく、ユウから情報を引き出す。わかったのは以下の出来事であった。

 ここは一本道であること。主人公は霧に隠れて見えなかったこと。風の流れからここは一定の距離を進むことで地点が回ると言うことだ。

「え? 同じ場所に戻るってどういうこと?」

「……地点Aと地点Bをつなげると言うこと。つまり、一定の距離を進むと元の場所に異次元移動していると考えたらいい」

「えっと?」

「……とどのつまり、ループをしていると言うこと。一定の距離を進んだら自動でスタート時点に戻るみたいな感じ」

「なるほど……?」

 今ひとつ理解していないらしいがこれ以上説明の仕方もない。そのため無理矢理にでも話を完結させて、さてどうしようかと考える。

 夢幻回廊の特性上、この階に住まう主人公を探す必要性がある。どこに行けばこの部屋の主を探し出すことができるのか。闇雲に探し回ってもこの延々と元に戻る道を辿るだけである。また、ユウが姿を確認することが出来なかったことから考えて霧の、特に濃いところに隠れている可能性が高い。この部屋の名前は恐怖の間。何かにおびえているということも考えられる。

 それならば、発想を転換させればいい。自分から主人公を探し出すのではなく、主人公から自分を探し出させればいい。

「……お姉ちゃん」

「うん?」

「……これを再生しながら一定のペースで歩いて回ってきて。出来るだけ大きい音を立てながら」

「なにこれ?」

 と、渡した物を再生した。そこに録音されていたのはおどろおろしい音楽と、そして。

「ひゃぁ!?」

 光は思わず声を上げてのけぞる。女性の低く恨みのこもった声音の殺すという言葉の連続が響いた。

「こ、これ。だ、だい、だい、じょうぶなの?」

「……この録音機自体は私が夢の中で生み出した物。音楽はその階においてきたオーディオからのもの。そして声は演技だから安心して」

「心ちゃん、すごい声出せるね」

「……違う。ユウの声」

「ユウの声こんなのなのぉ!?」

「……ラップ音とか色々加工はしてるけど。それに、ユウも後ろをついて行くから」

「はい! 凪杉光、一人で行ってきます」

 返事を聞かないまま行ってしまう、光。彼女にとっては残念なことだが、ユウは後ろをついて行っている。見えないのだから知らない方がいいと言うことだろう。確定されるより曖昧模糊である方が都合がいいのかもしれない。

 さて、ここで待っていれば恐怖に震えてやってくる主人公を見られる可能性が高い。少ない可能性として主人公が零で、すでに移動しているということも考えられるが……いや、ココの部屋は恐怖の間。零が作り出すとは思えない。

「っ!? ひゃぁぁぁ!?」

 想定どうり、心の目の前を走り抜けていく姿が確認される。想定外の部分としては、少女の姿だ。見た目の年齢からして10歳ぐらいか。それからしばらくして光が戻ってくる。少しの間離れていただけのに改めて水着がやってくるのを見ると、ただの痴女にしてか見えない。森の中の痴女である。

「どうしたの?」

「……主人公を見つけれたから大丈夫。ただ、後で謝っておかないといけないかも」

「謝る?」

「……ここの主人公、10歳ぐらいの女の子」

「あっ」

 何かを察したように声を漏らす。しばらくの間無言の時間が続く。もとより心は幽霊関係のこと以外では寡黙なタイプであるので、光が黙るとどうしてもこうなるのだが。

「もう、いないぃ? あぁん」

「あの子か。ごめんね」

 背中に向けて謝る光。今すぐ謝りに行くのも恐怖をあおるだけであるのでやめておくことに限るであろう。ともかく、主人公をしれたのだから次の階へと進みたいところだが。

「それで、次の階段ってどのあたりかわかる?」

「……ある程度推測は立ててる。まず、私たちが入ってきた階段があそこ」

「えっ、あっ、本当だ。目の前。よく覚えてたね」

 様々な可能性を考えて元の場所を最初から記憶しようとしていただけなので褒められる事ではない。光も最初から記憶しようとしていれば記憶できていた部分だ。

「……だからこの場所を選んだというのもある」

「そうなんだ。それで?」

「……お姉ちゃんが歩くスピードが分速50メートルほど。そして一週して返ってくるのには8分30秒。つまり、ここの距離はおよそ425メートルとなる。……そして。今ままで上ってきた階から平均的に見て入り口の階段と降り口の階段はおよそ200メートルだった。……その誤差はほとんどなくてプラスマイナスで5メートルぐらいしかない。だからここから200メートル先の部分を中心に探せば見つかると思う」

