第4話道案内

 俺たちは村に入ることを許された。そして村長の屋敷で食事をしている。先ほどのお礼らしい。

 まあ飯食ってるのは俺だけで、瀧姫は先ほどから尋問されている。


「本州から来た? 何の目的でだ?」

「ただの旅行よ。目的なんてないわ」


 瀧姫は屈強な男たちに囲まれながらも普段の偉そうで傲慢な態度を崩そうとしない。

 こいつはいつでもそうなんだなと思いつつ、出された料理に手をつける。とり天やらもみじやら、鶏料理が主流らしい。うん、美味い。

 遠慮なく食べているとこっちを覗いている人間の気配を感じる。振り向くと窓から女子供が物珍しいように俺と瀧姫を見ていた。


「ただの旅人、ではないな。人狼に素手で戦えるのは、村でも利久しかおらん」


 そう言ったのは老人ながら背筋が曲がっていない、歴戦の老戦士な感じがする村長だった。まあ俺には劣るが人間の中では結構強い部類になるんじゃないか?


「利久? もしかしてこいつか?」


 俺が指差したのは最初に話しかけてきた男だ。多分この中で一番強い。


「……よく分かったな」


 その男――利久は腕組みをしていた。引き締まった肉体をしているのはなんとなく分かる。他の村人もそうだが、色黒で髪が短い。髷を結ってないからだ。


「あんたが一番強い。まあ俺には負けるけどな」


 そう言って米を食らおうとすると「本当に大した自信だな」と利久は呟く。


「おやっさんに言われてるんだ。力量を正確に測れるようになれってな」

「おやっさん? そいつは強いのか?」

「ああ、日の本でおやっさんに勝てる人間はいねえ」


 この言葉に男たちは顔を見合わせる。おそらく真実かどうか図りかねているのだろう。

 それを余所に改めて飯を食べる。これも美味い。


「ちょっと村長さん。二人で話ができないかしら?」


 瀧姫は俺のほうをちらりと見た。


「いろいろ話をしなければいけないわ。あたしが知っている人狼とあなたが知っている人狼の情報を交換しましょう」

「……まあいいだろう。奥の部屋で話そう」


 瀧姫と村長は立ち上がり、奥の部屋に向かった。


「あーあ。面倒なことになっちまったな」


 飯を喰い終わったので散歩でもしようと外に向かう。


「どこに行く気だ?」

「散歩だよ。別に逃げたりしねえよ」

「……俺も同行する」

「どうぞご勝手に。ついでに案内してくれよ」


 すると利久は怪訝そうに訊ねる。


「お前はあの娘の心配はしないのか? たった一人で囚われているのと同じだぞ?」

「ああん? そりゃそうだけどよ。別に心配なんてしてねえよ」


 当たり前のことを訊くもんだから面食らってしまう。


「お前らが十人束になってかかっても瀧姫には勝てねえよ。だってさっき言ったおやっさんの娘だぜ?」


 まったく、どっちが化け物だって話だよな。


 そんなわけで利久を伴ってぶらぶら村の中を歩いていた。結構規模のでかい村で柵の中に畑や水田がある。防衛に向いた要地だな。


「九州の村ってのは全部こうなのか?」

「どういう意味だ?」

「なんつーか、防御に適した土地って言えばいいのか? 山城に似ているな」

「山城がなんなのか知らんが、まあ守り易いのは確かだな。本州と違って未だに順わぬものや化け物がうようよいるんだ」

「はあん。なるほどね。だから自然と九州人は強いんだな」


 利久は「先ほど、おやっさんだったか、日の本で一番強い人間と言ったな」と訊いてきた。


「ああ。それがどうかしたか?」

「もしかすると――吉備太郎ではないのか?」


 俺は「ああ、そのとおりだ」と頷いた。


「正確に言えば吉備太郎という名前ではないけどな。元服して吉備津命(きびつみこと)と変えたが。まあ吉備太郎のほうが有名だろうな」

「本当に強いのか? 鬼を退治した二十年前はさておき、今でも――」

「ああ、強いよ。俺なんかよりもな」


 空を見上げる。雲一つない青空。


「俺が百人居ても勝てねえ。そんぐらい強いんだ」

「……信じられないな」

「信じなくてもいいぜ。俺だって信じたくねえからな」


 こういう会話をしていると昔を思い出す。

 おやっさんを殺そうとしていた頃を。


「まあいいさ……うん? 話が終わったようだな」

「どうして分かるんだ?」

「ほら。村長が屋敷から出てるぜ」


 指差す方向には村長と瀧姫が外で談笑していた。意外と和やかだったので、珍しく話が丸くおさまったのかもしれない。

 俺と利久が屋敷の前に行くと村人が勢揃いしていた。とは言っても女子供はいない。戦える者だけ集めた感じだ。


「よく聞け。我らは瀧姫殿と鬼童丸殿と協力して人狼を討伐する」


 ざわめく一同。俺も何がなんだか分からなかった。


「村長。俺は反対です」


 村人の一人が憮然とした顔で言う。


「得体の知れない余所者と協力などできません。聞けば今日九州に来たばかりの本州人ではありませんか」

「それがどうした? 強いことには変わりはない」


 すると別の村人が声高に喚いた。


「村長! 何を吹き込まれたか知りませんが、目的も分からない余所者とどうして協力などをするんですか! しかも前に他里の力は借りぬとおっしゃったではありませんか! 理由を教えてください!」


