第12話 人食い廃墟-8 決意と潜心(ダイブ)
「“潜心(ダイブ)”するですって……?」
「ええ、潜心(ダイブ)します」
未來の問いに、樹が応える。
「未來先輩は言いましたよね? “ここは陣地”、“陣地は霊力の顕在化”だって。だとするならこの“迷い廊下”は、その陣地使用者の霊力のなかにいるというわけです。その者の腹のなかにいるようなもの……」
樹はゆっくりと膝をつき、床に手を触れた。
「“潜心(ダイブ)”は霊力のもとを辿り、その者の核となる本質に飛びこむ能力。“霊力を辿る”ということはつまり、本体が目の前にいなくとも陣地から発動ができる……と、思います」
「“潜心(ダイブ)はリスクを伴う”。師匠(センセイ)は言っていたわ。相手の正体を知る前に行うのはなおさら……」
「わからないのなら、なおさらですよ。俺は知らなきゃならない、見極めなきゃならない」
「追い女――及川さんのときのように?」
「はい、そうです。“彼女”のように救うべき対象であるかどうかを、この目で判断するんです」
「……わかったわ。くれぐれも気をつけて」
「はい」
「……私も心配してるんだからな!」
「ありがとうございますユリ先輩。でも先輩はゆっくりして、余計なことはしないでくださいね」
「なにおう!?」
「ははは……じゃあ行ってきます」
樹は床に手をついたままゆっくりとまぶたを閉じた。
そして精神(こころ)は沈んでゆく――
◆
『――よ。起きて……』
「ん……む……?」
誰かの声が耳に届き、“樹”はゆっくりとまぶたを開いた。
全身にふわりと触れる感触に、“自分はベッドに寝ていた”のだと気がつく。
『パパ! 朝だよ起きてー!』
「ぐはっ!」
元気のいい声とともに“少女”は飛び上がる。
横たわる樹の腹におもいきりダイブした。
樹はうめき声を上げる。
『もーパパはお寝坊さんだなー』
「はは……手厳しいね。おはよう“×××”」
自分の意思に反して声が出る。
樹は少女の頭をなでつつ、その“少女”の名を呼んだ。
しかしそれは自分の声であるはずなのに、“少女”の名前の部分だけがノイズがかって発せられた。
撫でる行為をしつつ、樹はとてつもない違和感を感じていた。
いや――“あまりにも自然すぎること”に違和感を感じるのだ。
『どうしたの? パパ』
「いや……パパはお寝坊さんだからね。朝が得意じゃないんだ」
『パパは私がいないとダメダメさんだね〜』
――俺はこの子の父親だ。
誰かに教えられたわけでもなく、その役割を命じられた記憶もない。
だが樹は無意識に、自然に、“自分はそうなのだ”と思ったのだ。
その証拠であるように樹は、強いられているような不快感を一切感じていなかった。
それどころか“自分はこの子の父親だ”という“あたりまえのこと”に何の疑いがあろうか――そんな気分さえ感じられたのだ。
――ここはいつもの潜心(ダイブ)空間とはちがう。
樹はこの“あたりまえ”に感じられる世界に飲まれかける。
それでもわずかに残った“斎藤樹そのもの”の意識で思考し、この空間について考察する。
いつもの潜心空間は言うなれば“宇宙空間”。
ふわりとグニャリと無重力のような。
追い女――及川真奈のときのような空間だ。
こんな現実世界と相違ないような潜心(ダイブ)空間は初めてである。
『パパ今日は日曜日だよ。約束の日!』
「約束?」
再び自分の意思に反する言葉が口をついて出る。
言わされている言葉のはずなのに、自分がそう考えて声を出したような感覚が、樹を混沌へと導く。
居心地のいい混沌へと――
『もう! 忘れちゃったの? 今日はいっしょにおでかけする日だよ』
「……ごめんな×××」
『えっ……』
「パパ、今日もお仕事があるんだ。大事な契約……お仕事相手の人とお話しなきゃならない」
『そんな……』
「本当にごめん。また別の日に必ず約束は守るから」
『……ぶ』
「×××?」
『だいじょうぶ! お仕事はだいじなことだもん、×××我慢できるよ』
「ありがとう×××」
妻帯者どころか彼女すらいたことない“樹”は、我が子にそうするように、“少女”をまた撫でた。
“少女”とは出会ったばかりである。
それなのにひどく愛おしく感じる。
もうなんの疑いも無くなりつつあるその感情は、樹を“誰か”の世界へと飲みこんでいった。
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