「な、なんか中学か高校の受験問題にありそうな感じだね」

「……むしろSPI試験?」

「あはは、確かにありそうかも」

 と、微妙な同意をしつつ、推測を立てた場所で数分探すとひょこりと階段が現れた。

「あっ、ここにあったんだ」

 木々に隠れ、また階段の色も狙ったように茶色であるために、同化をしていたのでわかりにくくなっていた。恐怖の間、時間的な意味でこちらも恐怖を催すレベルである。別段ここに時間の概念が存在しないので大丈夫だけども、疲労は別だ。それと、これがあの童貞大学生みたいな人物の夢ならまだしもあんな幼い少女の夢ならば早く助けてあげたいところだ。

 続いて5階、『極光の輝き』。

 その部屋の名前を見た瞬間光の頬が引きつったのが見える。心も正直苦手な分類だ。

「極光って……確かオーロラのことだよね?」

「……この部屋の主がオーロラと設定していればそのはず。部屋の名前は夢幻回廊が自動でつけているから他の極光か、もしくは何かをオーロラに似たてていれば別だけども」

「むり、無理無理無理無理!? 仮にオーロラだとしたら私死んじゃうよ? 水着こんな姿でオーロラ見える場所って死以外ないって!」

「……大丈夫。夢幻回廊の中で死ぬことはない。夢の中で死ぬ体験しても死なないのと一緒」

「なら安心とでも言うと思う!? 全くもって安心できないよ?」

 そもそも寒さで死ぬのであれば光ほどではないにしろ心もほどほどに薄着である。一緒だ。

「……冒険家、植村直己は『不可能なようでも、一歩ずつ進めばいい』という言葉を残してるから」

「不可能なようでも、っていうか不可能と断定できるんだけど!?」

「……開けるよ?」

 返事を無視して扉を開ける。そこに広がるのは真っ白な氷に覆われた世界。風こそふいていないがシロクマやペンギンがいてもおかしくないような氷上の中にオーロラが輝いている。

「ちょっ!? 寒く……はない? 感覚麻痺してるわけでは、ないよね?」

「……夢の中だから何でもありと言うことだと思う」

「確かに夢の世界で温度って感じにくいかも。なら、助かったかな」

 思えば悩み波の時も、特別日差しが強かった覚えもなかった。適正な温度だったように思える。そもそも恐怖の間の時点で霧が発生して、冷たい空気が流れていてもおかしくなかったのに寒さを感じなかったので、そんなものなんだろう。もちろん、夢の主人公が寒さを感じるように設定をしていれば別の話だが。

「わぁ……綺麗、だね」

「……うん。見晴らしもいいし。あそこにココの主人公も」

「そうだね。話しかける?」

「……うぅん。認識さえ出来ればいいから」

 その人物は17歳ぐらいの少女であろうか。氷上で、車いすに乗り、頭のニット帽は坊主頭を隠していることがその様子から理解できる。

「……夢幻回廊の暴走。それが病院の方にまで行ってたんだね。あの病院は末期のがん患者も収容しているらしいから」

「そうだね。あの子、もう」

 それ以上の言葉は何も告げずに小さく頭を振る。光も、もうクロネコに長くいるせいか、心の様子からよみとったのであろう。あの子の寿命を。余命幾ばくかと言うことを。

「……あなたに幸せを」

 聞こえないことを理解している。それでも告げられずにはいられなかった。病状の女の子。可愛そうと思うことが正しいのかどうか。死が全てを分かつわけではない。だが、それでも人の死というのは重い物であろう。特に一般人にとっては馬鹿にならない重さがあるであろう。

