5.俺で何が悪い
「だから待ってって!」
逃げ足が驚くほどに早い。
陸上部さながらのフォームに、少し戸惑いながらも
彼女を追っていると、いつのまにか路地裏まで来てしまった。
そこは運良く行き止まりになっている。
「もう逃げられねぇぞ、子猫ちゃん」
俺はわざとニヤリと笑った。
彼女は、怯えた顔をしたままオドオドとしている。
潤む瞳は、一人寂しくご主人様の帰りを待つウサギに見えた。
「な、なんですか。
少し怖いので離れてください。警察呼びますよ?」
ジリジリと距離を詰める俺から、一ミリでも離れようと必死なルナ。
.....だけど俺は諦めない。
涼の事が、かかってるんだ。
だが、ぱっと見はいい歳した大人が、
か弱い少女に言い寄っている情けない情景に見えているに違いない。
あるいは、復縁を迫る元彼と言ったところか。
そうだとしたらこの光景は、絶対と言うほど誰にも見られたくない。
......そう、誰にも。
「......大夢......さん?」
......その.....声は......
恐る恐る振り返る俺の目に、真っ先に飛び込んで来たのは
本当に不思議だというような顔をした涼だった。
最悪中の最悪だ。
この場所はともかく、この状況に居合わせた事がもう最悪だ。
「よりによって一番見られたくない人に見られた」
「何か言いましたか?」
「い、いや!? なんでもねぇーよ!?」
俺は顔の前で、手を必死にパタパタさせた。
どうしようか。
この状況をどうにかして脱しなくてはいけない。
「大夢さん、隣にいる女の人は?」
涼は俺の後ろにいる、ルナを見た。
ルナは、ニッコリと微笑む。
「初めまして、私はメイド喫茶セレナーデで働いていますルナと申します。
この方は、そのお店のお客様で
私に何か用事があるようで、呼び出して来たんです。
そう、ストーカーなんです!」
さっきまでの怯えた顔とは打って変わって、突然の営業スマイルに俺は参った。
演技上手というか、なんというか。
しかし、半分くらい嘘ついてますけど?
可愛い顔して、可愛い声して嘘つきまくってますけど?
「ストーカー?
大夢さんは、そんな事するような人では無いと思いますけど」
涼は、冷静な物言いでルナを見つめた。
そんな涼の目は、冷たかった。
「人は見かけによらないといいます。
私も初めは普通のお客様だと思いました。
だけど.....」
「私の方が貴方より大夢さんのことを知っています」
俺は心の中で、あのルナを言い負かしてくれと祈っていた。
そしたら、何もかもが上手くいく!
俺の計算上だけど。
「でも良く考えて見てください。
あの人のあの顔を見て、誓えますか?」
「う......参りました」
涼は額を小さくて柔らかそうな手で抑えた。意外と押され弱い所がある気がする。
涼は、あの嘘をも透かす様な美しい目で俺をルナを見つめた。
あの目は、何か確信をついた時の目だ。
「ですけど、ルナさん」
「はい?」
そう言うと、涼はルナの方へ駆け寄ると
ルナの胸を鷲掴みにした。
彼女は、驚きの表情をした。
でもたぶん、見ている俺が一番目を丸くしていたと思う。
「きゃっ」
ルナは反射的に女の子の様な悲鳴をあげる。
そんな事は知らないというように、涼はもっとその手に力を込めた。
「なんで貴方は男の人なのに、女の人の格好をしているのですか?」
その瞬間、ルナの顔が強張った。
「え?な、何を言ってるんですか?
私は正真正銘の乙女で......」
そう、必死に抵抗するルナを見て
涼は表情を変えずに見つめたままだ。
「正直、私より何倍も可愛いと思います。
......だから少し興味があります。
貴方は男の人ですよね?」
涼は少し微笑みながら、ルナの顔を見上げる。
この微笑みは多分、人をなだめるための武器でしかない。
ルナは、少し間を開けた。
そして、言い放った。
「そうだよ!俺は、如月 柚だよ!
その前にいるクソ上司の部下だ!」
一気に美しい顔が、狂気に満ちた顔になった。
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