絡繰人形は月夜に躍る 3

「……セト様?」

「メローネさん……ですか?」


 声を掛けると、薄手の寝巻き姿で腰に長剣を差したセトがこちらにやってきた。きちんとした格好ではないのは、寝ていたところを飛び出してきたからだろうか。


「良かった。賊が入ったと聞いて、君を迎えに行く途中だったのです。――しかし、どうしてこんな場所に?」


 ――あたしを心配してくれたの?


 思いがけない台詞に少しだけ嬉しい気持ちが湧いたのも束の間、彼に対する不満が一気に爆発した。


「眠れなくて露台に出ていたところを、その迷惑な賊に間違えられて矢を放ってくれたからですよ。あなたのところの優秀な絡操人形が、ね」


 腹立たしさを込めて厭味たっぷりに言ってやると、セトは驚いた顔をした。


「ご無事で何よりです。――宮殿に案内しましょう。屋敷よりは安全でしょうから」

「いえ、お待ちくださいませ。セト様」


 あたしの手を引いて宮殿に向かおうとするセトを慌てて止める。彼の不思議そうな顔が目に入ったが、あたしはすぐさま続けた。


「敷地内に侵入した賊をあたしが捕らえますわ。ここの絡操人形の統制では殺すことはできても捕まえることができませんもの」


「捕らえるつもりなんですか?」

「むやみに命を奪うのは得策ではありませんわ。相手が暗殺者だとしても」


 宮殿内に配置された絡操人形たちには加減をする機能が存在していない。どうも抹殺命令で動いているようだ。ならば、捕らえることは不可能。

 またこの提案は、本当に侵入者がいたのかどうかをあたしが能動的に調べることも意味する。許可が簡単に下りるとは思えないが、黙っているよりは言葉にしてしまった方がいい。


「君はお人好しだ」

「容赦ないのも結構ですけど、あたしは同意できません。そんなあなたのような気持ちが、どこかの国を焼くのです」


 どんな相手であれ、人間は人間だ。できるなら命は奪いたくはない。そういう心がないから、彼らは平気な顔をして火を放つ。しかしそこにいるのは敵ではない。同じ血の通った人間だ。

 あたしは真っ直ぐにセトの瞳を見つめる。彼の目に呆れの色がにじんだ。


「――わかりました。どのように捕らえるつもりかは存じませんが、許可を出しましょう」

「ありがとうございます、セト様。始末書は書かせたりしませんわ」


 セトに微笑むと、あたしはルークスに目配せをする。ルークスはこくりと頷くとあたしの手を取った。

 ルークスを媒体にし、絡操人形の支配権を一時的に奪う命令を感知範囲内に向けて発信する。こんな無茶をしたら大体の人間は制御しきれずに意識が吹き飛ぶらしいが、あたしは元々複数体の操作には慣れていた。


 ――さぁ、あたしの目となり働きなさい。


 手足となるのはルークス一体で充分だ。知覚範囲内の絡操人形を抑えたのは攻撃されては敵わないからであり、本当の侵入者をあぶりだすためでもある。

 あたしは集中のために両目を閉じる。およそこの宮殿の敷地内のすべてに目が行き届いている状態になった。絡操人形のほとんどが宮殿の高い場所に配置されているため、地上を見下ろすようにしか感じられないが、それでも大したものだ。


 ――しかし、本当に侵入者なんているのかしら……。


 セトの言っていたことが嘘なのではないかと思うと不安がちらつく。侵入者がいると言うのは偽りで、真実は不要になったあたしを始末するためではなかろうか――。

 だが、そんな心配は一瞬で蒸発した。影だ。その影はあたしのいた屋敷の近くをうろついている。人間を警備に当てていないと聞いていたので、この人影は奇妙に映る。


 ――こいつが侵入者かっ!


 あたしの気持ちが確信に変わると同時にルークスが跳躍。影に向かって追跡を開始する。


「今のでわかったのですか?」

「えぇ。あなたのおっしゃったとおりだったみたいでほっとしましたわ」


 ルークスが人影に迫る。人影の背後に回った感覚。音は一瞬。

 姿がはっきりと見えるようになった侵入者。彼は気配を感じたらしく振り向いた。どこかで見かけたような闇色のぼさぼさとした髪が揺れる。


「お……お父様?」


 蹴り飛ばす前に軌道修正。月光を受けて、ルークスの束ねられた長い髪が銀色の弧を描く。


「うぉっ!? ルークス?!」


 そこにいたのは、闇色の髪を周囲に同化させて潜んでいたエンシ、その人だった。

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