第13話 人食い廃墟-9 潜心-飲まれゆく意識
「じゃあ“×××”を頼むよ」
『はい。いってらっしゃいませ、ご主人様』
「行ってくるよ」
“樹”はお手伝いの女性に“×××”を――娘を託す。
家の前に停めてあった車に乗りこむと、いつものように家を出発した。
そう、“いつものように”。
『本日は“○○”様および関連企業様がたとの会食でございます』
「ああ、わかってる」
――少しだけわかったことがある。
樹は車内から外の景色を見ながら考える。
名前の部分だけノイズがかった声、おぼろげになりつつある頭。
そのい歪な外部情報をよりあわせ、“わかったこと”の整理を行い始めた。
車窓から眺めると、自らがさっきまでいた自宅が見える。
ずいぶんと大きい洋館だ。
……そう、“洋館”である。
日本の住居としては場違いとも言える、洋風の豪邸。
決して派手な様相ではないが、とても大きく、荘厳な雰囲気を醸し出している。
豪邸と言って相違ない建築物だ。
様式は古風だがきちんと手入れが行き届いているためか、“古びている”という印象は全く感じられないその家屋。
――ここはあの“廃墟”だ。
樹ユリ未來たちが肝試しに訪れ、“迷いの廊下”に閉じこめられたあの“廃墟”である。
樹はそれを、家を出る前に見た“廊下”と家屋の外観から確信していた。
ここがあの“廃墟”だとして、もうひとつ確信したこと――
それはこの違和感のある世界が、“誰かの追体験”であることである。
“誰か”の思い出。
まるで没入型のバーチャル体験。
“誰か”に憑依し成り代わるような形で、他人の記憶を体験させられているのだ。
樹が目覚めた家はあの“廃墟”――ではあるが、この世界においては廃墟ではない。
おそらく、“まだ”廃墟ではないということなのだろう。
家の周りの木々は綺麗に手入れされており、家屋自体も古びていないという違いはあるが、ここはまぎれもないあの洋館。
荒れ果てる前――つまりここは“過去のあの廃墟”。
樹が憑依しているこの“誰か”とは、あの廃墟の過去の家主なのだ。
現所有者の親――いや、現所有者は男性ということだし、祖父母の代か?
樹は自由の利かない身体のなかで、そう考察する。
そうこう考えているうちに車は、あの巨大な門の前までたどりついた。
『少々お待ちくださいませ』
運転手は一気に断りを入れると、車を降りた。
そして門の中央の錠前を外すと、門の片隅に設置してあった歯車を回し始めた。
するとそれに呼応するように門が開く。
なるほど。
人間用の小さい門とは別に、車が通行する大きな門はこうやって開くのか――と樹は目を丸くした。
『お待たせいたしました』
運転手が戻ってくると再び車が全身を始める。
門の外も庭園と同様、綺麗に手入れがされていて――
◆
気がつけば辺りは暗くなっていた。
『……ご主人様、そろそろ家に到着いたしますよ』
「……ん……あぁ」
――なんだ? 何が起こった?
朝にあの洋館――その玄関たる門を出てから、今までの記憶がない。
すっぽりと抜け落ちている。
――時間が跳んだ?
この空間はやはり普通じゃない。
そもそも潜心空間自体、尋常ならざる世界ではあるのだが――
今回の世界は“閉じている”。
この世界は“洋館”のみで完結している世界なのだ。
潜心(ダイブ)はその者の本質に触れる能力。
本質に触れ、対象が霊能者ならば本音を共有し理解し合い、霊ならば成仏させる。
だとすればいったい、この男の“本質”はなんだ?
この男――過去の洋館の主であり、潜心対象である“迷いの廊下”の陣地発動者。
この男について、俺はいったい何を理解すべきなんだ――
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