 そういえば、オーロラはこの世を去った魂が天へ昇るときに使われていた、という伝承も残っているはずだ。

 少女にとって、オーロラとはなんなのか、この寒い土地でオーロラを見つめた先にあるのは一体何なのであるのだろうか。

 階段はすぐに見つかる。もう一度少女とオーロラを見てから階段を上る。

「……次は『微笑みの裏へ』」

「これ、は」

「……ん。たぶん、零が主人公だと思う」

「だよねぇ」

 扉を開けるとすぐにそれが理解される。クスクスという笑い声が辺り一面に咲いていて、もはや狂気の沙汰である。

 思えば怖い話などでは幽霊側の笑い声というのはつきものだ。幽霊は笑うか泣くか叫ぶか恨むか……人間のそれより表情豊かに描かれている。

「……それで、零はなにしているの?」

 部屋の中央でベンチに座って読書のふけこんでいる零に話しかける。よく、こんなうるさい部屋で読書ができるものだ。

「やはり心が動いていましたか。どうです? 何人見てきたのですか?」

「……自分の分とここも含めて6階。あと4人」

「ほう。では残りも心に任せましょうか」

「れ、零くんはなにするの?」

「正直二人で動き回るとすれ違ったりなどで、お互いに最後のピースを埋めれない可能性が高いため、私は休んでいることにしました。ほら、こちらの夢幻回廊のマップで心が動いていることは見えましたから」

「えっ?」

 誘われてみると壁紙の一つと同化していて気づきにくくなっているが、そこにはこの夢幻回廊の階層とそして全員の主人公の位置が書かれている。心は桃色、光は白色、零は青色といった具合に書かれている。

「こんなものまで」

「それに、なにか問題が起こったときに戻ってこれる地点としてここをリスポーン地点としていただくべく、私も整理しておきましょう」

 パンパンと手をたたくと空中からボタンが二つ表れて心たちに渡される。

「そちらのボタンを押すとこちらの部屋にワープするようになっております。もし、道具が必要になりましたら私が出して差し上げます」

「なんでもあり?」

「夢の世界ですから。それにここは微笑みの裏へ。幸福になるものから不幸になるものまで、道具は自由に出せるようにしてあります」

「へ~……って、そうだ! じゃあ、私の服! 服を出せるよね!?」

「そうですね……服自体は出せると思いますが。夢の中で作られたものですので出来は保証できません。なにより、なにかしら不思議な力が付属する可能性が高いです。微笑みの裏へはもともとそういう道具を出すようにしてありますから。それでも出しますか?」

「だいじょーぶでーす。水着のまま行きまーす」

 魂が抜けきった顔をしている。隣で様子を見ていたが、夢の中で作られた物、あたりから何かを察していたように思える。というより、水着姿を見てもなんの動揺も見せない零は一体何者であろうか。

 同性である心からしても、光はプロモーションもよく、同級生の男児達は鼻を伸ばしそうな物だと思える。彼は性欲というものをどこかに忘れてきているのか。

「……じゃあ、ココでの管理お願い。私たちは先に行く」

「そうですか、それでは」

「うんっ。またねってあれ……私もここにいても」

「……お姉ちゃん行くよ」

「う、うん」

 流れに弱い光はそのまま扉を開けて階段を上り始める。実際のところ一人でも問題ないが、逆に言えばココの部屋に二人でいる必要性もない。それならば着いてきてもらう方が恐怖の間のようなことがあったときに役に立つことがある。

 どこか納得してないような、それでいて言い出せないような雰囲気の光をつれてそのまま階段を上る。今回は『プリンセスヒーロー』と銘打った部屋だ。

「……部屋の名前だけじゃ、どういうものなのかわからない」

「姫様がヒーローなのか、姫様のヒーローなのか。どちらにしろお姫様が関わっているのは間違いないと思うよ」

「……とにかく、いってみよう」

 別に部屋の特性まで理解する必要性はない。主人公さえ見つけることが出来れば、後は階段を見つけるだけの話なのだ。

 扉を開ける。その先にあった世界は……二次元だった。

「わぁ、すごい」

 誰もが一度は夢見たであろう美少女戦士が空中戦を繰り広げている。ただそれは朝方にやってそうな子供向けアニメと言うよりは、セクシャリティの強い露出が激しい衣装だったり、空中で繰り広げられている技名っぽい声が中二チックである。

