第5話人狼退治

「一つ問いたいことがある」

「あん? なんだよ、利久」


 月明かりしかない夜。これから人狼の本拠地――まあ洞窟だ――に乗り込もうとしたときだった。既に作戦も決まっている。俺たち二人が潜入して人狼を討ち取る手はずになっている。瀧姫は村人の指揮を取ることになっていて、俺たちが潜んでいる洞窟の裏手には居ない。


「先ほどお前は言ったな。瀧姫という女は強いと。しかし見る限りでは武の心得があるとは思えないが」


 流石に九州人は武の方面では目聡いな。ま、瀧姫が一目見ただけで分かるほど戦闘の素人だってことでもあるんだが。


「俺は一言も瀧姫が強いとは言ってねえ。ただお前たちが十人束になっても勝てないって言っただけだ」

「……我らを愚弄しているのか?」

「そうじゃねえよ。そりゃ強弱の問題だったらお前らのほうが強いさ。だけどな、勝ち負けの問題になったら話は変わるのさ」

「言っている意味が分からないが」

「俺はあんたの言っていることが分かるぜ。ようは強い人間が勝つのは当然と言いたいんだろ?」


 利久は真面目な顔で「そのとおりだ」と頷いた。


「でもよ、瀧姫は弱いまま勝っちまうんだな。むしろ弱いことが勝利につながるんだ」

「……訳が分からないし意味が分からない。俺の頭が悪いのか? それともお前がおかしいのか?」

「どっちでもねえよ。悪くておかしいのは瀧姫のほうさ――」


 そこで詳しく説明しようと思ったが、合図である太鼓の音が鳴り響いた。


「それじゃ行くか。なるべく人狼になった村人は殺すなよ」

「承知している。お前こそ気をつけろ」


 俺と利久は洞窟の裏手から出入り口を窺う。太鼓の音で次々と人狼にされた者たちが出てきた。瀧姫と村人たちに任せればなんとかなるだろう。そう信じたい。

 人狼が出てこなくなってから、俺たちは洞窟内に侵入した。中は意外と機能的で壁に松明が掲げられており、とても明るかった。夜目の利く俺はともかく、利久にはありがたいだろう。


 急ぎ足で奥に進むと途中で人狼三匹に出会った。向こうは驚いたようだがこっちは瀧姫に言われて心構えはできていた。

 素早く一匹の人狼の顔面を思いっきり殴る。洞窟の壁に後頭部を強かに打ちつけて気絶してしまった。

 もう一匹が牙を向いて、噛みつこうとしてきたので上あごと下あごを両手で掴んで閉じないように押さえつけた。噛まれたら危ないって言われてたので、掴んだまま弧を描くように回転する。人狼の足が地面に着かないくらい速く回って、勢いを増したら手を離す。これまた洞窟の壁にぶつかる。

 残りの一匹は利久が片付けた。後ろに回って首を腕で絞めている。ずるずると後退しながらやっていて手馴れた感じだった。


「片付いたか?」

「ああ。しかしあまり乱暴してくれるな」


 利久は人狼を優しく寝かせながら言う。


「これでも九州人の仲間なんだ」

「へいへい。分かっているよ」


 三匹の人狼を放置して奥へ進む。人狼に限らず、人間を使役するか操る妖怪は安全な場所に潜む。案の定、その人狼は最深部に居た。


「……手駒が帰ってこないと思ってたら、まさかたった二人にやられていたとは」


 一目見れば分かる。多大な迫力を醸し出している、白い体毛に覆われた老人――いや老人狼と呼べばいいか。そんなジジイが目の前に居る。かなり背丈が大きい。七尺近くはあるだろう。傍に手駒と呼ぶ人狼を侍らして、石製の椅子にどっしりと座っている。

