幕間
黒猫に来て早三ヶ月がたとうとしていた。テスト勉強もなんだかんだで黒猫の営業時間中、暇なときにさせてもらえた。そのかいもあってか、履修科目は全て単位を修得することができ、高校生活と比べるとかなり長い夏休みに入った。
とはいえ、実家に帰るにしても数日程度だったりで暇をもてあましている間は黒猫でアルバイトという名の時間潰しをしていた。ここでは、おそらく社会活動には役に立たないだろう学びを多く得られる。いや、霊感商法などに騙されないという意味では社会活動に役立つかもしれないが。
視線を前に移す。棚を物色する女子高生の客が二人。高校も夏休み期間中であることを鑑みると、制服姿ということから部活帰りである可能性が高い。次点で補習という可能性もある。彼女たちの姿を見て、生徒会などではなさそうだと思うのは、少々偏見が過ぎた見方なのかもしれない。普段なら特に気にもとめないお客様のたぐい。一目惚れレベルのアクセサリーが安価に無い限り、何も買わずに行ってしまうだろうが、今回はそう言ってられないと『神秘の水晶』が呟いている。水晶の名を持っているが、かなり小型化していて指輪サイズだ。それは水晶と言えるのかなどとツッコミもあるが、とりあえずは置いておこう。
二人の高校生は『似合いそうなのがないね』、などと言いながら小物を置き、扉に手をかける。少々乱暴なカランカランという音の後、二人が完全に外出ていったタイミングで声をかける。そこにかけるのはお馴染みの『あなたに幸せを』ではない。
「お待ちください。あなたのカバンの中身、見させていただきますか?」
「なっ……何言いだしてるのよ!」
慌てたように茶髪の方が振り向くと同時に叫びに荒声をあげる。まあ、確かに、普通の状況ならば不躾な願いも甚だしい。
「『黒猫』の噂、この近くに住まわれているのでしたら知っておりますよね? その噂が本当であるか否かいというのは、ココでは言及いたしません。ですが、そのようなお店で、このようなことをやろうとする根性だけは尊敬できるかもしれませんね」
「やめてください。何を言いたいんですか?」
もう一人の、黒髪ロングが落ち着き払って切り返してくる。話の流れ的にもこちらがリーダー格のようだ。つまり、こっちを揺らせば、ボロがでるだろう。
「あなたはこの近くに住まれてらっしゃる。自転車圏内……およそ15分程度のところにあるマンション」
「……えっ?」
先ほどまでの威勢はどこへやら頬は引きつり歪んだ笑みとなる。図星のようだ。こちらも、同じくらいに頬を引きつらせて笑みを浮かべて見せる。その笑みの真意は、困惑と余裕。真逆のものだろう。
「あなたは他人から好かれたい、賞賛してほしいと思っており、それにかかわらず自己を批判する傾向にあります。また、弱みを持っているときでも、それを普段は克服することができます。そして、使われず生かしきれていない才能をかなり持っているようです。外見的には規律正しく自制的なようですがその反面、内心ではくよくよしたり不安になる傾向がありますよね。正しい判断や正しい行動をしたのかどうか真剣な疑問を持つときがあります。いくらかの変化や多様性を好み、制約や限界に直面したときには不満を抱いてますよね。そのうえ、あなたは独自の考えを持っていることを誇りに思っており、十分な根拠もない他人の意見を聞き入れることはありません。しかし、あなたは他人に自分のことをさらけ出しすぎるのは賢明でないと気付いています。あなたは外向的、社交的で愛想がよいときもありますが、その一方で内向的で用心深く遠慮がちなときもあります。最後に、願望にはやや非現実的な傾向のあるものもありますね」
「な、なにがいいたのよ」
「違いますか? まぁ、あなたの性質が何のかなど些細なこと。これ以上粘るつもりならば……悪夢がふりかかることでしょう」
決して、明確な言葉は使わない。そもそも呼び止められた時点で半ばあきらめていたところを、おかしな駆け引きをさせられたことで精神的にもかなり緊迫しているはずだ。
