2.興味あります。



「あの、もうひとつ食べてもいいですか?」



「あ、あぁ。俺もういらないから」




あのビルの屋上で女子高生を助けてから、何故だか俺は彼女に懐かれてしまった。

子犬にも、野良猫にだって懐かれた事の無い俺が。

そして何故だか、俺は晩飯まで奢る羽目に......


にしても、女子高生にまだ早かったか?

会社帰りの俺みたいなサラリーマン達がはびこる居酒屋。

酒の匂いが店中に充満していて、長年通っている俺でも慣れない。



幼馴染の父が経営してる事もあって、

会社帰りに良く寄るお店だ。

小さい頃からよく来ていたので、大将とも顔なじみだ。



「申し訳ない。俺、こんな場所しか知らないんだ。女子高生には、まだ早......」


「いえ、全然大丈夫ですよ。

意外とこういう所好きですし」



と、言いながら黙々と枝豆を食べる女子高生。

しかし、よく見てみると

大人になったら、見られないであろうレアな黒髪と色白な肌。


そして、まだ何も知らない純粋な瞳。

瞬きするたびに、こぼれ落ちそうなくらい綺麗。



「あの.....どうかしましたか?

見つめすぎです」



どうやら俺は、見つめすぎていたらしい。

思わず体が仰け反る。



「私......貴方の事あまり知りません。

なので、教えてほしいです。貴方の事」



次は彼女の方が、前のめりで聞いてきた。

黒くて、大粒の目が俺を捉えて離さなかった。

もう少しで、彼女の瞳に俺が映りそうだ。

自己紹介なんて、会社の面接以来なんだが、俺は少し途切れ途切れで話し始めた。



「名前は、青葉 大夢(ひろむ)

大きな夢と書いて大夢だ。って言っても、今は市内の会社の広報部で働いてるんだけどな。

年齢は二十四歳で、会社近くの1LDKマンションで一人暮らしだ。

ちなみに彼女はいないな」




「最後の情報、凄くいらなかったです。

じゃあ私のを。

瀬戸 涼(りょう)っていいます。

涼って呼んで下さい。

見ての通りの高校生で、趣味はときめく物を見つける事です」





とりあえずこれは、やっておかないといけない事柄だな。

自己紹介をしろ、というのは小さい頃の掟というか、ルールみたいなもので日本人には備わったツールだ。


涼は(どう呼べばいいのかも分からないので、とりあえずこう呼んでおく)

枝豆を食べる手を止める事がない。


出会ってからずっと思っていた事だが、

少し猫っぽいと思う。

なんでも、無造作で少しつまらなそうで、

気まぐれな所とか。



「あの、大夢さん」


「どうした?」


「私は貴方を好きになりたいんです。

本気です。本気で本気なんです。

私には、生きたいと思う理由が必要で......」




生きる理由か......

生きる理由として俺を好きになるって事......

でも、それもおかしな気がする。

好きになって、それが生きる理由になるのはいいが、

生きる理由に好きならというのは、少し順序が間違っている気がする。



「なら、俺が生きる理由を探してくる。

涼が、ときめくと思う物」



俯き加減だった涼の目が、しっかりと俺を捉えた。

表情さえ、変わらないものの

目がシャランッと輝いた。



あ、俺気づいた。

涼は、興味が出たり好意を持ったりすると目が輝くんだ。

これは、たぶんじゃなくて絶対だ。



だって声色だって



「大賛成ですッ」



ほら、ちょっと明るくなった。




「それなら生きてられます。

待ってます、あぁ、どうしよう。

本当に楽しみ、どうしよう、待ってます、本当」



おいおいおい、いきなりハードルぶち上がってないか?

無表情のまま、体がオロオロと落ち着きがない。


これは完全に、期待されている。




この期待感たっぷりの涼を、いい歳した大人がぶち壊す訳にはいかないっ!





「ま、任せろ!とっておきの物を用意するからな!

じゃあ今日は送るからよ。

お前、帰る家あるのか?」





あぁ、神様。俺はイケナイ期待をしてしまっています。

彼女が、涼が、もしかしたら俺のマイホームに初めて踏み入れる女子になるかも!

だって、こういう出会いした女子って大体帰る家なくて、泊めてくださいパターン一択だろ!




「大丈夫です。家族も帰る家もあるのでご心配なく」




神様。ごめんなさい、俺が悪かったです。

来月ボーナス無しとか、本当に悲しいイタズラとかしないでください。



「あ、もしかして泊まらせて下さいとか、淡い期待抱いてました?」


少しイタズラな顔で俺の顔を覗き込む涼。


「は、はぁ!?無いから無いから!

あぁ!もうそんな見つめんな!」


自分の顔が赤くなってる事が、自分でも分かるのが恥ずかしい。


「嘘ですよ。

でも大夢さん、貴方の事、興味あります。

じゃあ、おやすみなさい」


そう言って、両手を合わせて頬に手を当て

おやすみのポーズをすると、そのまま反対側に帰っていった。



......末恐ろしいぜ、女子高生。

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