絡繰人形は月夜に躍る 1
――どうしてこんなことに……。
轟く爆音。すぐに視界が土煙に覆われる。焦げ付いた臭いや叫び声が辺りに満ちていた。
城下町に敵襲が迫ったと聞いて飛び出したまではよかったのだが、まさかここまでひどい有様になっているとは想像していなかった。
きちんと舗装された石畳は穴を穿ち、格子状に配置されていた建物も至る所で崩れ、ゆく手をふさぐ。町のあちこちに放ったあたしの使役する絡操人形たちは次々と生存者を見つけ出し、避難場所へと誘導を始めていたが、案内した先がいつまでも安全とは言えそうになかった。
離れた場所に倒れている人影を見つけて、あたしは急いで駆け寄る。しかし、崩れた壁の下敷きとなってすでに息を引き取っていた。
「……怪我をしている方はいらっしゃいませんか!」
涙をこらえ精一杯声を張り上げるが、爆音や崩落音にかき消されてしまう。この場に人間がいたとしても、その声を聞き取ることができるか定かではない。
あたしは空を見る。大型の絡操飛行船が飛び交っている。あれが爆弾を町に落としているとわかっているのに、ここからではどうすることもできない。あたしは悔しくて歯を食いしばった。
――同じ人間なのに、どうしてこんなひどいことができるの?
「――メローネっ! メローネ何処だっ!」
遠くから聞こえるエンシの叫ぶ声に、思わず気が緩む。
「エンシっ! あたしならここよ!」
そのときだった。何かが飛来する音を認識すると同時に、あたしの世界は暗転した――。
はっと目が覚める。暗闇を月明かりが和らげている寝室。そこはあたしが生まれ育った城の中ではない。敵国の領内に建つ屋敷の中だ。
――夢か……。
戦火が首都に及んだ半年前の秋の出来事。どうして今さらあの日のことを夢に見るのだろうか――そう悩んだところであたしはセトを追い出した日のことを思い出した。意見の相違で喧嘩をしてから三日が経つが、あれから彼とは会っていない。腹立たしく思ってはいたが、今日の夢はそれがわずかでも影響しているように感じられた。
全身がぐっしょりと濡れている。酷い汗だ。額にへばりつく長い髪を寄せて、上体をそっと起こす。
「まだ朝には早いですよぉ? ご主人様」
窓際で外を眺めるかのように座って待機していたルークスが声を掛けてくる。
「気分が悪くて眠れないの。――風に当たりたいわ」
紗幕が閉められていない。窓に映る影に月の形がくっきりと浮かんでいた。
「月が綺麗ね」
「えぇ、綺麗な真ん丸の月ですね」
とぼけたようなルークスの返事に、あたしは思わずくすっと笑う。
「あれ? 私、変なこと言いました?」
「ここにいるのがルークスで良かったと思っただけよ」
「それは光栄なことです、ご主人様」
にっこりとルークスは微笑むと、寝台から下りたあたしの側にやってくる。
「お供いたします」
「ありがとう」
ルークスは本当に良くできた人形だ。薄暗い場所でこんなふうに相手をされると、人間と区別がつかない。改めてエンシの腕の良さを思う。
――エンシは何をしてるのかしら……。
絡操人形の研究に熱心で、あたしに関心を持っていないかのような態度ばかりする彼。だから、時々見せる笑顔や優しさに戸惑わされる。城下町が焼けたとき、飛び出していったあたしを追い駆け、側で護ってくれたのもエンシだった。
「――私じゃ役者不足ですか? それとも、私がいるからお父様を恋しく想うのですか?」
露台に着いたとき、ルークスがぼそりと呟いた。彼の言うお父様とは、製作者である絡操技師エンシを指している。
「ルークス、あなたはちゃんとやってくれているわ。誇るべきあたしの相棒よ。心配しないで。――悪いのはあたしの方だわ」
そう答えて、あたしはため息をついた。
夏の気配を感じさせる暖かな風があたしの黄土色の髪を撫でていく。髪を押さえたあたしは柵に身体を預けて広い庭を眺めた。木々や草花で茂る庭の奥に、月明かりに照らされる宮殿の影が見える。あの宮殿で生活をする日は、果たしてやってくるのだろうか。
「あまりご自分を責めないでくださいませ、ご主人様。それこそ八つ当たりされたほうがましであるというものです。その程度のことであなた様への忠誠をなくす私ではございません」
「ルークス……」
その台詞を言わせているのはあたしなのか、はたまた誰かが回路に組み込んだ命令なのか。しかしそんなことはどうでもよい。今、まさに聞きたかった台詞に、あたしはルークスを見て微笑む。
――しっかりしなくっちゃ。ルークスが励ましてくれるんだもの。
と、そのときだ。ルークスがあたしを押し倒した。
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