「ちっ……。返せばいいんでしょ。こんなもの!!」
鞄から乱暴に手を突っ込んでキーホルダーを取り出し手渡し。
傷などは……ない。汚れもないため買い取りを求めなくてもいいだろう。一応、軽く補修をすればまた商品として出せる。
「ただのバイトのくせに」
なるほど、これが本音らしい。黒猫の噂は知っているが、そこで働いている女子大生はただのアルバイトだから盗めるのではないかと想像した、というところだろうか。
黒猫の道具はハンドメイド作品。他店に比べれてきわめて細やかである、高価である。そのデザイン性がどうこう、というよりも身に着けていることが一種のステータスともなりうる。しかし、何のためらいもなしに購入するのはなかなか難しいだろう。それならば盗めばよいという発想か。どちらにしろ、浅はかとしか言いようがない。
「最後に一つ」
そのまま謝罪もなく外へ出ようとする二人へ声をかける。
「『黒猫』としてはよほど悪質でない限り、法的処理にはでませんのでご安心を。ただし、気を付けてくださいね」
「なにがっ!」
「また、同じ過ちを犯そうというのならば……黒猫に宣戦布告したとみなしますから。貴方がたの前を横切ることになるかもしれません。えぇ、法的処置はとりませんから」
その言葉の真意が読み取れないほど馬鹿ではないらしく、顔色を青白くさせて、自転車にまたがり颯爽と逃げ去っていった。
「あなたに幸せを」
キーホルダーを元あった場所に戻して店番に戻ろうと、振り返るといつからいたのだろうか、零くんがそこに立っていた。
「万引きですか……、この水晶が役に立ちましたか?」
「うん。『神秘の水晶』。人の汚れた部分に反応する。あの子たちの悪意に強く反応してたからね。よく観察していたら万引き否定るところが見られたよ」
「それにしても、さすがの責め方でしたね」
「これ教えたの零くんでしょ!?」
「そうですね」
悪びれた様子もなく、飄々と返すあたり零くんは読めない。あの女子高生が特別読みやすかっただけのような気もするけど。
「最初から聞いていたわけではないのですが……、家の方についてはコールドリーディングで?」
「そんな大層なものじゃないよ。最近は便利なアプリもあるからね」
私は地図アプリをみせる。その上にはコンパスひいたようなきれいな円が何重にも書かれている。彼女らの会話を盗み聞きしながら、自宅から高校までにかかる時間。高校からここまでにかかった時間。その他様々な状況を推測しながら計算をし家の場所を探し出しただけだ。たまたま会話が通学中の不満だったところも大きい。
小さな会話から性格などを考え出すと考えると、三流占い師が使うコールドリーディングという技術に似ているだろう。
「それと、後半の方は零くんから教えられたままだったからね」
「フォアの実験……有名ですのでご存知の方もいらっしゃることでしょうが、今回はうまくいきましたね」
「でも卑怯だよね、あんなの。ほぼ全員に当てはまる言葉だなんて」
初めて聞かされると、いきなり性格が当てられたようにも思える言葉だが、断定的な言葉をさけて、かつあやふやにしたりすることで、誰もが当てはまる言葉にすることを示す。特に今回は軽くびびらせている上だから余裕もなく気づかなかったのだろう。
「悪意は時として魔物になりますからね。あれぐらいの脅しで彼女らが更生すればよいのですが」
「懲りた様子はなさそうだから悪さはするだろうね。でも、少なくともうちには来ないんじゃないかな」
「そうだと嬉しい限りです。ともかく、想いの強さは魔物になりうるのです……。その想いが邪悪であればあるほどに」
「……?」
何が言いたいのかわからず見上げる私。だが、零くんは答えまでは言わずどこかへと消えてしまった。
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