ゲームの結論

【 不死は既に死んでいる】



 結論から言えば、勝負はつかなかった。

 偶然なのか、それとも神の悪戯か。

 勝負に出されたカードは、互いを互いに刺し殺す結果に終わった。


「引き分け……ですか」


「こんなことって……あるんだね」



 ダイヤのA

 ハートの2

 ハートの3

 ダイヤの4

 ハートの5


 故に、僕の役はストレート。

 一方、彼女の手札はというと


 スペードのA

 クローバーの2

 スペードの3

 クローバーの4

 スペードの5


 と、見事にストレートだった。

 数字も同じじゃ、比べようがない。


「これはある意味、ロイヤルストレートフラッシュ以上にレアかもしれないね」


「そうですね。

 どうせストレートなら、10からAのストレート出会って欲しかったですけど」


 でもまぁ、これはかなりレアだ。

 正直、ストレートがでた時点で僕は勝ったと思った

 ストレートに勝る可能性があるとすれば、僕の持つストレートより強いストレートかフラッシュ。

 もしくは、ロイヤルストレートフラッシュしかない。

 フォアカードでもフルハウスでも、この手札に勝つことは出来ない。

 でも、実際はそれ以上の結果だった。

 たとえ万に一の可能性だったとしても、負ける可能性を考えなかったわけじゃない。

 でも引き分けるだなんて、そんなの微塵も考えてなかった。


「んー、そっかぁ。引き分けちゃったかぁ……」


 役を見下ろしながら、彼女は嘆息をつきつつ言った。


「たしか、一応マークで決めることも出来なくはないですよね?」


 僕の記憶違いじゃなければ、マークの強さで勝負を決めることも出来なくはなかったはずだ。


「じゃあ君、どのマークが1番強くて弱いのか。

 分かる?」


「……」


「私も全然わからないの」


 ……完璧に、引き分けてしまった。


「はぁ……。こんなことってありなのかなぁ……」


 彼女は残念そうに言ってから、箱にトランプを戻し始めた。


「もうやらないんです?」


「言ったでしょ? 勝負は1回って。

 たとえ引き分けても、1度決めたルールは変えられないよ」


「確かに、そうですね……」


 となると、僕の命はどうなるんだろう?

 半殺し? いや勘弁願いたい。

 痛いのは嫌いだ。


「さて、と」


 そんな僕の考えなど知らない彼女は、カードをしまい終えると立ち上がった。


「どうかしましたか?」


 すると彼女は、カバンを持って言った。


「ん? 帰るんだよ?」


 さも当然、という風に言われて一瞬呆けそうになった。

 今、この人なんて言った?


「えっ、帰る?」


「うん」


 ち、ちょっと……ちょっと待ってくれ。

 じゃあ勝敗はどうなるんだ?

 一体、僕はどうしたらいいんだ?


「ま、待ってくださいよ。

 これじゃあ、僕はどうしたらいいんです?

 死ねばいいんですか? 生きればいいんですか?」


 けれど彼女は「ううん」と首を振った。


「どっちでもないよ」


 肩にバックをかけた彼女は、僕に視線を向けた。

 ちょうど日差しが彼女の顔に当たって、群青色の瞳が光る。


「好きにすればいいよ。

 ゲームはなかった、そういう処理になる。

 君はこれから、死んでもいいし、家に帰って日々の安寧を貪ってもいい。

 引き分けたからね」


「……」


「でも私としては、死んで欲しくない。

 生きてほしい。って、

 それだけ言っておくね」


「……そうですか。分かりました」


 彼女はこくんと頷いた。


「それじゃ、私はもう行くね。

 ……あ、そうそう」


 彼女は僕に背を向けた後、すぐに思い出したように振り返った。


「これを渡すの、忘れる所だったよ」


 そう言って彼女が差し出したのは、先程まで胸元にぶら下げていた翠のペンダントだった。


「どうして、これを……?」


「お守りだよ、お守り」


 言って微笑む彼女に、僕は答えた。


「……これから死ぬかもしれない人間に、こんな高価なものを渡していいんですか?」


「うん。これはもともと、私が大事な人から貰ったものなんだぁ」


「じゃあ、尚更貰うわけにはいきませんよ」


 すると彼女は首を振った。


「うんん、でもいいんだよ。もう。

 私にはもう、要らないものだからさ」


 そう言って彼女は僕の手を取ると、翠のペンダントを握らせた。


「はい、これ。大事にしてね?

 それじゃ、また」


「え、あの……っ!」


 クルッと踵を返した彼女に、僕は思わず口を開いた。

 引き止める声など耳に入らないというように、彼女は喫茶店の外に飛び出した。


「……っ!」


 急いで、横の席に置いていたカバンを掴み取って追いかける。

 喫茶店のドアを抜けて、一通りの多い石畳の歩道に彼女の背中を探す。

 でも、もう彼女の背中はどこにもなかった。

 人混みに紛れてしまって、その姿はない。

 消えたように、彼女はいなくなってしまった。


「……」


 光は、いつの間にか真上を少し通り過ぎていた。

 窓越しに時計を見ると、1時過ぎを示している。

 3時間か……随分と迷惑な客になってしまった。


「……長居、しすぎたな」


 ボソリと、呟いた。

 カバンを左の肩にかけて、彼女の消えた方向とは違う方を向く。

 そして、石畳の汚れを踏みはじめた。


 果たして僕は、一体何に対して長居したのだろう?

 喫茶店なのか、それとも人生に長居したのか。

 それとも


「どっちも……かな?」


 しかしそんなささやかな疑問は、誰かの耳に入るより早く。

 周りのざわめきと車の通る音に掻き乱されて、消えてしまった。

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