絡繰人形は月夜に躍る 2

「――え」


 そして二本の矢が、さっきまであたしが立っていただろう場所を通過して床板に突き立つ。


「狙われています! 私を囮にして屋敷にお戻りください」


 言って立ち上がろうとするルークスの腕を、あたしは慌てて引っ張る。


「私は人形です。あなた様を守るように命じられております」


 おっとりとした普段の彼の口調からは想像できない意志を感じさせる声。それは緊急時に起動する命令が働いている証拠だ。あたしは怖くなって叫ぶ。


「囮にだなんてできないわ! その命令をあたしは却下します!」


 敵ものんびりしているはずはない。次の矢が放たれて、柵に床に突き刺さる。


「状況を考えて下さいませ、ご主人様!」

「あたしはあなたを大切にするとエンシに約束したのよっ! あたしを守るために傷を負わせるわけにはいかないのっ!」


 床を転がるあたしたちを狙うように矢が次々と放たれる。


 ――この角度、敵の姿を視認できないと言うことは、絡操? しかし、どうして?


 柱の陰で身を潜めたまま起き上がる。月明かりがあるとはいえ、夜の闇は視界を曇らせる。それでもこの場所は比較的視界が開けており、身を隠すような陰はあまりない。

 この宮殿の警護には多数の絡操人形が使用されている。外敵の侵入を許さず、万が一入り込まれても撃退できるだけの武装をしてあるのだと、いつかセトが説明していた。


 ――夜間に出歩くのはお勧めできないとは言っていたけど、宮殿の絡操人形軍に侵入者だと思われてしまったのかしら? あたしは客よ?


「――とにかく、一緒に逃げるわよ、ルークス。侵入者がいてあたしを狙っているのなら、屋敷では逃げ場がなくて不利よ。宮殿に行って、助けを求めましょう」


 警報は鳴っていないように思える。この宮殿にもアスター城と同じような警報装置があるのかはわからない。しかし敵襲があれば必ずどこかに連絡が行くはずだ。あたしを誤認して狙っているのか否か、それは宮殿で質せば知れる。


 ――あの喧嘩のせいで神経質になっているだけだと思いたいけど……。


 それだけではない。実はこの国に入ってすぐ、奇妙な噂を耳にしていた。それはあたしが国を離れる前に聞いていた話を裏付けるようなもので、そのことも心がざわめく原因になっていそうだ。


「行くわよ」


 矢の雨が止んですぐに庭に跳び降りる。あたしはルークスを隣に、満月が照らす庭を横切るように全力で駆けた。どこかに身を隠しながら走るのも考えたが、あいにく丁度良い遮蔽物がない。下手に木陰に近付いて襲われても洒落にならないだろう。それゆえの選択であったが、別に命を捨てたつもりはなかった。

 再び矢が降ってくるが、それらはすべてわずか後方に抜ける。決して精度が悪いわけではない。普通の人間には不可能な変速の調整が、あたしを捕えにくくしているのだ。


 ――全速力だとこんなもんか。寝巻きはいつもの服より軽くて走りやすいわね。


「無茶しないでくださいませ、ご主人様! その足は――」

「ここからは慎重にいくわよ」


 庭を通過し、屋敷と宮殿を隔てる林の辺りにやってきた。高い木々が並んでいるが、よく手入れがされているのか見通しは悪くはない。あたしは呼吸を整えながら林を進む。


 ――ん? ちょっと張り切りすぎたかしら?


 足に違和感を覚えて立ち止まると、辺りに潜む絡操人形の気配を探る。

 ルークスと同調することにより行う絡操人形探知。戦闘が行えないように調整されたルークスではあるが、探知は防衛行為とみなして問わないでもらいたいと期待する。この機能の精度はアスター王国でも最高のもので、あたしが最も得意としている操作だ。


 ――遠距離射撃型の絡操人形が宮殿に配置されているのね。……それにしても、外部からの侵入とは思えないわ。これはやっぱりあたしを狙って……?


 セトに裏切られたのではないか、そんな不安が胸に広がっていく。彼はやはり敵国の皇太子なのだ、どうせあたしのことなんて人間だと思っていないのだろう――そう結論付けようとした矢先、明かりが近付いてきた。お日様と同じ金色の髪がちらりと見える。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る