第126話 バニヤン of view

 「キャァぁぁ!」

 私は、誰かの叫び声で目が覚める。

 目の前には、診察台に縛り付けられた、兄さま。

 …そうだ、昨晩はずっと、寺院で兄さまの看病をしていて……。


 ……なんだか、外が騒がしい気がする。何かあったのだろうか?


 「そっちに行ったわ!」

 職員の声に振り向けば、全身ローブに身を包んだ何者かが、私の眼前を、走り去って行く。

 その者には、尻尾が生えており、移動も四足で行っていた。

 

 私は、魔族だ!と、思い、警戒するが、魔族は、こちらに目もくれず、寺院の外へかけて行く。

 後から、職員も駆け付けたが、その頃には、もう、姿が見えなくなっていた。


 「なによ、あれ……」

 ぽつりと呟く私に、丁度、目の前まで、息を切らしていた、職員の一人が「さぁ?」と、首を傾げる。


  場が落ち着いた後に、詳しく話を聞くと、何でも、重症の患者に、あの魔族が、何かを飲ましていたらしい。

 

 その話を聞いた時、私の中で、様々な出来事がつながる。 

 兄が探していた、黒髪の少女。謎の流行り病。患者に何かを飲ましていた、獣型の魔族…。しばらく前に、隣村の方角で、この村に居ても確認できるほど、大きな爆発が起きた。と、言う事件もあった。

 ……これは、魔族の進行が行われているのでは、無いだろうか。

 そして、この病が、魔族の手によるものだとすれば……。


 「治らない?……」

 口をいて出た言葉に、私は、ハッとなる。

 咄嗟に、口を押えたが、もう、吐いた言葉は、戻らない。


 思っても、口に出してはいけない言葉だった気がした。

 院内は、バタバタとしており、私の発言を気にする者などいない。しかし、そう言う問題ではないのだ。

 口に出したら、認めてしまったような…。もう、兄さまが治らない事を、受け入れてしまったような…。


 ………捕まえよう。魔族を。

 魔族さえ捕まえられれば、この病気だって、治せるはずだ!


 まずは、教会。教会に申し出て、協力を仰ごう!


 寺院を勢いよく飛び出す、私。

 キャァァ!

 ウワァァァ!

 ……村は大騒ぎになっていた。


 状況を把握しようと、辺りを見回す。

 …どうやら、人が、人を襲っている様だった。


 逃げ惑う人々、それを追う人々。

 めちゃくちゃな走り方をしているにも拘らず、どういう訳か、追いかける人間の方が、明らかに、足が速かった。


 そして、捕まった人間は……。食われている。

 人間が人間に食われている。何人もの人間に押さえつけられ、たった一人の人間が、生きたまま、貪り食われる。

 

 …最後の頼みの綱だった、教会は、燃えていた。辺りの家々を巻き込んで…。


 あそこで燃えているのは、私の家ではないだろうか?

 …母さんは、上手く逃げたかな……。

 でも、外に出ていても、早く走れない母さんじゃ……。 


 「ふふふっ…」

 変な笑いが込み上げてきた。

 …魔族がその姿を現した時点で、私たちに勝ち目はなかったのだ。

 彼らは、勝ちを確信したからこそ、姿を見せたのだから。


 体から力が抜け、その場にへたり込む。

 叫び声が止まない。

 ……地獄絵図だった。


 ガシャン!ガシャン!

 「なんだ急に?!」

 「押さえつけろ!」

 「重症の患者だけか?!」

 寺院の中からも、混乱の声が上がっている。

 どうやら、重症の患者が、暴れだしたらしい。

 きっと、あの、魔族に、何かを飲まされた人々だろう。


 …あ。こっちに、人間が来る。

 

 「た、助け!」

 私は、扉を閉め、閂をかける。

 分厚い扉は、外の騒音を緩和してくれた。

 

 寺院の中では、凶暴化した人々はいた物の、皆、元々、拘束具に繋がれた重病者だったが為に、何とか、安全を保っていた。


 母さんは大丈夫だろうか。

 兄さまは助かるのだろうか。

 …………。


 ……疲れた。

 外が五月蠅い。中も五月蠅い。

 こっちは、昨晩の看病で、寝不足だと言うのに…。

 私は、ふらふらとした足取りで、兄さまの元へ向かう。


 「ムグゥ!ムググゥ!」

 この騒ぎで起きてしまったのか、木の棒を噛んで、暴れる兄さま。

 無様で、醜くて、可哀想な、私の兄さま。こんな状態になっても、私は、兄さまが愛おしくて、堪らなかった。


 ……兄さまは、魔族に変な物は飲まされていないはずだ。人間を襲ったりはしないはず。

 ……それに、襲ったから、何だと言うのだ。

 外の獲物がいなくなれば、ここも時間の問題。それに、ここには、食べ物の備蓄も無い。私たちも、狂って、食い合えば良いのか?


 苦しそうに藻掻く、兄さま。

 その理性の欠片も感じられ無い姿は、もはや、獣だった。


 可哀そうな兄さま。私の可愛い兄さま。

 どうせ終わるのなら……。


 「……ごめんなさい…。今、外してあげますね」

 私は、兄さまの拘束具に手をかける。


 もう、何もかも、どうでも良かった。

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