4.オムライスには名前を書きましょう



「おかえりなさいませ、ご主人様」



なんだこれ、なんだこの罪悪感。

ネコミミを付けたメイド嬢を前にした俺は、例えようのない罪悪感でいっぱいだった。

小さい頃、お父さんに内緒で可愛らしい女の子のキャラクターのフィギュアを買った時のあの感情に少し似ている。



「そうだ、そうだぞ。

これは下見だ。涼の為に、涼の為にだ。

決して自分が楽しもうとかそんな事......」



「ご主人様?」


「へ!? は、はい!?」



驚いて声が裏返った俺を見て、クスクスと微笑む彼女は、

人形の様なクリクリとした目と、ブロンズの長い髪。

メイド服がよく似合う顔立ちをしていた。

そして、名札には「ルナ」と書かれていた。



「ご注文は決まりましたか?」



その微笑みのまま、甘い声で注文を聞いてくる。


「じゃ、じゃあこのオムライス......で」



「かしこまりましたにゃ」



にゃ......にゃって言ったぞ今。



にしても、こんな空間を涼は喜ぶだろうか。

涼は絶対にピンクだらけのこんな空間には来るはずがない。

そう考えると、新鮮味があっていいのかもしれないけど

根本的にあまりこういうのは好きじゃないのかも......

涼には、新しい刺激を与えたいとは思っていた。

多分彼女は、俺と一緒で刺激の無い毎日に飽き飽きしていたのではないかと、

そう思った。


俺自身、そう思うことが小さい頃からよくあったからだ。

人間、刺激が無くてマンネリ化してしまうと何もかもが楽しく無くなってしまう。

それは必然だし、だから人間は新たな刺激を求めて成功したり

あるいは失敗をしたりする。


だからそれを嫌い、平凡を良しとする人もいるのだ。

だが、俺は小さい頃から刺激を求めるタイプだった。


でも......


「あと、一捻りあればな......」



「お待たせしました、ご主人様。

こちら、オムライスになります」



またもや、メイド嬢のルナが料理を運んできた。


目の前に置かれたオムライスは、半熟タイプの物で見るからに美味しそうだった。

普通の洋風のお店で出てきてもおかしくはない。


しかし、ここで俺は思ってしまった。


このオムライスにはケチャップがかかっていない。

ということは.....



「お名前を書きますので、下の名前をお願いします」


やっぱり。俺の考えは的中した。

メイド喫茶、オムライス、ケチャップ、この三単語が並んでしまえば、このシチュエーションは決まりきったようなものだ。


ハートマークが付きそうなルナの声に、

頭がクラクラする。



「じゃあ大夢で。あ、でもカタカナでヒロムでいいです」



だからこういう所は慣れないんだよ。

恥ずかしさで吐きそうだ。

やはり俺には、酒とタバコの匂いが充満した居酒屋の方が割にあってる。


それにしても本当にこんな所に、如月が来てるのか?想像もできなかった。


「じゃあ書きますねー。

美味しくなーれ、美味しくなーれ、美味しくなーれ」



待って待って、これは駄目だ。

恥ずかしすぎる。

俺は、自分の顔が赤くなるのも自分自身で感じていた。

顔が熱い。


美少女というのに、相応しい顔立ちのルナの顔が近くなり

少しドキッとする。



「あ、あのー」


俺は、聞かなくてはいけない事を思い出して我に帰った。

そして、姿勢を正した。


「はい、なんでしょう?ご主人様」


ルナは、ニコリと俺の方へ微笑んだ。


「ここに、如月 柚っていう子来ませんでした?」



その瞬間ルナの持っていたケチャップが、

かすれた音を立てて

オムライスに降りかかる。


オムライスは、血まみれもとい、ケチャップまみれになった。


ルナは、そのまま塞ぎ込んだ。



「大丈夫ですか?知ってる人?」



そう言って俺は、俯いているルナの顔を覗き込む。


ルナは、何故か顔を真っ赤にして、目を潤ませている。

華奢な手で、ヒラリとしたスカートを力一杯握りしめていた。



......待てよ。



その時、俺の頭にある事が浮かんだ。


......いやいやいや、そんな事あるはずないだろう。

俺の考えは、自分の中で沢山否定した。

否定しないと、頭の回転が追いつかないからだ。

俺は必死に、違う考えを導きだそうとするが、まったく思い当たらない。

その考えしか思い当たらないのだ。


しかし、あんなに俺に悪態ばっかり付くアイツが?

まさか。




.......まさか。




「お前?如月か?」



そう言うか言わないかくらいの所で、

ルナは駆け出した。

店の中が、騒然とする。

ルナ目当てだったらしい女の子が、蒼ざめた顔で俺を睨みつけた。


「え、ちょっと待って!」



そう言って俺はルナの後を追った。



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