 村人たちは「そうだ! 九州人としての矜持がある!」だとか「騙されてはなりませんぞ!」という声が次々とあがる。


「……騙されてもいない。何かを吹き込まれたわけでもない」


 村長の静かな声にぴたりと静まる。

 村長は――憤っていた。


「この娘――瀧姫に現状を話すと、こう言ったのだ」


 瀧姫の言った言葉。嫌な予感がする。


「一言一句正確に言おう。『あら。災難だったわね。仕方ないわ。薩摩への行き方を教えてもらおうと思ったのだけれど。いいわ、あたしたちだけで行くことにするわ。ついでに人狼を退治してあげる』とな」


 村人は言葉の意味を理解できず、一瞬沈黙したが、やがて理解して徐々に顔が怒りで真っ赤になる。


「分かるか皆の衆。我らは道案内の役にも立たない愚鈍な集団と馬鹿にされたのだ……!」


 おいおい、九州人は矜持が高いって言ったのお前じゃないのか!?


「……ふざけるな! 俺たちを馬鹿にしすぎだろうが!」


 一人の若者が口火を切るのとほぼ同時に、皆が口々に怒りをぶちまける。


「何様のつもりだ! 見くびりやがって!」

「脆弱な本州人が何を偉そうに!」

「お前らの情けで救ってもらうなど、真っ平ごめんだ!」


 激怒を一心に受ける瀧姫だったが、まるで興味がないように聞き流していた。

 そしてとどめとばかりにこう言いやがった。


「別にいいのよ? あたしたちは勝手に人狼退治するから。行きましょ、鬼童丸」


 なんでそういう言い方をするか理解できない。とりあえず俺は瀧姫の近くに寄った。


「ねえ鬼童丸。もしも吉備城を襲う化け物がいたらどうする?」

「そりゃあ殺すだろうよ」


 瀧姫がまた訳の分からないことを言い始めた。とりあえず乗っかる俺。


「そうね。殺すわよね。それはどうして?」

「故郷だしな。それに知り合いもいるしな」


 俺は別に何も考えずに話し出す。


「よく行く飯屋の看板娘は男嫌いでよ。ちょっと袖が触れただけで悲鳴をあげながら拳で殴るんだ。でもまあ美味しい飯を食わせてくれるからいいけどよ。それに一緒に城を守ってた武者も気に良い奴らばかりだ。ちょくちょくサボるのが玉に瑕だけどな。それに隣の家のおばちゃんは良いっていうのにおすそ分けをしてくれる。本当にお人よしだぜ」


 ほんの数日離れただけで、郷愁が湧いてくるのはどうしてだろうな? 不思議で仕方ないぜ。


「そいつらを守るためならなんでもするぜ」

「そうね。あなたはそうよね。じゃあこの村を守ろうと思う?」

「そうだな。飯ごちそうになっちまったからな。でも助けるのはどうかと思うぜ」


 俺はどうでもよさそうに言う。


「手伝うならまだしも、一飯の恩だけで村を助けちまったらキリがねえよ」

「そうねえ。でもあたしは人狼を退治したいのよ」

「そりゃあどうして?」


 瀧姫はにこにこ笑いながら言う。


「だって面白そうじゃない。土産話になるわ!」


 そう言ってそのまま村の出口に向かう瀧姫。


「おいおいおい。ちょっと待ってくれ。人狼の居場所は分かるのかよ」


 後を追おうとすると腕を掴まれた。

 掴んだのは利久だった。


「なんだ? お前も文句が――」

「……俺も行く。力になってやる」


 俺は「おいおい別にいいんだぜ?」と宥めるように言う。


「あいつの気まぐれに付き合うことねえよ」

「……紛いなりにも村を助けようとする奴を何もせず行かせることはできない。それに――」


 そして利久は多分、らしくない冗句を言ったのだ。


「道案内ぐらいはできるさ。みんなもそうだろう?」


 すると若者を筆頭に口々に叫び出した。


「舐められたまま、行かせるわけにはいかない!」

「我らの力、見せてやる!」


 こうして村人の協力を得て、人狼退治に行くことになった。

 これは瀧姫の計算ではなく、天然だったりする。

 本気で俺と共に人狼を退治しようとしたのだ。理由は面白そうだから。

 天然で人を動かすなんて、まるでおやっさんを思い出す。

 おそらくこうやって仲間を集めたんだろうと推測できる。

 ま、あくまでも推測だけどな。

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