「あー、これいくか私知ってる。Twitterとかで出てる画像で見たことがある。深夜アニメのやついくかあるよ」

 ということは深夜アニメ出間違いないらしい。

 空中にいきがちな視線をさまよわせるとおそらくココの主人公であろう人物が見えた。心と同級生ぐらいに見える男の子。戦いを興奮した様子で眺めている。幸せそうだ。

「こういうアニメって戦いそのものよりストーリー楽しむような気もするけど」

「……魔法少女系は鬱アニメ」

「決めつけた!?」

 実際鬱展開はつきものである。かわいい子をぼろぼろにしたいというサディスティックな部分も見え隠れしてしまう。

「……もう、ここにはようはない」

「そうだけど……あっさりしてるね」

 光をつれて出て行く。

 あんな重い物を胸につけて戦闘の邪魔ではないのだろうか。ここも桃源郷と同じく童貞男子学生の欲望の塊だ。

「なんか心ちゃん怒ってない?」

「……怒ってない。あきれてるだけ」

「えっ?」

「……お姉ちゃんには一生わからない怒りだから無視して」

「え、えぇ……」

 結局怒っていると言ってしまっているが、その部分に突っ込みはなかった。何か言いたい気持ちは山々だがぎゅっと我慢をしているのだろうか。それとも、さっさとこの世界を壊したいという気持ちが強いのだろうか。

「……次は、まともな部屋であるように」

「まともな夢ってあるのかな?」

「……『空』。簡潔な名前」

 今までは何かしら回りくどい様子が見えていたのに今回に限ってはたったの一言で片付いている。部屋の名前で推測できなければ夢の内容も推測しにくくなってしまう。とはいえ先ほどの階のように欲望に塗り固められていたりすれば別だが。

「あっ」

「……うわぁ」

 扉を開けて全てを察する。そこにあるのは空だった。まごうごとなき空。そして上から落ち続けている一人の少年。齢9といったところだろうか。

「確かに一回は空を飛んだりとか階段を踏み外したりとか、そいういう夢を見るよね」

「……地獄」

「空なのに地獄ってのもおかしな話だけども」

 恐怖の間以上に早く助けてあげるべき人であろう。夢から覚めなければ延々と落ち続けなければならない。というより子供はやはり刺激が強い分悪夢なども見やすいのかもしれない。ストレスがないと思われがちだが実際はストレスだらけということもある。

「それで、私たちはどうするの?」

「……リスポーン」

「えっ?」

「……零のところに戻ってパラシュートを二つもらってきて」

「あっ、なるほど。あの子の分は……空中にいるから手渡しも出来ないか」

「……ココで頑張るより夢から覚めさせてあげる方が先決」

「わかった。じゃあ、とってくるからしばらく待ってて」

 そう言い残してボタンを押すと目の前から瞬時に消える。便利な物だ。

 プリンセスワンダーが不可思議な部屋ではないのですぐこちらにも上ってこれることであろう。

 そういえば、空なのに地獄と光はいったが、そもそも本当に地獄というのは地の下にあるのだろうか。空にある可能性もあるのでは。どちらにしろ、『クロネコ』としては死後は無なのだが。

 ともかく、比喩的な意味での地獄を体験している少年を見ていると、すぐに、後ろから軽い足音が聞こえる。

「ただいま。これ、もらってきたよ。本当に何でも出せるんだね」

「……夢の中だから」

「便利な言葉だなー。夢って」

 夢幻回廊の付加価値ともいえる。メインとしては自分が望む夢を見るというものである夢幻回廊。今となってはそれはその人にあった夢としか設定されていないのでメインの価値が消失をしている。