 おいおい、まだ居るじゃねえか。十数頭も居やがる。


「あんたが人狼の頭目ってわけか」

「そうだ。仁衛門という。元は百姓よ」

「仁衛門? ……昔、村を追放された罪人じゃないか!」


 利久が驚いたように叫ぶ。


「いかにも。その後大陸に渡り、この力を身につけた」

「元は普通の人間が人狼になったのか。大陸ってのは人外魔境の巣窟なのか?」


 呆れる俺に対して仁衛門は言う。


「何度も死ぬ目に遭いながらも、わしは手に入れた。村を滅ぼす力を」

「要するに復讐ってわけか。くだらねえ」


 仁衛門は「貴様には分からんよ」と言って手を振って人狼たちに何らかの指示を出す。


「ああもう! 放しなさいよ! 変なところ触るな!」


 出てきたのは――縄で縛られた瀧姫だった。


「ああん? なんで捕まってるんだ?」

「貴様らの行動なんて全てお見通しよ。攻撃を仕掛けられる前に逆に襲ったのだ」

「そんで俺たちを誘き寄せるために合図を出したのか……」


 やれやれと溜息を吐く俺に対して「おい、どうするんだ!?」と小声で囁く。


「どうもこうもねえよ。人質が居るんだ。抵抗できねえよ」

「……確かにそうだが」

「おい仁衛門。取引しようぜ」


 俺の投げかけに仁衛門は「取引? なんだ?」と答えた。一応は聞いてみる気はあるらしい。


「お前を殺さない代わりに瀧姫を解放しろ」

「……己の立場が分かっているのか?」

「ああ。その上で言っている。このままだとお前は死ぬ」


 仁衛門は「気が違っているらしいな」と冷笑した。


「この状況でよくもまあ大言できるな。おい、人質の娘を連れて来い」

「ちょっと! 自分で歩くから!」


 瀧姫が喚きながら連れて行かれる。そして傍にまでやってきた。


「この娘を人狼に変えたら、正常に戻るかな?」

「やめておけ。お前死ぬぞ」

「ふん。強がりもいい加減に――」


 そこまで言って、仁衛門は自身の異変に気づいたようだった。


「なんだ……? 腹が……」


 腹を抑えてうずくまる仁衛門。顔色が次第に悪くなっていく。


「どうなっているんだ?」


 利久が困惑している。


「さっきも言ったろ? 瀧姫は弱くても勝つってな」


 瀧姫は苦しみ出す仁衛門を見下ろし――いや見下しながら言う。


「遥か大陸の果てにこんな物語があるらしいわ。子山羊を丸呑みにした狼。母山羊は狼の腹を割いて、子供たちを助け出して、代わりに石を詰めた」


 冷たく仄暗い瞳で仁衛門を追い詰める瀧姫。


「あなたの腹の中に石ころを作製しているわ。一個二個三個四個五個。どんどんどんどん増えていくわよ」


 仁衛門が吐血した。内臓が傷ついたのだろう。


「確か噛まれて人狼になった者は、噛んだ人狼を殺せば元通りになるらしいわね。鬼童丸、首を刎ねなさい」

「委細承知。まったく、残酷だよなお前は」


 隣に居る利久は呆然としながら「そういう意味だったのか……」と呟いた。

 そう。瀧姫は竹姫さまのように想像を現実のものとする。そんな能力、勝てるわけがない。勝てるとすれば不意打ちぐらいだろう。


「き、貴様……! それでも、人間か!」

「化け物になった元人間に言われるような台詞じゃねえぜ」


 俺は苦しむ仁衛門に向かって言った。


「俺も瀧姫も実は人間じゃない。俺は半妖だし瀧姫も日の本の人間の子孫ではない」

「なんだと……?」

「それどころか人でなしだぜ。お前を殺しても何の良心も痛まない」


 そして鳴狐を鞘から抜いて、仁衛門の首筋に這わす。


「復讐なんて、果たしても虚しいだけだぜ」


 そして一刀の元に――仁衛門の首を叩き切った。

 命令がないと動かないらしい人狼たちは仁衛門の死の直後、一斉に遠吠えをして、すぐに気絶してしまった。そして徐々に人間に戻っていく。


「これで終わりか……」


 利久が呟きながら近くに居る村人の様子を見る。


「どうだ? 生きているか?」

「ああ。疲労があるらしく、健康とは言えないが、とりあえずは生きている」

「それは上々だ」


 瀧姫の縄を解いて、これで人狼のことは片付いたと思っていると「ねえねえ鬼童丸」と瀧姫がにやりと笑った。


「大陸で人狼になる修行的なことをしてたの? このおじいちゃん」

「そんときお前は居なかっただろう?」

「じゃあやっぱりしているのね。鬼童丸、あたしは人狼のなり方が知りたい」

「はあ? 大陸に行こうってのか?」

「違うわよ。なり方を書いてある巻物や書物があるはずよ。修行したのならね探すの手伝って」

「嫌だ。俺は村に帰って寝る」


 くるりと踵を返すが瀧姫に「探すの手伝わないと酷い目に遭わすわよ」と脅してきた。


「……具体的には?」

「釘と蝋燭を使った拷問を考えた――」

「分かった! 探すの手伝うよ!」


 そんなわけで後から村人たちがやってくるのを余所に、俺たち二人はなり方探しに没頭した。結局のところ、見つからなかったが、瀧姫はあっさりと「まあいいわ」と諦めてくれた。


 こうして薩摩に行く前の騒動は終わった。

 しかしながら、ここで足止めを食ったのは幸運だったとしか言いようがない。

 何故なら、薩摩隼人に会うという当初の目的を果たすどころか、一歩間違えば死んでいたのかもしれなかったのだ。

 それを知るのは二日後。

 薩摩に着いてから知ることになったのだ。

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青春冒険活劇 鬼童丸と瀧姫 橋本洋一 @hashimotoyoichi

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