「それと、これ双眼鏡。階段探しに役立つかもって」

「……うん。ありがとう」

 双眼鏡を受け取ってあたりを見渡す。その双眼鏡は付加価値として熱源探知もついていた。ビュンビュンと男の子が下に落ちているがそれを無視しつつ探していると、一カ所不自然な部分を見つける。なるほど、あそこかとしめしをつけて光にも教える。

「だとしても、スカイダイビングか……」

「……いくよ。せーの」

 バッと二人そろって飛び降りる。

 さすがに、心もでそうになる悲鳴を押し殺す。パラシュートで落下しつつ、その不自然な点まで降りてきたところで扉を開ける。

「よいしょっと……心ちゃん!」

 まず、光がうまく扉内へと侵入をして手をさしのべる。その手をとってなんとかフロアへ降り立てた。

「……ユウはふわふわ浮いてるから便利だね」

「あー、そっか。ユウは元から浮いてるよね」

「……うん。楽だよね。とにかく、後二人、見つける」

「うん。がんばろう!」

 光は元気に頷いて歩き出す。早く助け出してあげるべき住人の2人目だ。

 そこから9人目『徒労宿舎』、10人目『ストレス総会、爽快へ』と、簡単にクリアを重ねる。これまでの傾向的に若い男性の夢は簡単にクリアすることができる、はずだったがこの主人公2人の目は死んでいた。

「私も後もう少ししたら彼らの仲間になるのかな」

「……うちに永久就職する?」

「永久就職という言い方はどうかと思うけどそれはそれで魅惑的だね」

 半ば本気で誘っている。事務処理ができる人間は一人いてほしいというのは『黒猫』としても願いどころだ。それに、一般人の考えを失わなくて済む。

「……とにかくこれで10人がそろった」

「これで、出られるの?」

「……ううん。最後の仕上げ。階段上るよ」

「えっ? う、うん」

 そう促されて少し不思議に思いながら登り切ると現れたのはもはや見慣れた扉。『真空の夕焼け』とタイトルがかかっている。

「これ、は?」

「……私が主人公の部屋。私にとっては1階」

「ん、うん、あれ? 心ちゃん、ずっと上ってきたんだよね?」

「……うん」

「階段を上ってきて、一度たりとも降りてないのに同じ部屋に戻る……?」

「……夢幻回廊だから」

「すごーい、免罪符だねー」

 『クロネコ』に入ってから光は思考放棄がうまくなったようだ。原理はじつは奥深くにあるのだがそれを解説するには哲学的な物から、まだ表向きな発表がされていない各大学の研究の説明をしたり等しなければいけないため、非常に面倒である。インプットはできているが、アウトプットできる自信はない。

 ともかく、タイトル通りの夕焼け空間に足を踏み入れる。

「それで、ここで何をするの?」

「……これ、もってて」

「どこから出したのよ……」

 思わず素で突っ込まれた。

 とはいえここは心が主人公の部屋。何が起こってもおかしくないのだが。

 渡されたのは大きな円盤。もっているだけでもかなりの重さで手がぷるぷると震えだしてしまう。

「……ここに夢の住人の顔と目的、内容を綴った紙をいれていく」

「プリンセスヒーローはわかりやすいけど……空みたいなやつの目的って?」

「……色々言われてるけど必死に頑張って、それでも手に入らない、もがいているときによく見る夢としてどこまでも落ちる夢をみるらしい。あの年齢なら子供の中でも色々葛藤も生まれる頃だろうし、不安もあるから見たんじゃないかと予測できる」

「へ~」

 感嘆の声を上げている間に全てが終わる。

「……これで夢から覚める」

「やっとだね、それにしてもなんで暴走したんだろう?」

「……その原因も調べる必要があるかも」

 その返しとともに視界がフラッシュバック。一時的に意識を失った。

 次に目が覚めたときは――――。





 夢幻の世界。無限の世界。

 囚われた世界。

 ――――本世界は停止をいたしました。新たな世界へのアクセスを試みてください。本世界は停止をいたしました。新たな世界へのアクセスを試みてください。

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